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March 2005

2005.03.31

雑記050331


はてなのこれからについて
梅田さんがCNETのコラムを書いていたときに、記事に2つのスタイルがあった。ひとつは、著名なブログでの話題をとりあげてコメントするもの。もうひとつはご自身の日常の仕事から感じたことを書いたものだった。どこかのブログでその指摘があり、続いて、ご自身の経験から書かれた記事の方がおもしろくためになると評していたのを、見かけたことがある。
今度はここ日本で、梅田さんのご自身の経験が、はてなというホットな舞台を使って語られることになる。とても楽しみだ。


Wikipedia+消費者情報=Consumerpedia
消費者センターがこれをやればどうなんだろ。
一時は、企業自身がサイトを運営してお客様のご意見を拝聴しようという試みがあったけれど、企業、消費者双方とも本音のところで折り合わない部分があって、一般的にはうまくいかなかったように思う。
記事にあるようなものは、第三者が運営するのが穏当だろう。


階層化=大衆社会の到来
苅谷剛彦『階層化日本と教育危機-不平等再生産から意欲格差社会へ-』(有信堂)という本をネタに、あまりにもするどい指摘。読まねば。

でもひょっこりひょうたんじまの例は、一定世代以上にしか通じないと思います。
お。それってひょっとして世代間格差??(笑)

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2005.03.29

スマトラ島沖で再び地震

余震と呼ぶには大きいが、昨年の地震の余震らしい。
さっそくearth browserで確認してみると・・もう載ってる(4:00現在)。
M8.2 depth30Km。

さらに詳細な情報はこちら

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2005.03.28

「秩序」についての勘違い

  今日の「クローズアップ現代」は、高校の卒業式での国旗掲揚と国歌斉唱時の起立を取り上げていた。

  都の教育長という人が出てきて、国旗掲揚や国歌斉唱時の起立などは、学校の秩序回復に役立つというような主張を述べていた。なるほど、それはひとつの妥当な主張かもしれない。
  問題になっているのは、彼がそれを教員に対して権力をもって強制していることだ。従わない教員は処分を受けるのだという。

  どうやらこの教育長は、権力による強制と無批判な服従のセットを「秩序」と勘違いしているらしい。私が昔学校で教わった「秩序」は、自分達で決めたことは守る、という自律的なものだと理解していたのだが、違うのだろうか。教育長の言う「秩序」は、日の丸と君が代が悪用された歴史を故意に無視した、粗暴な強制でしかないのではないか。

  この教育長には、他にも問題がある。彼が国旗や国歌を強制する根拠としてあげているのは、指導要綱にそう書かれているという点らしいのだが、一方で、国旗国歌法の国会審議の折、立法者が、国旗や国歌を強制はしないと繰り返し答弁したことについて尋ねるキャスターに対して、はぐらかすばかりでまともに答えようとしない。さらに、生徒への強制はしないのかとの問いにも、同様にはぐらかすだけだった。

  そんな人物が教育長などという地位についているのを見ると、国歌や国旗が悪用された過去が再現しそうな悪寒がして、どうにもやりきれない。

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2005.03.27

文化は内部からは変えられない。

三菱ふそう、ウソ“卒業”できず…隠ぺい再発

 欠陥隠しの再発で、国交省の担当部局には今や無力感すら漂っている。再び死傷者が出るような重大事故が起きれば、国の監督責任が問われかねず、ある幹部は、「結局、1年かけてわかったことは、『やはりダメだった』ということだけ」と疲れ切った様子で語った。
それでもまだ、グループ企業の社員さん達は、律儀にこの会社の車を買い続けるのだろうな。グループの銀行で仕事をしていた伯父が、K社以外のビールを決して口にしなかったように。


結論はいたって普通。「文化は内部からは変えられない」。

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5年という時間

  マス広告収入に頼りきったTVというメディアは、いずれは変化を迫られるのだろうけど、それにはどれほどの時間がかかるだろうか、と考えてみた。

  まもなく任期切れとなるニッポン放送現経営陣が貸し出したフジテレビ株が、帰ってくるまでの5年という時間と比較して、それは長いのか短いのか。帰ってくるまでに準備しておくあれこれの仕事量と比較して、その時間は足りるのか不足なのか。

そんな視点でこの件を考えてみてもいいのではないか?

