« 時代 | Main | Xデーは2011年7月24日 »

2005.07.24

ヒトラー ~最期の12日間~

反省、悔恨、罵倒、懺悔、そうしたどろどろを見せつけられるかと思って身構えていったけど、意外。魅入ってしまった。以下、ネタばれすぎです。できれば読まずに観にいって欲しい。
 
 
 
崩壊に瀕した様々な人間模様が綴られていて、どの感情や行動も微妙に異なっているのがよく伝わってきた。極限状態を描きながらも、観客を激情に巻き込むことなく、うまく観せた。監督の手腕だろうと思う。

戦況が悪くなるにつれて、だんだん切羽詰って変わっていく地下司令部の人々の中で、主人公の女性秘書ユンゲだけが、少しぽーっとして日常性を失わなずにいたことが、この冷静な感じに、大きく寄与していたと思う。

この、ひとり日常的な感じは、しかし、観ている間ずっと違和感があった。どうみても「浮いて」いる。何か意図的なものを感じさせたまま、最期に彼女が少年と共に、終戦直後のソ連兵の囲みを通り抜け、陽光の中、拾った自転車で故郷へ向かう平和で開放的なシーンまで続く。違和感を残したままこれで終わりかと思わせておいて、その後に、真のエンディングがあり、「浮いている」主人公をつくった意図がみごとに結晶する。

ユングは実在の人で、2002年に亡くなったそうだが、そのインタビューが最後にある。うろ覚えだがそれを書いてみる。

脱出したあと、しばらくして、600万人のユダヤ人や他の人種の人が殺されたと聞いて、恐ろしいことだと思いました。けれども、それを自分と結びつけることができませんでした。自分とは関係ないことだと思っていたのです。でも、そうではありませんでした。
彼女が「浮いていた」のは、自分は無関係だという思い込みの表現だった。そして、映画という表現ではなく、インタビュー映像という現実の中で、無関係ではあり得ないと、皺深くなった彼女は語る。

この映画は、それが核心だ。

自虐史観とかいうものが、責任や反省などの情緒的な要素を多分に含むのに対して、ユングはただ「無関係ではあり得ない」という事実のみを語る。

既に、天寿を全うして彼女は旅立った。60年前の大戦を直接知る人も少なくなっていく。
この映画は、その時代に居合わせた人達からの、またとない贈り物だと思う。それを優れた映画として切り出したオリヴァー・ヒルシュビーゲル監督に感謝したい。

私的には優しい面も見せる一方、総統の立場では傲慢冷徹なヒトラーの二面性を、余さず演じたブルーノ・ガンツも名演。

|

« 時代 | Main | Xデーは2011年7月24日 »

映画・テレビ」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/7081/5115645

Listed below are links to weblogs that reference ヒトラー ~最期の12日間~:

« 時代 | Main | Xデーは2011年7月24日 »