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May 2005

2005.05.31

家電専門店とリフォーム

家電専門店が”価格”破壊の防波堤に
メモ

家電専門店ですが、ガスと電気のエネルギー競争が激化してきていますが、シニア層はリフォーム市場の中心顧客層でもあり、うまくやれば、お客さまに密着してきた強みを発揮して、そういった分野も取り込むことができるかもしれないですね。
へむへむ。

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linkの数はもう無意味?

テクノラティのTOP100のページを見てみると、知っているブログは1割くらいしかない。リンクしているのは1個もない。というのは、bloglinesでRSSを見て、必要ならその都度飛んでいくだけだから。

静的なlinkの数というストックで何かを判断する時代は、もう終わったと思うのだけど。
むしろ、実トラフィックというフローが重要。

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2005.05.30

談合の何が問題

橋梁談合って何が問題

コメント欄で、久しぶりにあの業界の甘えとどろどろのほんの一端を見た。そうした体質が嫌であの業界を離れたのだけど、コメントを見ていると、実はどの業界も大差ないのかなあ(笑)。

たぶん、業界間で諍うようなことではなくて、どの業界にも共通して、利益を掬い取っていく者と、毎日を呻吟しながらみすみす人のために価値を生み出し続ける大多数の者とに分かれていることこそが、考えるべき点なのだと思うよ。
そして、大多数の呻吟する者は、それを知りつつそこから抜け出す知恵も力も勇気も見つけられないことが。
そのことが、ますますくっきりする方向に、今は向かっていると思うよ。

と書いていて、なんだかこれはニートの話しと少し似ているなあと思えてきた。
なんだろうね。

[追記]
この件で、考えさせられるエントリを2つ。
伝統社会的な人間は現代社会において心を病むものではないのか

「常に戦っていないと安定しない人は、戦う対象がなくなるとと燃え尽きる」(土井利忠)

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2005.05.29

蜂蜜屋

久しぶりに元町に遊びに来る。石川町駅から商店街方向へ少しいったところに、新しく蜂蜜専門店ができている。「天狗屋蜂蜜店」の看板。4月に開店したとのこと。

店内には、蜜を採取した花の種類ごとに、大瓶から小振りなものまで4種類くらいの大きさの容器にいれて並べてある。
菜の花、たんぽぽ、サクラ、山桜、リンゴ、あんず、レンゲ、ミカン、アカシア、トチ、梅もどき、クリ、クローバー、ハゼ、ソヨゴ、シナ、ヒマワリ、アザミ、ソバ!、菩提樹!・・
あー覚えきれん。ソバの花の蜜なんてあるんだ。黒ずんでいてちょっとそそられる。
ほかに初回蜜というのもあって、越冬後の初めての蜜だそうだ。なかなか手に入らないとも言っていた。そうなの?

入り口付近では蜂蜜づくりの工程をビデオで流している。概ね聞いたことがある工程だけど、「プロポリス」というのは初めて聞く。蜂が蜜といっしょにつくる天然の抗生物質らしい。欧州では臨床にも使われているとのこと。

一番小さい150mg入りで700円とやや高いが、アカシアを買ってみる。

チラシ、容器、ビデオのつくりかた、宣伝コピー、どれをとっても、いかにも田舎風手作り感漂うプロモーションだが、たまにはこういうのもいいか。栃木の方で三代続いている家業だそうだが、軽井沢に店を出しているあたり侮れない。

これで、容器をお洒落で小振りな広口ビンにすれば、もっと売れるだろうか。それともデザイン洪水の中では、かえって埋没するかな?

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退職後は好きなことを適正価格で

朝TVを付けたら、時事放談で堺屋太一と塩爺が、団塊大量退職というテーマで対談していた。その中で、退職後は好きなことを安価でいいからやったらいい、などと言って意気投合していた。私はこのお二人の意見に学ぶことも多かったけど、この話しには頷けない。

団塊の世代が好きなことといえば会社と仕事だ。だから、好きなことを安価にやれなどと言ったら、それは若い世代の失業に直結する。

高度成長期と同様に仕事は増えるという前提に立っているのかもしれないが、それは必ず期待できるというわけではない。

塩爺は最後に、責任のある仕事ではなくて軽い仕事やお手伝いをしたらいいと、逃げを打っていたが、それにしても軽作業という仕事を若者から奪うわけだ。


好きなことを、適正価格でやれ、と言うべきだろう。それなら、仕事をする全ての者の誇りを奪わずに済む。

放談だから、まあいいのかな。

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2005.05.28

ミリオン・ダラー・ベイビー

簡潔で深遠。

日本公開より前に見た人の評に、「宗教映画」というのがあって、信仰心のない私はそそられて観にいったのだけど、どうだろう。欧米人と違って、生まれたときからキリスト教という宗教に囲まれているわけではないので、彼らとは違う感じ方をしたかもしれない。

また、アファーマティブアクションとプアホワイトの話しは、遠く東洋の住人である私には、理屈は知っていても実感はわからない。だから、それを深く感じ取ることはできない。

そうした制約はあるにしても、この映画が描いているものに、十分揺り動かされるところはあるし、高齢化社会において、より複雑な形で直面することになるのかもしれない。
なによりも自分自身の問題として。


映画の中で、神の僕であるはずのカソリックの神父(プロテスタントの牧師ではない)に、「教会も神も関係ない」と言わせ、さらに続いて言わせている言葉は、確かに宗教の根っこに迫るところがあって、深い。

一方、年老いた元黒人ボクサーは言った。

おれはそれで満足だ
そう。もっとも近しく当人を知る者は、皆満足なのだ。周囲で一般論を振り回す者の言葉は、観客には届いても、当事者には空しいのだろうか。

私はたぶん、輪廻の思想に思いのほか深く感化されているから、「満足だ」の言葉に比較的素直に頷くことができそうな気がする。西洋人はどうなのだろう。別の感じ方で、やはり頷いたのだろうか。

ともあれ、映画の方は、そんなややこしさは表面にあまり出さずに、乾いた描き方をしている。クリント・イーストウッドの、健全で穏健で保守的なセンスに、それがよく似合う。


さて、こんな書き方では、何の話かまったくわからない。
やはり観ないことには(笑)。

[追記]
穏健は間違いですね。「ダーティ・ハリー」の主役を穏健とはいえない。でもなんだか、年をとって少しイメージが変わったような感じはあります。

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2005.05.27

個人情報保護騒動はしばらく続く

「Yahoo! BB出張サポートの委託人、顧客情報を自分のビジネスに流用」

カスタマーサポート勤務の社員が堂々と、副業でやっているパソコンサポートの電話番号(自宅で奥様が対応)を教えていた牧歌的な時代は遠い昔。(Yahooではありません)

とはいえ、家を建てると即座に舞い込んで来る家具や保険や証券会社(笑)の電話やDMは、あれはどうなのよ不動産屋さん? と思う。タイムリーなオファーがあって嬉しいという気分と、要りもしないのに余計なオファーは煩いという気分は紙一重だし、そもそも受け取る側の気分の問題であって、送る側の問題ではない。かもしれない。

そういう素朴な疑問に立ち戻ってみると、個人情報保護騒動は、しばらく狂想曲を奏でた後、概ねアバウトな線に落ち着きそうな予感。

それまで担当者の皆様のご心労が続くのは、言うまでもなく避けがたい(笑)。

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2005.05.26

雑記050526


Luka
お洒落な見せ方。その割りにコンテンツは普通。
こちら経由。


週末はまだ遠いけれど、疲れた頭を休めるべく映画評のサイトなど見てみる。

この奥歯にものの挟まったような評は一体・・。

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2005.05.24

独占防止

AppleがIntel CPU搭載を検討中 - WSJ報道
についたコメント

これってあれだろ? (スコア:1, すばらしい洞察)
Anonymous Coward のコメント: 2005年05月24日 7時25分 (#739649)
DELLがたまに「AMD使うかも」って脅すのと同じでしょ?
爆。