来週頭に開かれるというSBI、LD両社の会談がそんな基調で進むのかどうかは、私にはわからないが。

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2005.03.25

office氏に有罪判決

ACCS事件でoffice氏に有罪判決

確かに、office氏の態度に問題がなかったかといえば、おそらくそうではないのだろう。サイトの脆弱性をテストする目的であれば、相手の面子をつぶさない方法も取り得たはずだ。今回の司法判断は、その点では妥当と言ってもいいかもしれない。

しかし一方で、IT社会において怠ってはならない注意が、サイト管理者側に欠けていたと思われる点についてはどうなのだろうか。

少し話が飛ぶが、例えば全銀協は、偽造カード被害を銀行が補償する方針を決めたそうだ。それでも、利用者がパスワードに誕生日など予想されやすいものを使っていたときは、補償の対象からはずすのだと聞く。IT社会を生きるにあたって、当然求められる注意を怠っていれば、そのリスクは不注意だった本人が負わされるのだ。

ACCSのサイト管理者には、そうした普通の注意を怠ったと言われても致し方ない点があったのではないか。今回の司法判断は、その点を十分指摘したと言えるだろうか。今回の判決が、安易なサイト管理を助長し、結果として脆弱性を突いた不正利用を容易にすることに繋がらないだろうか。

上の記事のコメントにこんな言葉があった。

#脆弱性を利用する人は黒い人
#脆弱性を悪用する人は悪い人
そして脆弱性を放置する人は罪作り。

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2005.03.21

スパム対策としてのトラックバック限定

[お知らせ]IPバンについて……ご迷惑をおかけしています

この執拗なコメントとトラックバックは、農林水産業の関係サイトやその関係者から来るようです。なにせ彼等は暇があり結束力はすごく粘着性もあるので執拗です。日本の農林水産業の将来をこの人達が担うのかと思うと、ユウツになります。
  トラックバックのみ可にして、おかしな意見を言ってくる人の発信源がわかるようにしておけば、多くの良識ある読者に、その人達の意見や実態が伝わって、結果的にいい方向に動き出すような気もします。
  もっとも、庭先を荒らされる当事者にとっては、気分は良くないだろうとも思いますので難しいところですが。

  コメントは自分の庭、トラックバックは他人の庭との割り切りが、意見が合わない相手とblogを介して付き合うための基本姿勢と思います。

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2005.03.20

睡眠時無呼吸症候群に束の間の勝利

  先週、仕事中に猛烈に眠くなるということを2度ほど経験した。理由がわからなくて、気の緩みかと反省したのだが、昨夜、布団に包まりながら、眠りに落ちる寸前の状態で、鼻づまりで呼吸ができていないことに気付き、これが噂の「無呼吸症候群」かと自覚。がばと起き上がりベッドの上に仁王立ちして対策を考えたのだった。
  鼻で息ができないからには口で呼吸しなければならないのだが、普通にしていると口は閉じてしまう。だから何か噛んでおけばいいわけだ。
  とりあえずその用途に使えそうなものを家中探してみた結果、衛生上問題なさそうで、間違って飲み込んだりしなさそうなもの、ということで練りわさびのチューブが最適であるとの当然の結論に達したのだった。間違って噛み切ってもわさびの効果で一瞬で目が覚める(はずだ)から、飲み込む危険もあるまい(笑)。
  さて、これを口にくわえて寝てみる。開いた口の隙間から息は問題なくできるのだが、口と喉が乾燥してつらい。それでも応急措置としてはまあよしと思ってそのまま寝てみた。なんだか轡をかまされた馬だよなあ、とは考えないことにする。

  明けて今日は、睡魔に襲われることもなく一日を大過なく過ごせたのだった。睡眠時無呼吸症候群、恐るるに足らず。

って、花粉の季節が過ぎるまで、毎晩こうなのか?>自分
(とほほ)

[追記]
それではあんまり間抜けなので、内服薬を買ってきた。それなりに効くけど眠い。

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雑記050320


管理者を煙に巻く buzzword はどうでも良い(?)が、技術者を煙に巻くものは許せない

新しい概念を定義し、名前をつけることは重要なのですが、過度に抽象化された定義が流行ると必ず正確な意図は掻き消えて、とんでもない使い方のほうが蔓延するものです。
この記事は、技術の世界での話しを取り上げているのだけど、上のフレーズはいろいろな世界で当てはまりそう。特にコンサル屋さんの世界などは・・(笑)
  ていうか、過度に抽象化された定義に名前を付けて、さも新しい概念であるかのようにして売り込むのが、ひとつの流儀として存在するらしいし。
それはいやで、もっと現実に即して考えるようにしたい、というのが私の最近の流儀。


オープンが、オールドタイプということなのか!

