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2005.09.06

マザー・テレサ

素直に、いい映画。見て損はない。世の中を斜に構えて見ている子供や、普通におとなになった大人には、少しだけ後ろめたさを感じさせる映画。以下、おいしいところのネタばれあります。

キリスト教のいろいろな教えの中で、私が一番いいと思っているのは、他人のためになることをするのはほかならぬ自分のためなのだ、という点。いいことをすると気分がいいよね、という話しなのだ。
それも、押し付けや慈善のようなファッションではなくて、ただ単純にいいことをする、ということが。
この映画は、それを徹底して、シンプルに、貫いた人のお話しだ。

印象的なエピソードがひとつあった。

かなりまとまった金額を寄付した西洋人のお金持ちが、本国で事業に失敗して訴えられた。彼はその事業の宣伝に、マザー・テレサと一緒に撮った写真を使って、出資者を信用させたのだという。そんなことを、遠いインドにいるマザー・テレサはもちろん知らない。
金を失った出資者たちは、マザーにも責任があると訴えた。そこで、新聞記者がマザーの孤児院に押しかけ、出資者たちが要求している金をかえすのか否か、詰問する。
降って湧いた災難に、他の神父やシスターは後で記者会見で答えるというのが精一杯。それを押しとどめて、マザー・テレサはその場できっぱりと言う。「返します」。

スクープかと気色ばむ新聞記者たちにマザーが見せたのは、ちょうど食事時で歓声をあげている子供たちだ。「これが、みなさんのお金です。」
ニュースネタを撮りそこなった新聞記者はいまいましそうに引き上げる。
 
 
これを、機転と呼んでもいいのだけど、私はむしろ、寄付で私服を肥やしたり、自分のために使ったりすることを愚直なまでに拒否した人にとっては、ごく自然な発想なのだと思いたい。金は何に変わったか? 子供たちの勉強や食事に。それ以外何も無い。極めてシンプル。
普通の人には、それがすばらしい英知に見える、ということなんではないか。
 
 
 
その、訴訟を起こした出資者たちの国は、こんな有様らしい。
ママなんか嫌いだい
フェミニストな人たちは、男か女かということに強いこだわりがあるのだろうな。マザー・テレサの話しとは天地の開きがあると思った。

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