・・・

鉄の橋桁を発注する人もたまには「この工事は常連47社以外の業者を使うかも」って脅してみればいいのになあ(笑)。

コンピュータ業界との違いは、そうやって入札価格を下げるメリットが、当事者には無いことなんだな。精神論や正義を振り回しても談合がなくならないのは、経済合理性を導入しないからなのだ。

発注金額を人件費やら管理費やらと一緒の勘定にして総額を決めておいたらどうだろう。高い発注をしたらあんたの実入りが減りまっせ、と。

簡単に解決するような気がするぞう。

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2005.05.23

発言ロンダリング

Wired News - EFFも後押しする米海軍発の匿名化システム『トーア』: Hotwired

簡単に言えば「匿名ルータ」です。
釣られないわけにはいきませぬ(笑)。
そのうち一台から入って、別の一台から出て行って、目的のサーバに接続するわけです。トーアのP2Pネットワークの中はトレースできないように設計されているので、これを通して、2ちゃんねるに書きこんだりメールを送信したりすれば、絶対に理論的に足がつかないことが保証できる仕組みです。
発言ロンダリングシステムとでも言うか。由来や発言者などのロンダリングを行って、透明になった内容のみを何食わぬ顔で流す、という。
なんとかこれをエロ目的で使用するようにしなくてはいけない。
そうだそうだ。そしてなんとかそれを中国13億人の皆様に使っていただけるようにしなくてわ(笑)。

って・・え? もしや中国を民主化しようという米軍の真剣かつ深遠な作戦なのかな・・・(爆)。

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認証機関の信頼性

認証ビジネス乱立? ネット懸賞広告の個人情報保護の認証制度

認証制度が乱立してくると、認証制度自体の信頼性が失われないかと個人的に危惧しています。
格付け機関を格付けする、というリカーシブな話に突入しそうです。終了条件は、所管官庁または弁護士や会計士など厳しい倫理規定に縛られている人、ということのようです。

そのほかにも、NPOのガバナンスの良し悪しを見抜くポイントなど、勉強になります。

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2005.05.22

ザ・インタープリター

アフリカで問題を抱える国の惨状というものが冒頭からずばり描かれている。一応硬派な政治ものらしいのだが、ニコール・キッドマンの美しさに、ぼおぉぉー。としているうちに気がつくと映画は終わっている。いや、言い過ぎか。

だが、少なくとも、途中ややダレた感じがあったとしても、ニコールの顔に見入っているうちにやり過ごせるという、得な映画。共演のショーン・ペンも渋い。

内容については、あまり映画のエントリで書く気になれない。日本から見てアフリカは遠すぎて、実感は沸かない。もし近場で例を挙げるなら、一昔前のカンボジアあたりなのだろうか。この映画がたとえばスーダンを意識しているかといえば、おそらくそうなのだろう。しかし、そもそもよく知らないので、一般論ですら書くのは難しい。

だから、映画を観る目は自ずと個々人へと向かうことになる。殺人者を殺したいほど憎む気持ちはあっても、だからといって自分が殺人者になることは避けたいのが、社会的な動物である人としての自然な在り様だろう。当然ながら、そこに葛藤が生まれる。その葛藤を、2人の俳優はよく表現していた。その点は真面目に評価できる。

というわけで、きっと物語的にもよくできている映画なのだろうけど、私としてはひたすら、俳優のうまさを楽しむ映画でした。

[追記]
その、よく知らないアフリカ諸国の票の後押しで、日本が国連の常任理事国になろうとしているのには、違和感を感じないでもない。ODAなど援助の実態は、もっと明示的に報道されてもいいのじゃないか、とも思った。

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バタフライ・エフェクト

SFではよくあるテーマだけれど、緊張感を途切れさせないで魅せる映画。
以下ネタばれあります。

なぜ、記憶が再構成されるとき以前の記憶が失われないのか、とか、なぜ必ず同じ年齢まで戻ってくるのか、とか、過去を変える能力を失ったりノートをつけるのをやめたりする枝に入る可能性をなぜ考えない、とか、突っ込もうと思えばきりがないのだけど、SFに対してそれは無粋というもの。

いろいろに描かれる人生のバリエーションを、ただヒトゴトとして楽しむのが吉。

結局、変えられた現在をもとに戻すこともできず、自分の気が収まった時点で、まあいいかとばかりにノートを焼き捨てるわけだが、彼女の不幸は、親の離婚で母にではなく父の元に残ったことから始まっていて、その原因は自分への恋心だとわかった時点で、とるべき方法はひとつに定まったと言うべきだろう。

ところが、前田さんの「超映画批評」によれば、その終わり方に、別のバージョンがあるらしい。知りたい。もしや、完全に元に戻るのだろうか。いやいやあり得ない。

そういうことをコソーリ教えてほしいからこそ、あのサイトを読んでいるようなものなので、ぜひ前田さんには別バージョンの結末を書いて欲しいと願う(笑)。異例の99点などという点数を付けたからには、それくらいの義務はあると思う。ぜひおながいします。

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雑記050522


P2Pの合法的用途について教えて解雇

情けないというか。レコード協会とMPAAは、批判されるのは承知の上で圧力を掛けているのだろうけれど、それに対して具体的に有効な対抗策はどんなものがあるだろうか。

「もうビデオは買わないぞ」と言ってみても、そもそもビデオを持っていない私だから、効果は薄そうだし(笑)。


「スターウォーズと善悪の崩壊」
村上龍のメルマガ「JMM」で冷泉彰彦さんが「スターウォーズ・エピソード3」の感想を書いている。映画の盛り上がりが、悪に感情移入し傾斜していくのが米国の深層心理の表れだとしたら、という書き方で危惧を表明している。

私は先週「キングダム・オブ・ヘブン」を見て、ああいうものを送り出してこれるなら、とりあえず大丈夫なのかな、と思っていたのだが、興行成績を見るとそうも言っていられないのだろうか。

暴力シーンの多いアニメのこどもへの影響と同列に言っていいかどうかわからないが、とりあえず、エンタメですから、としておくのが吉かも。

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2005.05.19

食事は大切な文化

こんな給食食べたくない

写真を見て唖然。こどものとき、こんなものを食わされなくて本当によかった。母に改めて感謝。
というと、「こんなものとはなんだ。大切な食べ物を」と見当違いのことを言う輩がいそうだが、そうしたふざけた言いがかりは断固否定したい。

この写真の食べ物は、ひとつひとつにはそれなりの栄養価があるのだろう。しかしそれだけではエサでしかない。「大切な食べ物」という言葉を正しく捉えるならば、そこには単なるエサに留まらない豊かな意味があるのだ。

どんな味の組み合わせをつくるか、どんな綺麗な見せ方をするか、どんな記憶を残し、どんな記憶を呼び覚ますか。
これを調理してくれた人はどんなに食べる人のことを想ってくれたか。
そうした文化と呼ぶべき要素が、食事にはあるはずだ。

この写真に写っているものは、文化に対する冒涜であり挑戦だ。こんなものを作らせてこどもに与えているのは一体どんな奴なのか。面を見たいぞ。
 
 
 
柄にもなく興奮してしまいますた。ハァハァ。

暴飲暴食あるいは希少価値を誇示するだけの美食は、確かに批判されるべきかもしれないが、それと、文化としての食事とを混同したあげく、粗食礼賛のようなことをもし言うなら、それは怠惰と粗暴の表れでしかない。
安くても、工夫を凝らして心を込めた料理というものは、いくらでも成り立つと思うのだ。


こちらからこちらを経由して知る。

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2005.05.18

ヒト活用と効率追求の両立

日経本紙一面に連載中の「会社とは何か」。

今日の記事は、小振りで鋭く利益を上げている企業の例。ホンダが広州に建設中の工場は、同地域同規模のトヨタのそれと比べると、投資額が280億円/500億円と、半分近いそうだ。小型車ブームが始まったとき、ヴィッツとライフ(だったか?)の収益力の差を見て、トヨタの中堅幹部の人が自戒していた記事を読んだことがあったけれど、その差は相変わらず埋まっていないということか。

記事によれば、ホンダのラインは混流生産がうまいのだそうだ。多分、作業の分割方法を中心に、多能工の能力をうまく引き出す(というかサポート)する、ロジスティクスに遠因があるのだろうと想像する。