 個人的にはそういう朝日的なブログというのは、いみじくも団藤先生自らおっしゃっているようにクローズドな認証エリアで展開してもらいたいというか、オープン・インターネットの世界でコメントとかTBを募集しないでいてほしいと思うわけですが。そこんとこ、どう思いますのか。
そこでSNSですよ。


ああ、そろそろ梅はおしまいかな・・この時期のタイトルバック差し替えは慌しい。

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2005.03.19

こどもとインターネット2題


「オレ様化する子どもたち」内田樹の研究室より。
この中で、『オレ様化する子どもたち』という本が紹介されていた。

金と情報がこどもの生活の隅々にまで入り込み、こどもは「今や経済システムから直接メッセージを受け取る」消費主体であるという点を紹介したあと、こう書かれている。

子供がこの先幸福に生きて行くためには、「教育の客体」という立場をあえて引き受けて「生活主体」「労働主体」としての自己形成をたどることが不可欠であるということを熟知している親たちの子どもは「学び」に向かい、そのような文化資本を持たない家庭の子どもは「学び」から逃走するだろうと諏訪さんは予測している。
親の教養の差、文化力の差、人間についての洞察の深さの差。そのようなものを「前期消費社会」は資産にカウントする習慣がないが、私たちが踏み入りつつある「後期消費社会」においては、それが階層分化の決定的なファクターになる可能性があるという諏訪さんの仮説は私にはとても刺激的なものであった。
この種の話しは、TVが一億総白痴化を招くと批判されたときから繰り返されている。(あるいは学問的にはもっと昔からかもしれない。)一方、TVによって物欲を刺激された人々の活動が、この国を経済大国に押し上げたのだろうとも思う。それを悪かったとは、一概に言えない。



現代のオレ様化するこどもたちは、一体どこで消費主体としての教育を受けるのかといえば、もちろんTVなのだが、ネットは双方向的かつオンデマンドな分、TV以上に危ない面が確かにある。

子どものネット利用を制限する親が増加、米調査

情報(いわゆる有害情報)のほうを、法的な面も含めて制約するのは、インターネット上でこれだけ多種多様な情報が流れる中で、相当困難(ほとんど不可能)でしょう。
そこで、フィルタリングソフトに期待しようという話しになるのだが、果たしてその方向で問題は解消するのか?
付いたコメントのなかに、こうある。
少しパソコンやネットに詳しくなった中学生なら、親や学校が設定したフィルタリングソフトを回避して、ネットポルノに接続して遊んでます。子供がパソコンやネットに精通して親の力量を上回るのが、最近の傾向かも知れません
ひとりがそうしたことを始めれば、友達つながりであっという間に広がるものだ。

こどもがITスキルで親を上回る流れは、おそらく止められない。その結果、ますます消費主体としてメディアから直接教育されるこどもは増える。

こう書くと、やれポルノだ、やれ少女売春だと尖った方向に目が向きがちだが、私は、良質な参加型ジャーナリズムに希望を託したい。

こども達は、確かに有害情報をネットで目にするかもしれないが、同時に、それを批判する良質な意見も多数読むのではないか。多くの情報に触れながら、やがて来る自分達の時代に必要な平衡感覚と思考の枠組みやスキルを学んでいくのではないか。何か想像もつかない価値観の転換が、その先に起きるのではないかとさえ思う。

これは典型的なパンドラの箱なのだ。


箱はもう開けられてしまって、二度と閉じることはない。規制もほどほどには必要かもしれないが、より効果的で本質的な解は、有害情報に勝る量と質の良質な情報を流すことではないか。良いものを感じ取るこどもは、その中から自分に合うものを選び取っていくだろう。

という考えは楽観的過ぎ?

