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2005.08.10

サルなりの情報環境

考えないヒト - ケータイ依存で退化した日本人
「ケータイを持ったサル―「人間らしさ」の崩壊」という本の紹介。携帯の影響で日本人は物事を深く考えなくなった、と主張する本らしい。また、物事を深く考えないだけでなく、自我の確立にも悪影響があるともいう。

で、橋本さんの引用の中で、これはと思うのは次のくだり。

大事なのはメッセージではない。それどころかメッセージが来るかどうかということですらない。メッセージがもたらされるチャンネルが確保されているかどうか、という点に関心の主眼が置かれるようになってしまっているのだ。
「有名であること自体がひとつの価値」という見方が広まったのは、確かに、マスメディアの機能の一部がIT系の新しいメディアに移った影響があると思う。

放送の形で一方通行で情報を受け取るのではなく、通信を使って口コミで情報を受け取ることが多くなったため、情報が断片化しやすいことは、確かに言える。

しかし逆に、激増したチャンネルから入ってくる多くの断片を自分の中で再構成するという、新しい情報環境の活用が始まっているとも言えると思う。

その情報活用のあり方が、「ただ有名であるというだけのこと」の価値を押し上げているというのが、私の考え。

さて、この本は前作同様、評価は分かれそうだ。
・・・
この本を読んで腹が立てばサルだし、同感ならばオヤジである。サルのほうが未来がある分、マシという見方もできるような気がするのだが、どうだろうか。
えーっと。人の書評でおいしいところだけ見て済ませるおいらが、本物のサルだと思います(笑)。

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