よく持てはやされるかんばん方式は、話しを聞く限りでは、工程の上流に負荷を押し付けている面がかなりあると、私は思う。ホンダやキャノンのように、ヒトの柔軟性や多機能性をうまく引き出してやる方法のほうが、個人的には好ましい。

そう考えると、世の中で騒がれている二極化というのは何なんだろうと思う。単純部品として使われるヒトと計画・設計をするヒトとの二極化は、言われているほど高効率でも近代的でもない気がする。

「規模の利益」とか「工程分割」とか、教科書的に正しいとされているものには、すべからく隠れた前提があるだろう。たとえば「(仕入れの立場に立つときは)規模の利益は有効」など。だから、規模が大きい企業は、仕入れの顔は一本化して規模の効果を最大にする一方で、生産や販売では適切な単位への分割と権限委譲をするなど、二面性を追求していくことが求められるわけだ。それをうまく繋いで制御するのが情報システムの力、ということになる。

そういうところがわかっている(らしい)ホンダという企業が、やっぱり私は好きなんだな、というのがとりあえず今日の結論。

これは国策企業と雑草企業(失礼)という出自の差なんだろうか(笑)。いや、けっしてトヨタをばかにする気はないのだが。

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雑記050518


KISS第69号「アントレプレナーシップなど」
この人がハイパーネットのプレゼンをするのを、あるセミナーで一度だけ聞いたことがある。そのとき、プレゼンの内容とは無関係に、並々ならぬものを感じたのだが、なるほどそういう生い立ちだったのか。少し納得。


デビッド・リンチの天気予報
何とか予報士とかお天気おねいさんとかでなくても、天気予報はしていいのだ。ということを知った。こちら経由。


Gmailでバックアップ
経験則から言って「2Gまで使えます」といって本当に2Gいっぱい使う人はそうはいない。なので、実際の設備投資はそこを読んで抑え目にしているはず。はずとはいっても、こういうソフトを作る人がいるので、たまに破綻することもあるかもしれない(笑)。

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2005.05.17

雑記050517


会議と対談と「濃い」乗客

参会者の疲労は致死的に深まるのである。
この言葉、面白いです。どこかで使わせていただきます。


次世代ゲーム機の登場に不安を募らせる開発者たち

次期Xboxには「マーケットプレイス」という機能があり、開発者はゲームの予告情報やデモ、タトゥーシール作成用の素材など、さまざまなコンテンツをここで販売できると説明する。Allardは、これにより開発者やゲーム制作会社は収入を増やすことができるし、ゲーム制作会社は、テレビのパイロット番組のように、新しいアイデアを低コストで試すことができると述べる
本当ならそれはいいことだ。
それとは別に、ゲームに使いたい時間はもうないよ、という感じかな。


「陳総統の孤立化を狙う対話攻勢」へのコメント

民族が一つの国であることを自覚したとき、中国というシステムを受け入れられるものだろうか。台湾は自国を国であり、国民であると自覚してしまったのではないか。
へむへむ。
民族自決。

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2005.05.16

キングダム・オブ・ヘブン

 これはいい映画だ。真っ直ぐで寛容で実際的なひとつの魂を取り出して見せた映画。その魂に本来の意味でのリベラル(穏健・公正・寛容)という言葉を充てたいのだが、リベラル=左翼進歩派と誤って理解されているらしい現状では避けたほうが無難だろうか。

 いい映画というのは、一言でうまく言えないことが多いから、あまり書かないようにしたいが、米国も本格的に911の呪縛から開放されつつあるとは言っていいのかもしれない。

 映画の筋に沿っていろいろ書いた下書きは全部消して、騎士ゴッドフリーが息子に残した誓いの言葉だけ書いておく。

恐れず敵に立ち向かえ
死を恐れず真実を語れ
弱者を守り正義に生きよ

うーん。現代とはいかにも折り合わなさそうでいて、実はもっとも切実に求められているものかも。


そうそう、映像としての出来は最高です。

[追記]
 これは一応、戦争も描いている映画なので、それについても少し。
 戦争を避けるには、ときには手を汚してでも主戦論者を排する必要があるとの考えは、当然あり得る。だから、その点で弱腰であった主人公には責められるところもあるのかもしれない。
 しかし、彼は西ヨーロッパキリスト教圏の当時の空気を、おそらくはエルサレム王よりも肌で知っていたはずだ。司教を殺害した逃亡者であり、それが理由で父を失うことになった来歴は、それを暗示した伏線とも読める。
 だから彼は、サラセン帝国との全面戦争は避けられないと思っていたのではないか。平和の均衡維持で手一杯だったエルサレム王よりも、その点では先を見ていたかもしれないのだ。そうであれば、暗闘で王位を継いでも維持することはできないと考えたとしても、不思議ではない。
 さて、戦争は避けられないし、目の前の戦闘に勝つことも難しい。そんな状況で彼がとった姿勢こそ、この映画の一番の見所だろう。
 これは英雄譚ではないし、ひょっとすると戦争映画でもない。自国の外でどのように振舞うことが、人として求められるかという、観客1人1人への問いかけなのだ。

 と、私は観ました。

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2005.05.15

雑記050515


ことえり
にやり。

古着の卸
不具合がある
メールに対する
など笑った。
こちら経由。


お台場へ行く。映画「ブレード3」を観る。まあ、そろそろおしまいにしてもいいシリーズかもね。
メディアージュとフジの社屋まわりは、中学生くらいの修学旅行なんだろうか、制服姿が多い。


DecksのSEGAは当然ながら閉店中。ああいったものは、どういうタイミングで再開するのか気になる。
mont-bellの店舗面積が半分になっている。跡は若い女性向きのカジュアルな洋服屋に。アウトドアショップは最初は威勢良く本格的な品揃えで始まるが、だんだんと街着を売るスペースが増える。割とよくあるパターン。子供向けファッションに走っているのは横浜MyXだが、拡張しているところをみると悪くないのかも。


潮風公園の方へいってみる。なにか軽そうなお祭りをやっていて騒がしい。たまには仕方がないか。

園内で変わったものを見かけた。若い女性に率いられ、てんでにカメラを持った数人の男が何組も歩いている。観察していると、ときどき立ち止まって、女性にポーズをとらせて写真を撮っている。うーむ。妙な雰囲気。「撮影会」というものがこれか。「東京都公園管理者(撮影許可)」という小旗を、引率兼モデルの女性が持っているから、都に許可をとってやっているのだろうか。律儀なことだ。

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2005.05.14

雑記050514


ベーコンのバンドエイド
なるものがあるそうです。どひー。傷口は大丈夫なんだろうか(笑)。


連休前に読んだり観たりしたものを、感想も書かずほったらかしにしている。

「Shall we dance?」
 最後に、奥様→先生と、行く順番を間違えなかったのはえらい。ちょっと間違うと手順前後ということでたいへんなことになるところだった(笑)。

「半島を出よ」
 北朝鮮をあてて代表させようとしたものは昔の日本。だから、国際政治の場でそんなことはありえないという突っ込みはなし。そうではなくて、価値観やライフスタイルの多様性と対比を読み取る本。
 いろいろなスタイルの、おいしいところだけ取って組み合わせられないかと思うが、それは欲張りというものかも。
 結果、スタイルらしき表層をとっかえひっかえ身にまとうことになりがち。「社交的ひきこもり」など、この見方で捉えられるのではないか。

「ロング・エンゲージメント」
 セピア色。信念は大切。成就も破滅も燻りもありでいい。謎解き映画なのかもしれないが、上質な謎というわけではない。

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情報共有を普通に

次の10年はどういう時代か(3)
このエントリには強く共感する。

  私はそもそも情報を隠して溜め込むことが苦手だし、そんな方法でうそくさい権威を維持したり、権力を振るったりすることは、するのもされるのも嫌なので、情報共有の哲学が広まる方がうれしい。

  一定のコミュニケーションマナーとスキルを身に付けた人達と情報共有することで、問題の発見や解決が早くなるし、権力維持にまつわる無用のいざこざもなくなる。異なる見方を取り入れて、創造力にもいい影響がある。もちろん悩みも増えるが、悩むことは人という生き物の特権のはずだから、悩むのは大いによいことだ(笑)。