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2005.03.18

インフルエンザ

らしい。昨日までは花粉だと思っていたが、熱っぽくだるい。
これで明日は従兄弟の結婚式、明後日は墓掃除。
う-む。結婚式は祝儀だけ置いてUターンするか。
他人の下手なスピーチなど聞いていたら、倒れそうだ。

墓掃除は・・カットできないなあ。やれやれ。

しかし、体の機能が低下しているせいか、花粉にも反応しなくなったのは、不幸中の幸い。
薬はうかつに飲んだり注射すると、別な反応が起きそうでいつも敬遠。
というわけで、この連休はまたもや、基本的に家でおとなしくしていることに。

まあ、ブログが読めるから、とりあえずいいか。


って、それじゃまるで引きこもり(笑)。

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2005.03.17

営業のアウトソースも請けるIBM

BPO普及に対するIBMの回答
C-NETのe-セールス型営業の記事に反応が。その渡辺さんの「IBMに見るアウトソーシング戦略の現状」を再読して思い出したのだが、IBMは過去に一度、この種の大型契約をフイにしているのだった。「JPモルガン・チェース、IBMへのアウトソーシング契約をキャンセル」。その理由はこう。

JPMorganのCIO(情報統括責任者)、Austin Adamsは、「自社の長期的な成長や成功、そして株主のためには、社内技術インフラは自分たちで管理するのが最適だと考えている。
営業をアウトソースしたら発注側には一体何が残るのか、というのは、危険で(笑)興味深いテーマではある。IBMが考える(と勝手に予想している)、大量販売における労働集約型営業の生産性を上げましょうタイプのものは、IT企業が絡む余地は確かにありそうだが、それでも、顧客接点を自社で掴んでいなくていいのか、という基本的大問題がある。

こちらの結びを再掲。

営業とは現代においてなんなのだろうか?とも思う。よくわからない。

それはコミュニケーション。というのが広すぎるひとつの解。

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反転する天命(建築)

  本屋に、ピンクと紫にデザインされたトイレットペーパーが並んでいた。何かと思ったら、本の中身を巻物のようにロールに書き付けたもの(だと思う)。
あの薄いトイレットペーパーに、どのように文字を印刷して、かつ、ロールのかたちに巻いたのか、買って見てみたい・・のだが結局買わなかった(笑)。

その本の中身はといえば、「建築する身体」。
この著者は、例の「養老天命反転地」の(共同?)設計者である、荒川修作さん。

三鷹のへんてこな住宅「天命反転住宅」は、本が出たということは、もう出来たのだろうか。出来たなら観にいかねば。
そういえば、噂に聞く養老天命反転地も歩いてみたいなあ。

志段味循環型モデル住宅」というのは初めて聞くけど、名古屋市住宅供給公社が事業主体らしい。愛・地球博にあわせて3月12日公開開始。
見学カレンダーを見ると。。おお!5月の連休中も開催!。 そんな誘うような(笑)。

岐阜にある養老天命反転地も入れて、ツーリングのルートが組めるかな・・
ちょっと遠いか・・

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2005.03.16

内的参照価格

日経「経済教室」。横浜国大の白井先生の話から。

  お値打ち感をうまく表現した「内的参照価格」という言葉にちょっとクラッときたのでメモ。言っていることは別段新しくも鋭くもないのだが、こうして適切な言葉で表現されるとなんだかすっきりする。

  近頃は、スーパーでは「半額」シールが張ってあるものにしか目がいかなくなった私には、この言葉はとーてもよくわかる。企業からのメッセージの半分くらいは、内的参照価格を上げる努力だともいえそうだが、セールというものはその点どうなのか。

  新しい商品でモノがわからないとき、セールは試し買いを誘う点で意味があるとは思うけど、肉や魚の売れ残りで恒常的にこれをやると、私のように内的参照価格が正価の半分になってしまう人間も出てくるわけだ。
  結局それは、自分の首を絞める行為でしかないと思うのだが、現場で業績を上げたい担当者にとってはやめられないのだろうな。

  その愚かさに気づいたのがウォルマートの Everyday Low Price だったはずだが、その提携先の西友は業績相変わらずで、日本国内市場のややこしさを体現してしまっている。

あれは何を意味しているのだろう?
内的参照価格のゆらぎ?
バラエティーシーキングの活発さ?
「これはセールで買うもの」という、いわば「内的参照購買ルートスタイル(笑)」の形成?

