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2005.04.10

胎児細胞の利用

NHK「中絶胎児利用の衝撃」。まとめメモ。

胎児の細胞は、ES細胞ほどの万能性はないが、爆発的な増殖力があり、再生治療に効果があると期待されている。しかし、中絶胎児の細胞を使うことから、倫理上の問題を指摘されている。

各国の実情はどうか。

胎児組織の利用が合法である米国では、利用に際して、組織の提供は無償で行うことを法で定めているという。一方で、米国内の中絶胎児反対派は、中絶が誰かの治療に役立つことで、中絶を肯定的に考え始めることを問題視している。また、中絶胎児が金銭で取引されるようになる可能性についての懸念もあるという。

ドイツでは研究を禁止。

逆に中国では実際に移植が行われている。一般的な治療として認められているそうだ。背景には中国国内での大量の中絶がある。患者はほとんどが外国人だ。胎児細胞の大量注入による治療効果の科学的分析は公表されておらず、安全性についての疑問は消えていないが、施術者は治療効果が出ていると主張している。

日本では、結論を出せずに議論が延々と続いているという。
 
 
問題点は何か。

障害を持つ人の中にも、賛成と反対、両方の意見があるようだ。賛成の人はもちろん、この治療法に縋るような希望を抱いている。一方、反対の人は、治療への欲求もある程度までで抑制するべきだという。

主な問題点は2つある。
ひとつは安全性の問題。移植による拒否反応については、成人の細胞に比べて胎児細胞は拒否反応が起きにくいとされているようだ。しかし、治療のメカニズムはまだ解明されておらず、何が起きるかわからないという意味で安全性は確立されていない。
もちろん、研究が進めばこの問題には結論が出るだろう。

いまひとつは倫理の問題。これについて、NHKは番組中ではあまり深く追求せず、材料のみ提供しているので、以降は私の考えになる。

移植という行為は現在、特に抵抗なく受け入れられている。それは、皮膚にせよ臓器にせよ、提供する人の側にも覚悟が必要であり、それが歯止めになっているからだと思う。

しかし、意思を持たない(持てない)胎児の組織の利用となるとどうか。中絶する人にはそれなりの事情があるだろうから、提供側の意思による歯止めはあまり期待できないのではないか。

金銭による胎児の売買は、法律で禁止したところで実際には起きるだろう。が、この問題は番組中で紹介された大阪の医療センターの取り組みによって薄まる可能性がある。胎児細胞の増殖力を生かして、わずかな細胞から、大量の利用可能な細胞を作り出すことができているらしい。現在この細胞は、零下150度の環境で保存され続けている。
私は原理主義の立場をあまりとらないので、問題が薄まるのであれば、許容範囲かどうかを考えることになるだろう。

ごくわずかな胎児細胞を増殖させることで、障害を持つ多数の患者を安全に治療し、自立した生活を送れるようにできることがわかったとして、その治療を押し止めることが果たしてできるだろうか。
 
 
先頃他界したローマ法王は、自由な考え方で新しい世界の枠組み作りに貢献したが、中絶には頑なに反対の姿勢を崩さなかった。その真意は知らない。

私は、ヒトの有限性が弱められることに問題なしとはしない。一個の人間が有限であるかわりに、循環や再構成によって、生命の無限性が維持されていると思うので。

総論はそうではあるのだが、とはいえ、各論として、自分の周囲の人間が現実に、アルツハイマーや脊椎損傷や、その他の病気や障害で、一人で生きていくのが難しくなったとき、どういう態度を取るべきかは決めかねるだろうとは思う。

総論と各論が折り合いそうにない、難しい問題だ。
というわけで、結論も出ない駄文でとりあえず終わる。

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