  一定のマナーとスキルがあることが隠れた前提条件だが、日本社会は有り難いことにかなり底上げされているはずだから、情報共有のメリットを享受しやすい場面も増えているはずだ。

梅田さんのこのシリーズはまだ続くらしいので期待。

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2005.05.13

コーラス

  封切当初に見てはいたのだが、何か考えたり書いたりするのは「オレ様化するこどもたち」を読んでからにしようと思って置いておいた。
 
  公爵夫人を招いた合唱会で、ふてくされていたソロの少年モランジュが、先生の誘うような指揮に引き寄せられるように晴れ晴れと歌う様は、見ていて気持ちがいいものだ。言葉を介さなくても、おとなからこどもへ伝えられることは、なるほど、ある。少なくともこの映画が描く時代にはあった。

  しかし一方で、最後には学校に放火してしまう不良の子モンダンの現代っ子ぶりはどうだ。彼を見ていて、私は「オレ様・・」でいう「はじめから自立した」こども、おとなに対して臆せず等価交換を求める存在というものを、ありありとイメージできた。

  映画中では、モンダンは非主流であり添え物としての扱いだが、彼こそは、現代のこどもを考えるとき、最も重要な存在だ。人間味あふれる先生達も強権的な校長も、結局、彼を心服させることも屈服させることもできなかった。そういう存在が、「オレ様・・」が描くところの現代のこどもたちなのだ。

  「コーラス」の描く世界は束の間のノスタルジーに過ぎず、モンダンのような者が跋扈する世界こそが現実だとしたら、なんとも居心地の悪いことだと思う。

が、本当に現実はそうなのだろうか。この映画に素直に感動する人が多いのを見ると、「オレ様・・」の世界が世の中の過半を占めているとは、にわかには信じられないのだが。

身の回りのこどもはどうだろう?

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鉄の悪魔に再会

昨日の最終日に間に合う。
すごい。感動。いまにも動き出しそう。ていうかあとは筋繊維を埋め込んでポリマーリンゲル液を注入するだけでつね(笑)。

冗談は置くとして、いまの技術なら、本当にこのサイズ、このバランスで動かせるのじゃないかという気にさせる。ってその気になってどうする(笑)。

人が乗り込む部分はかなり狭苦しそうで「鉄の棺桶」の呼び名にふさわしいが、しかし無理というわけでもなさそう。思えば車もコクピットまわりは似たようなものだ。

360度ディスプレイなどというコスト・耐久性・耐衝撃性無視のデザインではないから、現実味もある。現実味?(笑)。

というわけで、懐かしいものに再会できた。

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2005.05.12

雑記050512


生きものたちのシグナル

東京湾で話題になっていたコククジラ、定置網にかかって、死んでしまったそうだ。
あれまあ。無情。


いまやろうと思ってたのに‥‥
いやなことは後回しになりがちという、誰にでもある習慣を改める指南書だそうです。

ところで、一見関係のない「元の切り上げ」の話。米国が圧力を強めることが、かえって切り上げ実施を難しくしている、という中国政府の主張が、いまひとつよくわからなかったのだけど、「いまやろうと思ってたのに・・」という意味なのかなあ。

たしかに、やりたくないことのかなり上位にくるとは思う。

一方で、面子を大切にする国だから、外からの圧力に折れて実施の体にはしたくないだろうとも思う。といってもプラグマティズムの国アメリカに通じるわけでもなさそう。

急ブレーキは脱線のもとだし、慎重にしてほしい。
それはそうと、脱線を望んでいる人も、実は少なからずいるのかな?(笑)。

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2005.05.11

はくし(のら)

二極化してるなー。でも、きぎょうか(のら)と比べて、うまくいく人の率は多いのじゃないかと思うんよ。げいじゅつか(のら)と比べても率はいいとおもうぞ。
がんがれ。

えーっと。どこ経由だか忘れました(謝)。

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雑記050511


ハイテク刺繍マッシーン

 んーむ……そうだ心機一転して刺繍製造業としてデビューしていくなら30万円オーバーのミシンと5万円のソフトを買……ていうかデビューできないなぁと思った。
いやいや、製造業ではなくてクラフト路線でいくですよ。まずはここなんか覗いてみるですよ。製造業なんてあなた、豊田自動織機に勝てるとでも思ってるですか(笑)。


竹内結子さんと中村獅童さん、月内に婚姻届 妊娠3カ月
がーん。
「いま、会いにゆきます」で「おでこぴかぴかでちゅねー」にやられた記憶がまだ新しいというのに。

ところであやつは歌舞伎俳優だったのか。どこの暴走族かと思ってた。
くらいの暴言はこの際許されるであろう。お幸せに。

しかし、なぜこれが少子化問題の解決に?


し、しまったあ。12日までか。
残念。

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2005.05.10

公共性が求められる上場企業

日経本紙「不正防止へ企業統治監査」。

  全上場企業を対象に、粉飾決算、独占禁止法違反、経営の私物化などを防ぐ目的で、内部管理や意思決定過程の文書化を義務付ける制度を金融庁が設け、会計士による監査の判断材料にする、という。

しかし、会計士による監査がうまく機能しないケースが度々起きた本当の理由は、監査にかかるコストに比べて、その業務に支払われる対価があまりに少な過ぎたから、だったのではないか。少ない報酬の中で実際に中身を検査できる範囲は限られるのだから、アクセスできる情報を増やしたところで、本当の問題解決になるのか疑問が残る。

さらに、少ない報酬を確保するために、顧客企業に不利な結果は出しづらいことも、構造的な問題としてあったはずだ。その点は、この制度で解消するわけではまったくない。
 
 
  この制度新設の背後には、上場企業は私物ではなく公共性の高いものである、という認識があるのだろう。その認識自体は間違っていない。であれば、公共性の高い組織の運営についての文書は、一定時間経過後に公開するという、一般的な方法を検討してみてはどうだろう。

例えば、トヨタ自動車が米国で自動車の値上げをするのは自由だが、10年後にはそのときの意思決定過程が文書で公開される、ということならば、ブランドを大切にする企業の意思決定に、公共性への配慮をより多く反映させることができるのではないか。

株を公開するということは、その利益の大きさに見合うだけの公共性も、同時に求められるということだと思う。


  とはいえ、最も公共性の高いはずの役所でさえ、意思決定過程を文書で残すことは、日本では現在十分には行われていないと聞く。だから、より私性の強い企業がそんな文書を残す必要はないという考えもあるかもしれない。
しかし、それはやや後ろ向きに過ぎる。ニッポンの改革は常に、ほかならぬ私企業から始まるのだから(笑)。

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2005.05.08

雑記050508


しばらくネットと切れていたら、山のように未読blogが。
えっちらおっちら読む。


日本出張前に書いた「ブログのPage Viewについて」

モノを書くことは恥をかくことである。恥をかきたくなければ何も発表せず、読むだけ読んで人のことを「バカだなぁ」とうそぶいていればいい。
いい科白だなあ。減点方式の評価に慣れている日本人専門家は、迂闊なことは言わないのが得と思っているフシがある。米国人はたぶん、間違っていたら撤回すればいいし、当たってたらすかさず手柄にしようと思っている。言い古された彼我の違いだけど、案外根強く残っているのかな。
と思ったらその次のエントリで言及があった。


会見目的は「真実追究」、「吊し上げ」にあらず
実務屋さんならこうした態度とは縁遠いはずなんだがなあ。正確な情報を早くとるのに最も効率のよい方法は何か、を考えて鍛錬しておくものだと思う。記者というのは実務には疎いのかなあ。

と、ヒトゴトのように偉そうに言ってみる。


元気いっぱいの美少女ヒーローアニメーション

なぜかはよくわからないが、方々から「お前が書かないでどうする」といわれたので、がんばって書くことにした。
笑。
こうした定番のキャラクター設定が人気を呼んでいる現状をみていると、アニメファンという人々は実に保守的なのだなと感じる。
へむへむ。そうなんだ。
ちなみに私は黒の方がいいかな。
おお。そうなのか。あそこらへんでもそんな人が多いらしい。


