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2005.07.31

雑記050731

暑い。
昨日はつまらないプログラムの改修に半日かかってしまったおかげで消耗。
それでいくつかの他人の苦しみが消えるわけだが、それがこうした消耗に突っ込んでいく理由ではない。そのことが不思議。
やっぱり暑さで一部壊れているようだ。


ヨブの苦しみには意味がない…

 意味は、世界と他者を裁く。それがあるようにはそれをあらしめない。つまり、私の意識は常に裁き、闘っている。しかし、それは、かなり虚しい。
たいていの苦しみには意味がない、に同意。ただやり過ごすための、他人による無責任な意味づけが跋扈するのみ。

意味づけに胡散臭さを感じてしまうと、新たな地平が開けたりするのかも。髑髏と隣り合わせの南米ラテンの明るさに、近いものをなんとなく感じるのは錯覚か。
神のようないいかげんな被造物ではなく、実在と死の方が重要。というような。

それはそれとして、商売としての宗教はおいしいと思う。(笑)



マックス・ウェーバーはえらい

「どうして、ここに鍵があるとあたなは思えたの?」という問いにウェーバー自身は答えることができない。
「知性の節度」というのは、「どうして私はこんなに賢いのか、自分では説明できない」という不能感のことである。
「どうして私はこんなに賢いのか」について得々と理由を列挙できるような人間はたくさんいるが、それは彼らが「理由が説明できる程度の賢さ(つうか愚かさ)」の水準にいるからである。
そういうもんなのか。
いいこと聞いちゃったよ。
メタな話しの多くはやっぱり眉唾なんだな。

という程度の理解でとりあえず今日は終了。


と思ったが、借りた本を読んでいるうちに、なんだか似たような一節に出会ったのでメモ。

自分の生をつくづく省みるとき、わたしはそれが曖昧な形をしているのに驚く。英雄の生涯は、物語によれば、単純なものであって、矢のようにまっすぐ目標に向かって飛んで行く。そして大部分の人間は自分の生涯をひとつの公式にまとめるのが好きである。
・・・・
彼らの記憶力は親切にも説明可能な明白な人生を彼らに描き出してやるのだ。私の人生はもっと輪郭がぼやけている。・・・・
「ハドリアヌス帝の回想」より

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