難しい話は学者さんにまかせるとして、関アジ1尾800円と、旬の銚子沖アジ150円がなかよく並んで売れていく平和な日本が、ずっと続いてほしいなあ。と思う今日この頃。
 
 
 
ところで、わしらの商品の内的参照価格はどうなのよ?(汗汗)

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2005.03.14

雑記050314


新刊書評 「100億稼ぐメール術」
梅田さん、この本がどうだとは言わないが、取り上げている。


個展告知
ああああできてる。できてるよぅ。
忘れんようにせねば。


アナーキーな60代
うーん。そういうものか。死んだ親父が生きていたら何と言っただろうな・・・。


ブログとビジネス…

営業とは現代においてなんなのだろうか?とも思う。よくわからない。
よくわからない、に同調。

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ブレイク050314

くすくす。こどもは正直。
でもおいしそうだなあ。

毎朝、幸せで満腹になる「うちの食卓」から。

※「雑記yymmdd」というタイトルに加えて、「ブレイク」というのもレパートリーに加えてみた。けど、どうもピンとこない。「休憩」はなんだかなだし、何かいい日本語のタイトル探し中。

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2005.03.13

マスコミが取れないリスク

「「妥当」経営者の7割」日経本紙から。
  ニッポン放送の増資差し止め仮処分決定についてのアンケート調査の結果、市場関係者は100%が妥当と答え、経営者の7割も妥当との答えだったそうな。

  不思議なのは、これほど明らかに支持の偏りがあったにも関わらず、結果が出る前のマスコミ報道では、差し止め請求の結果を五分五分に予想する演出が目立っていたことだ。この件についての言及は当然(笑)どこにもない。いつものことではあるけど。

  こうして、マスコミは確実に支持者を減らしていくわけだ。そのことに、マスコミ自身が当然に気づいていながら、事前報道で一方に肩入れするリスクの大きさも無視できない点が、五分五分などと白々しいことを言う偏向報道の、やむを得ない理屈なのかもしれない。

  ブログをはじめとする参加型ジャーナリズムを考えるときは、現在のマスコミが取りたくても取りにいけないこのリスクのことを、思考の枠組みに入れなければならないだろう。

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e-セールス型営業

日本IBM、e-セールス型営業モデルの受託提供を開始
コールセンターと呼ばずに、これからはe-セールス型営業と呼ぶ。

確かに、インバウンドのうちWeb・メール経由が占める割合が高まっていくことはたぶん間違いないだろう。ネット時代の顧客コミュニケーションを提供します、というところか。

巷ではネットとテレビの融合が話題のようだが、ネットと電話の融合の方が現在進行中のホットなテーマではある。IP電話はどう絡むのかな。。。まだ早いか。
因みに電話とテレビは既にテレビ通販が実践中。
 
 
 
近い未来のe-セールス型販売を、少し予想してみる。といっても、どこかで聞いたことがあるものを連続させただけだが。

受動的に見るメディアとしてTVを利用する人は、相変わらず多いだろうから、ここが起点になる。
さて、TVで広告が流れる。
☆1 裏ではHDDレコーダが動いている。
気になる広告が流れたので、
☆2 ちょっと停めて、あるいは巻き戻して見る。
画面に商品の映像が出ているので、
☆3 触れてみる
☆4 Webにスイッチ。
いろいろ説明を読む。あるいは、
☆5 15分程度のショートフィルムを見る。
☆6 CallMeにタッチしてコールセンターにつなぐ。
会話など。
☆7 欲しければ注文。
終了して、停めたところからTV視聴再開。


以下説明
☆1 HDDレコーダを、VTRの延長として見ると、広告は見るものではなくカットするものに見える。しかし私は、そうはならないと仮定してみたい。
TVを見るということは、少し端折るけれど、詰まる所、誰かと共通の話題を持つということなのだ。広告も共通の話題の一部になり得るから、作り手が工夫すれば、十分見てもらえるものとして生き残るはずだ。
※因みに、共通の話題という性質に着目すれば、TV番組は「新鮮」なうちが最も価値が高いとも言える。放映時間になるべく近いうちに見るものなのだ。これは、レコーダがどんなに普及しても変わらない。

☆2 ここでは、放映時間の大部分を受動的に見ている受け手が、時々ふと能動的になってみる、という感覚のスイッチが必要なのだが、その感覚はまだ消費者に根付いてはいない。
TV通販ではこれに近いことが起きているが、一般的なのかどうか。専業主婦が制限時間に煽られながら1万円以内のキワモノに飛びついてみる、一種の冒険感覚から脱してはいないと思う。もっと広い層に受け入れられ、もっと普通の商材を扱えるようになるまで、もう少し時間がかかる。