国会での論議は何だったのか? その2
出版社が貸与権の運用で停滞気味な話し。街場の小さな漫画喫茶なら各個撃破できても、れっきとした公共施設である図書館などが相手であれば、簡単にはいかないのでしょう。


バービーUSB
きもい。動作中は手を胸の前で交差して×印。データ転送中は、足で駈けっこ。デバイス取り外し可で、手を両脇にたらして脱力。とか、動くと楽しい。


読んでも読んでも終わらない未読の山。
そろそろまとめてポチっと既読ボタンを押したくなる頃。

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運用次第で教育にも使えるブログ

ブログを使って塾・予備校に――学習システムを開発
メモ。
こういうのも。こちら経由。


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個人情報保護法お試し運用月間(笑)

個人情報保護法の影響? 行きすぎじゃないの?
しばらくは現実との摺り合わせ期間ということで、誰もが槍玉にあげられないよう慎重になるのは致し方ないところなのでしょう。いずれボーダーラインが見えてくるかと。

  私的には、個人情報をデータでやりとりしているある団体が「今後はこれを使って暗号化するように」といって送ってきた暗号化ソフト(パッケージ)が、こちらの市販のセキュリティソフトに遮られてうまく動かない、といったささやかなトラブルが発生しています(笑)。
  とりあえず、こちらから送るファイルはパスワード付きzipにしてお茶を濁していますが、困ったのは、相手から送ってくるファイル。ご推奨の暗号化ソフトの自己解凍機能を使い始めたのですが・・。これウイルスに感染したらどうするつもりなのかなあ。

  実行ファイルを取引先に送ることについては、個人情報保護とは別の意味でもう少し慎重になって欲しい、と思う今日この頃です。

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2005.05.06

隣国への複雑な感情

韓国大統領がドイツで演説したことに関する雑感
少し長いが、重要と思う部分なので記録のために引用。

 日本人はアメリカに敗戦したと思っているから、二次大戦の戦争責任、侵略で中国人が怒っているのは筋違いだと感じてやいのやいの言うことに違和感を感じるわけだ。しかし、日本は実に巧妙に一国に対する敗戦に事態を集約させて徹底した太鼓持ちを続けることで冷戦下で経済的繁栄を遂げ、その他戦勝国に抜き差しならないほどの領土分割をすることもなく、いままさにバーカバーカと言いながら中国の反日デモを対抗デモするでもなく眺めている。これほど中国人の感情をさかなでする行為はないかな、と。


 そして、ライス長官が来る前後からアジアでもグレートゲームが開始されようとしているというのが現状なのだろう。何よりも幸運だったのは、日本の大多数の領土がアメリカの統治下におかれ(そしてアフガンほかでも日本統治のノウハウは民主化モデルとなった)、東西ドイツのように分けられて東ドイツの窮状を味わうことも南北朝鮮のように不思議な国家構造に陥没することもなく、普通に次のゲームのプレイヤーとしての権利を持つことができたことにある。しかも天皇制は維持され経済はそれ相応に繁栄し60年近く戦争経験なしだ。

 確かに私が中国の指導者だったら、どうにかしたいと思うだろう、日本を。

そういう感情があることは記憶しておきたい。欧米の観光地で、韓国人や中国人から、いわれもない悪意をぶつけられたことがある人なら、なるほど、と思えるのではないか。

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2005.05.05

九州ツーリング記050504


6:00
今日は最終日。テントを畳んで青島へ向かう。丁度干潮で、島を囲む鬼の洗濯板がよく観察できる。青島神社には一般人の絵馬に混じって、巨人軍選手の絵馬がまとめて飾られている。やはり怪我がないように願うものが多い。「目指せ年俸30億」とかいうのは・・やはり無かった。それはいいことなのか、それとも?
天岩戸神社にもあった天照一族の漫画風系譜がここにもあるが、バージョンが違うようだ。神武天皇の母君(名前忘れた)が美しく描かれている。古事記の字面は読めなくても、こうして漫画にしてもらえると、それぞれのキャラクタがなんとなく伝わって面白い。

8:00
この後、宮崎市街地をバイパスしてシーガイアへ。この場所に超高層ホテルはやはり奇異だが、庶民と無関係な人たちが、空港と直結した半プライベートビーチを使うと考えれば、あながち無謀ともいえない。買収した外資の判断が正しかったかどうかはこれから試されることになる。オールシーズンの海ではない、つまり稼働率維持に工夫がいる点が、東南アジアのリゾートと異なる弱点か。

9:00
ひたすら北上してフェリーが着く日向を目指す。途中ジャスコに寄ってみる。広い。ジャスコ単体が広いだけでなく、本屋、薬屋、文具屋、ホームセンターがだだっ広い駐車場を囲んで集合しているのだ。昨日のホームセンターもそうだが、都市部に住んでいると、この常識はずれな広さと「ワンストップショッピング」は実感としてはわからない。その意味でいい体験をした。ちなみにものの値段は首都圏と大差ない。
またひたすら走る。道が込んでいるので、車と一緒に走るのだが、このペースは眠気を誘って危険。ときどき居眠りしているのが自分でもわかる。

11:00
日向岬の奇景、馬の背を見る。柱状列石でできた岬、深く切れ込んだ海岸線。尾根道に手摺が整備されているが、それでも風の強い日は遠慮したい。今日は天候も穏やかでよかった。

13:00
やっとフェリー用埠頭に着く。時間にまだ余裕があるのを確かめて、延岡まで足を伸ばしてみる。ここでもジャスコだ。くまざわ書店がテナントに入っていたので、帰りのフェリーで読むものを買う。

17:00
フェリーに乗船。行きと違ってこちらはやや豪華だ。料金も6千円ほど高い。違いというと、廊下の広さ。風呂の綺麗さなど。しかし行きと違って満員なので、2等の居住性はかえって悪い。展望廊下のソファでほとんどの時間を過ごしながら、このツーリング記を書く。

この後、5日は船上で過ごし、川崎到着で旅は終わる。晴れが多かったこと、雨もさほど問題ない日に降ったことなど、天候に恵まれた。印象をまとめると、

・別府はやはり温泉街として一級だ。
・小国ジャージー牛乳ヨーグルトはうまい。(首都圏でも売ってくれ)
・韓国岳は絶景。
・鹿児島の黒豚も旨い。
といったところか。

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九州ツーリング記050503


雨はすっかり上がっていい天気。屋久島へ行きたかったが、往復時間や船の運行スケジュールから2日必要なことがわかり昨日のうちに断念。種子島に通っているジェットフォイルを屋久島にも、と思ったが、あまり手軽にしてブランドを損ねるのは愚策か。またいずれ。


9:00
というわけで、鹿児島水族館だ。ジンベイザメの大きさに驚く。水槽はかなり大きいが、それでも狭苦しそう。網にかかった子供を飼育して、大きくなると海に帰してやるそうだ。それはよかった。でも餌場を探したりする能力はそれで身に付くのかな? ほかにエイの脱糞シーンなども見る。ちょうど財布を裏返してごみをとるように、腸を裏返して海水に晒して掃除する。もっとも私の財布には札とカードしか入ってないので詳しくは知らない(笑)。錦江湾には、硫化水素を栄養源にしているハオリムシもいるそうだ。深海底でしか発見されていなかったこれが、水深わずか70Mのところで発見されたらしい。体内も液体で満たされていれば水圧はあまり関係ないとは思うが、世界でここだけというのがやはりすごい。

という具合に水族館にいるといつも時間を忘れる。



13:00
昼飯はやはりトンカツ狙い。昨日は全然不満だったので、今日は雑誌などで調べて天文館の「丸一」へ行ってみる。しかし「2日~4日は休み」の張り紙。orz
やむなく「黒豚亭」へ。こちらはチェーン展開でもしそうな新興の店のようで、載っている雑誌からしてもグレードは低そう。が、かつを一口食べて、東京で同価格帯でキャベツおかわり放題のとんかつチェーンがニセモノであると知る。これが生きている肉というものだよ。という感じ。火はきちんと通っているから生ということではなく。本物とジャンクの違いはなんだろう。肉汁の生かし方か、それとも肉そのものか。地場で食べてうまいものに、また出会った。


14:30
桜島へ移動。この山が煙を吐いたりするわけだが今日はおとなしい。避難所兼用の展望台からは対岸の鹿児島の街が見渡せる。


15:00
東に向かって移動開始。このあとひたすら走る。途中ホームセンターがあったので、バックルが壊れた荷箱を換装する。店内はひたすら広い。さらに走りに走って日南海岸に着く。フェニックスロードという名の道があるが、フェニックスというのはやしの木・・かな? それが沿道に植えられている。ちょっとシュール。海岸に沿って国道を北上する。渋滞がところどころある。くにの松原という白砂青松100選の浜辺に寄る。九十九里みたいなものかと思っていたが、砂浜がずっと広い。松林も防砂林というよりは自然な感じ。さらに北上。陽が暮れるころにようやく白浜キャンプ場に着く。海岸沿いの、芝がやわらかく気持ちのいいところ。疲れきって寝る。

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九州ツーリング記050502


6:00
朝。よく晴れている。サンドイッチの朝飯を食べて、貴重品と水とクラッカーだけ入れた小さな鞄を袈裟に背負って韓国岳(からくにだけ)に向けて出発。キャンプ場周辺は、霧が晴れてみると、広いが何の変哲もない駐車場とお土産屋さん。昨日の幻想が嘘のよう。登山道はごつい石がごろごろで、丸太製の階段はあまり用を成さず登りにくい。朝早いが他にも何組か年配の夫婦の登山者がいる。世間話などしつつ追い越していく。皆本格的な出で立ちに大きなリュックを背負っている。こちらは軽装な分(と年齢分)足が速い。4合目下の傾斜が急なところがきつい。それ以降は徐々に楽に。登るにつれて視界が広がり、雲海が見えてくる。
頂上は旧火口の縁の一番高いところ。外側を見渡すと、韓の国まで見えそうなという名の由来どおり、絶景。カルデラ湖が3つ眼下に見える。一面の雲海の中に、遠く山の頂がいくつか顔を出している。振り返って旧火口の内側がこれまたすごい。恐ろしい高さの断崖が一気に火口原まで落ち込み、平らな火口原はかなり広い。昨日の草千里と同様の緊張感ある広大さが、垂直方向に展開している。
汗も乾いたので水を一口飲んで下山。時刻がある程度まわってきて、続々登ってくる人たちとすれ違う。年配者に、2本の杖を両手に持つ人が多いが、あれはかえって疲れそうな気がする。アウトドアショップにすれば、これが本格装備などと理屈を付けて少しでも多く売るのだろうし、本人はそれで満足なのだろうから、あまり言わないが。


8:00
峠のキャンプ場へ戻ってから、少し離れた市営露天風呂へバイクを走らす。行ってみるとこれが、北海道かと思うような野趣あふれる湯で、満足。湯船からあふれた湯がそのまま川になる。女湯との仕切りの羽目板が一部壊れているのはご愛嬌。何も見えなかったのは無念。戻ってテントを畳んで出発。


14:00
鹿児島へ移動。着いてみると鹿児島中央駅の観覧車にまずは驚く。観覧車は一時期大流行していたが、自分の街を上から眺めてみる、ランドマークになる、などの利用を考えると、遊園地に立地を限らなくてもいいと言えなくもない。昔の○○タワーのバリエーションなのだろう。あるいは、街が遊園地のようなアミューズメント空間になりつつあることを象徴しているのか。それを勘違いした計画や建設も当然ながらあるわけだが。鹿児島のこれは、丁度新旧市街地を両側に見渡せる位置で、悪くないのではないか。


街中で宿をとる。カプセルでもないのに1泊4千円というのがあり、怖いもの見たさで泊まってみる。バストイレベッドライティングデスクを4畳半にみつしり詰め込む技法を学ぶ(笑)。


食事は黒豚づくしでいくことに決める。コインランドリーで洗濯しながら、同じ建物内の軽食屋で遅い昼飯に黒豚トンカツを注文。特徴なし。旨からず。ご飯が多く閉口する。普通の店ならこんなものか。夜は天文館通りという繁華街にあるホテルのレストランのなんとかフェアでスペイン産黒豚を食う。ソースの味ばかり目だって肉の味がわからない。給仕がご飯などはどうするというから、スペインでは普通何を一緒に食べるのかと聞いたが知らないとのこと。うむー。ホテルでなんとかフェアとしてやるなら、そのくらいは研究しておいて得々と薀蓄を傾けてくれないとなあ。こんな普通の料理にサラダやご飯や席料くっつけて宿代と同じ程度の値段を払うのは、それを聞きたいためなのだから。もっともそれくらいの手軽さ気安さがビジネス利用時には便利で重宝ではあるのだけど。Wホテル。


移動には路面電車を使う。くの字型に曲がった旧市街は路面電車が背骨になって、鹿児島駅と鹿児島中央駅を結ぶ。この路面電車の盛衰だが、都市計画の講義で以前聞いた話では、バス等との競争に勝てなかったことになっている。が、もう少し仔細に考察してみると、詰まるところ、路線や停車駅の設定を柔軟に変更できない点が路面電車の特徴であり、そのような変更が短い期間で起きるところでは絶滅し、さほど変化のないところでは生き残るということではないかと、今では思っている。単に車交通と共存ができないからなどの理由では、多くの地方都市でこれが生き残っている説明にならない。


夜は「半島を出よ」(下)を読みぬく。気付くと朝4時。いねむり運転に気をつけねば。

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九州ツーリング記050501


6:00
起きてみれば雨。この時期の雨は暖かいので嫌いではない。テントを畳んで高森駅に寄ってみる。南阿蘇鉄道トロッコ列車の終着駅として有名とのこと。雨の早朝ということもあって、フランス語を話す若い男女がいるのみ。駅長らしき年配の人がいろいろ話してくれる。阿蘇-熊本間の交通が繋がるまでは、この辺りは商店街として賑やかだったらしい。高千穂から日向方面へ通じる鉄道の計画もありトンネルまで作ったのだが途中で計画中止となった経緯などがあるそうだ。駅長、やや悔しそう。
なるほど、この南阿蘇という位置は、九州の東、西、どちらとも繋がる可能性があったのだろう。現在の九州の交通網は西側で発達しているが、東という選択肢が真剣に検討された時期もあったのかもしれない。
「都会に比べるとこのあたりは田舎でしょう」と言うから「人が昔から住み着いているためか、人に馴染んでいる感じがする」と応える。文化的な人間の心配りが長い年月積み上がって、こういう里ができるのであって、電子機器やら鉄とガラスとコンクリートやらで比較的短期間に組み上げた街には無い結界がこうした里にはある。千年単位と百年単位の違いなのかも。ちょっと持ち上げ過ぎか(笑)。


8:00
やや激しく降り始める中、高千穂へ移動。途中林道を使って天岩戸神社への経路をショートカット。久々にオフロードバイクの本領発揮。といっても、荷を積んでいるので後輪が重い。ガレ場が続く登り下りを慎重に走る。林道の出口に雨カッパ姿の村人が集まっているので、神社への道を聞きがてら状況を知らせる。「倒木が一箇所ありバイクはOKだが4輪は無理」と伝えると、長らしい者があれこれ指示をだし始める。多少は役に立ったのか。公共工事について都市生活者として総論ではいろいろ思うところはあっても、里人の現実を見ると口は重くなりがち。


9:00
で、天岩戸神社。申し出れば神主同伴で、岩戸を拝めるというので、早速申し込む。若い見習いらしき人が1対1でやってくれる。まずお清めをしてから岩戸へ向かうところが物々しい(笑)。岩戸そのものは今では木々に遮られて見えないが、なるほど縦の裂け目はあるように見える。まあ、そんなものだろう。天照大神一族の系譜を漫画的に書いたものがあって楽しい。若い見習いさんに参拝客のことなど聞くと、やはり観光目的で連休中と紅葉の時期に来る人が多いとのこと。信心のない氏子で申し訳ないが、先方も慣れているようだ。なお、タヂカラオがぶん投げた岩戸が落ちたのが今で言う長野県は戸隠とのこと。ホントか(笑)。