☆3 タッチパネル。ここからはWebの感覚。マウスでクリックする代わりに、タッチパネルに触れる。

☆4 TVはIP接続している。電灯線接続。
☆5 マルチキャスト。
☆6 IP電話。こうした気軽な利用には、定額制がほぼ必須。マイクはTVに内蔵。
☆7 ここではじめて個人情報の送信。手持ちのICカードで氏名住所のみ送信。決済は商品受領時に、より安全性の高い仕組みで行う。
 
 
 
お気楽な予想とはいえ、こうしてみると要素技術はほぼ出揃ってきた。マルチキャストもぼちぼち立ち上げのような空気だし。電灯線接続は屋内でホームサーバまで行ければ十分だし。

TVを売るとき、一緒にホームサーバを売りつけられるかどうかが、ちょっとハードル高そう。要するに安めのパソコンを1台余計に売れということだからなあ・・
 
 
IBMはとりあえず現実的に、Webとメールとコールセンターの組み合わせ外販を始めよう、ということかな。

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2005.03.12

XML Hacks

XML Hacks
こちら経由で知る。

買うかもしれないので、メモ。

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会社法修正案に見る意思決定の変化

「会社法案修正 背中押す」日経本紙から。
 そろそろフジとライブドアはどこかで手打ち。ニッポン放送現経営陣は頃合を見て交代。というあたりで落ち着くのだろうか。

 ところで、この件の影響で、会社法修正案の中の合併対価の柔軟化という部分が修正延期になった経緯が、上の記事で取り上げられている。「今頃この修正案の危うさに気づく愚かな政治よ」と市井の評論家の視点でこきおろすのは簡単だが、日経はもう少し別の点を見ているようだ。

自民党が50年かけて築いてきた、党部会と各省庁が対応、大物が仕切る「族システム」は、金融や社会保障、法務分野から崩れはじめた。
意思決定方法の変化は、社会、あるいは集団にとって、最も重要な変化のひとつと言って差し支えないのではないか。「オオモノ」などという意味不明のモノが、説明責任も負わずに意思決定していた時代、それを批判する側も疑心暗鬼で不毛な陰謀論に走った時代、そんな時代の残渣は、早く払拭したいものだ。

[追記]
政策に期待が持てないと言われながらも、小泉首相の支持率がさほど大きく落ち込まない理由のひとつは、彼がいわゆる「オオモノ」とは別種の人間であり、弊害が目立つようになって久しい「族システム」と距離を置いているように見えることではないかと思う。世間の支持を集めたいと思う政治家の人たちは、その点をどう考えているだろうか。

なんか、最近、話がカタいな>自分。(笑)

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2005.03.11

カコエエ耳の眼鏡

耳の眼鏡」経由。

年とともに注意力が散漫になっている私は、人の言うことをほんとによく聞き逃す。大学生の頃は、目の前の人と話しながら、数メートル先の会話を聞き取って理解できていたのだが・・・調子のいいときは(笑)。

そんな私だから、このアクセサリにはぴぴっときた。元サイトのモデルさんの写真は見たくなかったが。orz

見たところ猫耳型のようだが、エルフ型があったら欲しい。
と、女王様(ガラドリエル)萌えな私は、思うのだった。

それにしてもケイト・ブランシェット。あそこやあそこの場面でその妖しい微笑みは何? しかも一度のみならず。
最後まで、サウロンと実は通じているのではという疑念を払拭できない金曜日な私なのであった(笑)。

ああ、今日も脱線。

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2005.03.10

「安全は金で買う」時代の牛肉輸入

「牛肉輸入 米大統領が要請」日経本紙から。

 この話の要点は、「消費者の選択肢を増やす」ということに尽きると思う。よく言われる「米国産牛肉の輸入は食の安全を脅かす」という意見は、その要点をはずした、全くの的外れではないか。日本人全員が一律に同じ安全性の肉を食べなければならないような、誤った議論の枠組みに囚われないようにしたい。