12:00
通潤橋へ移動。休日正午に放水の実演ありということで、速度をあげて舗装路を爆走。放水5分前に到着して一部始終を見る。豪快。放水もさりながら、石造の水道管に驚く。渓谷を挟んだ両側の峰と峰を、石造の管で繋いで水を流しているのだが、高低差ではなく、水圧を使って流しているので、管には密閉性が求められる。それを石工の技術とパテだけでやっているのだ。管は峰と橋の間を繋ぐ部分で垂直・水平方向それぞれにカーブしており、動物の脊椎のような石管のパーツは、個々に微妙に異なっている。接続面に切られた二重の溝がぴったりはまるようになっていて、水は概ね内側の溝で封じ込められている。補修はいまでも行っているそうだ。ほかに、通常の用水路からこの用水管に水を導くための貯水槽のつくりかたも知る。用水路の高低差と2つの水門を使った簡単な仕組みだが、見ればなるほどと思う。もちろんすべて石組みと木組みでできていて、こうした知恵と、用いる材料とはあまり関係がないようだ。
雨はようやくあがってきたが、晴れにはならず。


13:00
この後高速を使って霧島へ移動。ひたすら走る。トラックが妙に大人しい走り方をしていると思いつつ、先日NHKで見た流通業のルポを思い出す。トラックの運ちゃんが菅原文太風だったのも今は昔。昨今は燃料費節約のためGPSやなんやらで走り方を細かく把握されて、一定スピードで走るよう指導されるのだそう。ここでもヒトの部品化が進む。


15:30
高速を降り、えびの高原キャンプ場を目指して登るにつれて霧が濃くなり、ついには5m先も見えない有様。最徐行で進む。白くて背の高い観光バスが突然同色の霧を割ってぬっと現れたり。おのれ妖怪!状態で錯乱(笑)。

目的地と思しき場所に辿り着くが、何しろ周囲は白い壁で状況がわからず途方に暮れる。徒歩ですぐそこにあるはずの管理事務所を探して歩く。途中鹿に会う。濃霧の中を跳ね回る影だけが見えて幻想的。管理事務所でキャンプ場の場所を聞いてようやく設営。赤松の林の中、人影もなく星もない。林の上を吹き過ぎる風の音を聞きながら寝る。

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九州ツーリング記050430


高原の朝は早い。テントを畳んで、黒川温泉に移動。


8:30
温泉宿20軒程度の小さな温泉町だが、このところ名前がよく聞かれる。ひなびた雰囲気で湯布院を上回る人気なのだそうだ。まちに入るとすぐわかるのだが、ここは建物のセンスが総じて良い。まちづくり屋さんが仕事をしているかもしれない。旅館組合インフォメーションセンターに着いてみると、これは間違いなく設計屋さんの手になるものだ。朝早いので開くまで待つ。近くの泊り客が、浴衣に羽織で散策している。紺色の羽織の年配男性と藤色の若い女性が絵になる。一方若い女性二人組は麻色の羽織。話してみると浴衣と羽織は、近くの同じ旅館の泊り客らしい。そういえば、その旅館と同じ外装デザインの宿が多いのにも気付く。このセンスのよさは、街づくり屋ではなくて大地主の力なのかも。麻色の羽織の女性「同じ旅館でも違う色なんです」と言外に泊り客のグレード差別。「ふーん、でもそれお洒落だね」で嬉しそうな笑い。


10:00
観光センターで温泉手形というものを買う。これで3軒まで好きな温泉を選んで入れるのだという。3軒も入ってはのぼせてしまうので、建築が気に入った1軒とやや大きめな旅館風の1軒に入る。湯に格別のものはないが、従業員の応対など見ていると、改めて背後に町全体のブランド戦略のようなものを感じる。小さな温泉町がこれだけ有名になるにはそれなりのものがあるのだろう。ここで地図を見てふと気付く。ここって行政区分上は小国町なのかな? それで納得。が、町全体でマーケティングをやりすぎると鼻につくから注意が必要。地場の人の素朴な心情との葛藤があるうちはなおさら。都市住民は作られたものを敏感に嗅ぎ分ける(笑)。


13:00
というわけで小国町に移動。建築屋さんには有名な木造立体トラスの小品を見る。逆円錐台総ガラス張りのこの建築は、今は道の駅として使われているようだ。木材のひび割れが年月を偲ばせる。背割りは入れなかったんだな・・。この補修はどうやるのだろう。完全静定構造だと部材1本取り替えるのも難しいはずだが、見たところ不静定・・かな? 土産品の「小国ジャージー牛乳飲むヨーグルト」350mlを一気飲みする。濃い。旨い。コンビニで売っている水のようなそれがニセモノであると知る。ほかに小国ドームと木魂館を見る。


14:30
阿蘇へ移動。独特の地形が新鮮。外輪山外側の山裾は普通になだらかだが、上りきると高原台地の草原となっており、これがまず珍しい。カルデラの内側に入る途中の峠からはさらなる奇観。台地がカルデラの内側に向かって途切れ、切立った崖となって火口原まで一気に落ち込む。火山博物館の説明をそのまま借りれば、大陥没の凄まじさを思わせる。火口原はあくまでも平らに、鉄道が走り、田畑が開け、中央の5つの火口丘まで続く。
その火口丘だが、残念なことに先月から警戒レベル3だとかで、ロープウェイも動かず。道路も上の方は通行止め。阿蘇は活火山なのだった。
火口丘の裾に開ける草千里を見る。北海道は向こう側が無いが、ここは、はるか向こう側に火口丘が聳えていて、そこまでの間が草原一色というもの。地平線まで際限の無い広がりを弛緩した広大さと呼ぶなら、これは緊張感のある広大さというか。そういうものをはじめて見る。満足。


17:00
白川に移動。遊水の里でキャンプ。里全体がよく手入れされている。豪農とまではいかないが豊かな暮らしぶりを思わせる家の並びがあり、庭など美しい。中の1軒が表向きにコンビニを営んでおり、入りついでにトイレを借りてみると若奥様が家の中のトイレを案内してくれる。途中で見えた中庭がまたよくできている。こういう豊かな生活もありだなと思う。
里に点在して水源がいくつかあり、そのひとつ、明神池なるものを見てみる。管理人だろうか、年寄りが由来など話してくれる。阿蘇に降った雨が200年ほど経て湧き出してくるそうだ。柄杓で一口飲ませてもらうと200年前の雨の粋はやわらかい味がした。
日が暮れて蛙とこおろぎの合唱の中シュラフにくるまっていると、遠雷が聞こえる。通り雨のような降り方で、時折雨粒も落ちてくる。明日は雨か。

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2005.05.03

ラリー・エリソンの和風建築?

Larry Ellisonの家が売りに出ました
2500万ドルだそうです。それだけあれば、災害で壊れた重要文化財でも修復できそうです(笑)。
いっそのこと、重文をどれかひとつ買い取ってもらって、そこに社務所を建て、住職としてラリー・エリソンさんに住んでもらうとか。資金は自家用ジェットかPeopleSoftの株など売っ払って作ってもらう(笑)。

紹介されているこちらの写真、モダン数奇屋風という感じでしょうか。拝見すると純和風というにはどこか変。

例えばけらば板。写真では直線的なので、なんとなくモダン和風な感じがします。微妙にカーブさせるか、葺き材の厚みを使ってまろい感じにするとかで純和風寄りになるのかなあ。もっとも、桂離宮を引き合いに出されると困るのだけど。あれは例外というか。

それから、軒の反り具合。どちらかというと韓国風というか・・和風とは少し違うような気がします。反っているというよりがくんと曲がっている感じ。反らせるならば日本刀のようにすらりとしていると和風らしく見えるかなあ。

池の縁台へ降りるための段々は、たぶん和風とは違う。降りる位置を縁石を使ってそれとなく誘導して、導線や視線や所作が作り手の意図に沿うように、しかもそのことを住み手になるべく気付かせないようにつくるのが、和風の意匠・・というか心と思います。和風の結界というのはそんな風に結ばれるものかと。写真の段々にはその心がありません。

相当な日本趣味で有名なアメリカ人、それも金の心配はたぶんないはずのラリー・エリソンが、こうしてアメリカ人に作らせたものを見ると、あらためて、様式というものの微妙さ加減がわかります。日本に派遣されたというアメリカ人の建築屋さんの2年後の成果に、期待半分、冷やかし半分。

でも日本人が作っている西洋風のものも、きっと同じように見られているだろうなあ。


っておいらは鹿児島くんだりまできて、一体なにを書いているんだか(笑)。

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2005.05.01

九州ツーリング記050429


朝から温泉巡り。そこらじゅうに温泉がある。
まず「別府八湯」というものがあるそうなのでその壱番目「竹瓦」というところへ行く。場所は駅にも程近い市街地の中。入り組んだ路地の奥にある、堂々たる木造総二階。玄関は唐破風。といっても銭湯の玄関はたいていそうだけど(笑)。中に入ると、ホールは立派な格天井。湯殿は普通の湯と砂風呂が、それぞれ男女別にあり、どれも地下へ降りる構造になっている。そのため、湯殿の天井はとても高い。高窓が大きくとられているので、さして広くない地下の空間だが明るい。市営だからなのか、料金はたったの100円!。英語圏の人が3人ほどいるが、お互いに「どこから来たの?」などと言っているから、それぞれ別個にここを探り当てて来たのだろう。海外にも有名な入湯料1ドルの市営スパ。上がったあと体がぽかぽかしてきたのは、正直、ここだけだった。

でも今日は気温20くらいあるみたいなんですけど。


「鉄輪温泉」へ移動。地獄めぐりとやらをしてみる。海地獄:透き通った青い湯が美しい。坊主地獄:白い泥の中から泡がぽこっ、ぽこっとはじけている。丸い泡が坊主頭のようだから坊主地獄なんだろうか。竜巻地獄:いわゆる間歇泉。噴出す間隔が30分と短いのが特徴とのこと。おかげで、あまり待たずに見ることができた。血の池地獄:見るまでは、どうせ茶色だろうと思っていたが、実はかなり赤い。この色は鉄イオンかな?
これがまあ、見てよかったもの。
他のは、地獄名がこじつけのような感じで、湯の湧き出しにはさほど感動しなかった。が、温泉を利用してワニを飼っているところがあって、凶暴なクロコダイル種を数十匹集めて飼っている池は、威嚇しあうワニの咆哮と、首を激しく振って相手にたたきつけるパフォーマンス、さらにそれらに移る前に、相手の横に滑り込んだりそれを外したりする駆け引きなど、ワニ達の阿鼻叫喚の図が見られて、こちらの方が地獄っぽい。と思った。


「明礬温泉」へ移動。泥風呂というものにはいる。坊主地獄のような、水に溶いたセメントのようなものを想像していたが、もう少しおとなしい。底の方は確かに泥が10センチほど堆積しているが、上澄みは濁っていてもとりあえず液体だ。普通の温泉のように、熱い泥を配管で引いていくことができないので、湧き出しているその場所に、露天の湯殿を作ったようになっている。そのため、底は整地しておらず、大きな岩がごろごろした状態の上に泥が積もっている状態。だから、ところどころ深い穴状になっていて、膝まで泥の中にずぶずぶと潜る。これならたぶん、水虫など一発で治るのじゃないか。と勝手に憶測。

露天で天気もよく、つい泥団子をつくったりしてみたくなるが、しっかり「泥遊びはご遠慮ください」の看板が。読まれている。


観海温泉に移動。海坊主地獄で見たような、きれいな淡いブルーの湯につかる。別府湾を見渡せる絶景。小さい温泉なので載っていない地図もある。ちょっと満足。


別府駅で土産を買って東京に送る。Coolなネーミングの菓子「ザビエル」。どんな味かは、他人が食べて確かめてくれるはず(笑)。


湯布院に立ち寄る。駅前は原宿化というか軽井沢化が進んでいる。なぜか花粉症がひどくなり、早々に立ち去る。


広々した草原を左右に見つつ、やまなみハイウエイを抜けて、一気に三愛高原へ。今日はここでキャンプ。
昨日はまともに寝ていないので、夢も見ず爆睡。

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九州ツーリング記050428


連休は九州ツーリングすることにした。
行きは久里浜から大分へフェリー、帰りは日向から川崎へフェリーの予定。
天候が穏やかであることを祈る。


27日 23:00
出航は23時半。よく使う東京湾フェリーの隣のブース(?)に泊まっているフェリーに乗船。湾内を往復するフェリーの3倍くらい全長だ。荷物を置いてさっそく船内を探検してみる。


この船と船内のプランがそっくりな船に、以前、式根島からの帰りの便で乗ったことがある。船の設計というのは、使いまわすものなんだなあと、そのコスト意識の高さに感心して、乗務員さんに、これと同型の船はたくさんあるのか聞いてみた。

すると、怪訝な顔で、この型の船はこれ1隻だという。しばらく話していたら、なんとこの船、以前は「さんふらわあ」という名前だったとのこと。それはまさに伊豆七島に就航していて、私が乗った船だよ。どうりで見たことがあるわけだ。

というトリビアを得たのだった。どうでもいいか(笑)。


式根島のときは、就航間もないジェットフォイルが、折からの悪天候で接岸できず、急遽予定を変更して島に寄ってくれた「さんふらわあ」に、百人近い人間が列を成して難民のように乗り込んだのだった。船内はもちろん120%満員状態で、2等ですら横になる空きもない状態だった。こどもがぐったりするほど暑苦しい船内を避けて、私は甲板でシュラフにくるまって寝たのだった。まさに難民(笑)。

今日は、連休初日の一日前ということもあって、2等ですら定員の1割程度だ。なんだかガランとして、これはこれで寂しい。


28日 8:30
一夜明けて、甲板に出てみると天気はいい。陸は見えない。時刻からして志摩半島を過ぎたあたりか。黒潮はこのあたりでは若草色というか、やわらかな緑だ。


会場はPHSの圏外なので、UPは上陸後ということになる。


28日 10:00
右手に陸が見える。紀伊半島南端だろうか。かなり高いやまなみ。熊野なのだろう。あそこにも行ってみたいなあ。


本は「半島を出よ」を上下巻持ち込んだが、読む気にならず。仕事関係のDBをACCESSを使って戯れに作ってみたりする。
リスト構造をDBMSに乗せたいのだが、うまい考えが浮かばない。親へのリンクと自身の値を持つテーブルを1つ作れば、それで定義は終わりなのだが、実際に展開するときは再帰的な処理をしたい。その再帰的な考えをうまく実装できなくて悩む。そもそも無理なのかもしれないが。
できないとすると、定義の方法に戻って、冗長かつ美しくない形になる。そうするとメンテナンスも面倒だ。うーん。何かいい方法はないか。
マクロで逐次処理を再帰的にできるのかな? でもACCESSのマクロは書いたことがない。船の上ではネットにつながらないからオンラインヘルプも使えない。というところで取り合えず投げ出しておく。なんだか以前も同じことで悩んだような気が。


仕方なく「半島を出よ(上)」を読み始めるが、意外にも抵抗なくざっと斜め読みする。これまでJMMで著者が質問の形を取りつつ主張してきたことが、お話の経済的な背景として多くちりばめられていたのが、抵抗を感じなかった理由か。


船酔いを避けようと、ときどき本をうっちゃって、船のクルーと話をしてみる。20代くらいの女性は、大阪に住んでいて、月のうち20日はこの船で往復する生活らしい。それってまるでスッチーだね。


28日 22:20
丁度読み終わったところで大分に上陸。福岡ドームに向けて進撃開始・・ではなくて、まずは別府へ移動。ファミレスでうたた寝しつつ一夜明かす。

※このエントリは、5月1日、南阿蘇からUPしているのだけど、どうも32Kbpsでつながっているらしい。普段は意識しないが64~128Kのありがたみを実感する。ココログの画面も乱れまくり。

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