 米国産牛肉の輸入を再開したからといって、それ以外の牛肉が食べられなくなるわけではないだろう。食の安全を重視する人は、米国産牛肉は無視して、これまでどおり国産などの牛肉を食べ続ければいいだけのことだ。
 一方で、米国産に特に問題を感じない人は、自分の財布や衛生観に基づいて、何を食べるか選べばいい。

 実際、値段の大きな開きを考えても、米国産と国産とは全く異なる食べ物だとすら言えるかもしれない(笑)。
 
 
 安いものから高いものまで、安全性が妥当なものから超高度なものまで、いろいろな選択肢があってほしい。
 それが、「安全は金で買う」時代にふさわしい消費のあり方ではないか。

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2005.03.09

雑記050309

一つ目の忙し山は越えた。とはいえ月末までまだいくつか山がありそう。
ブログもしばらく読まず書かずだったが、なんだ、ニッポン放送株の件はケリがついたのかな?
ちと疲れ気味で、雑記のみ。


ボーイング 24 Netflix

「大ヒットDVD」(スパイダーマンとか)は個別にはレンタル売上が大きいと思うが、あんまりメジャーじゃないDVDをたくさんそろえると、個別にはたいした売上にならなくても、それ目当てで集まる顧客で繁盛する、というのの典型。Long Tailですね。
会員制商売をするときの基本パターン。他にもパターンは無いでしょうか?
こうした事例を見るにつけつくづく思うのだけど、商売の肝は、割高なもの(やサービス)を買わせつつ、割高感どころかお得感を感じさせることなんだよなあ。
薄い利幅で一生懸命やってます、というのは、ある種の自己満足かもしれなくて、悩ましい。


「これを観なければ旅は終わらない」
先週末に観た。大満足。とうとう旅は終わったのだった。
で、書くのがなぜこんなにずれ込んでいるかというと、DVDと映画館の関係について考えがまとまらないから。映画館はDVD販売の壮大な広告なのだろうか、という妄想に悩まされている。もしそう考えると、料金設定やら物販やらを含んだ、いまとは全然違うモデルが成立・・・しないかなあ、やっぱり(笑)。

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2005.03.08

不満の特定

さるメルマガで見かけた、いいフレーズ。

まず、議論のスタンスを「**ができるといいね」というものではなく、
「**ができないので不満である」にギアチェンジしなければならない。
不満だー。の方が具体的な像を結びやすいことは確か。
だから、「できるといいね」系の新しいことをやるときは、その出来上がりを強くイメージして、「それができないのが不満だ」と言うのが、手法としてある。

いまやっていることも、そんな感じ。
でも、自分でイメージを強く持つと同時に、他人にも持ってもらわないとなあ。。。

ああ、リーダーシップってそういうこと?

[追記]
より正しくは、「ビジョナリ」と言うらしい「エバンジェリスト」という言葉もあったな・・・

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2005.03.06

朝のにゅうす

  今週はへろへろだった。仕事が押し詰まっていると、blogどころではないというのが、まあ、実感としてある。blogでテケトーなことを書き飛ばすのとは全く違う次元の作業が、仕事の方にはある。

  確定申告を書こうと早起きしてTVを灯けたら、またニッポン放送株の話しをやっていた。大和証券の保有分8%について、鹿内夫妻が疑義を唱えているそうな。
メディアはこのネタでまだまだ引っ張れそう(笑)。

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2005.03.02

ネット時代のきわどい境界

  ライブドアという会社は、キラーコンテンツを探して三千里の旅を続けているようにも見える。その中で浮かび上がってきたことは、じつはホリエモン自身が大きなコンテンツである、というやるせない事実だ。

  であるからして、ここで言われていることと同じ現象が起きるのであることよ。

著者は「ネタ」でもあるがイベントプロデュースを手がける「メタ」の立場にも立つという場合、「著者というネタ」で盛り上がっていた読者は、突然その相手が「メタ」として自分たちを見下ろす立場にもいた(つまり自分が「釣られていた」)ことに気がついて、(人によっては)激しい不快感を抱くことになる。
フジテレビが最初に感じた不快感は、これにちょっと似ているかも。


万人が情報発信者になるネット時代の、これは結構本質的な問題なのかもしれない。

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2005.03.01

高級官僚の行方

「政府系金融見直し、諮問会議見再開」日経本紙から。

 「天下りは悪」という論調は、こうした問題を取り上げるときの基本パターンだが、私はそれを必ずしも良いとは思っていない。天下った人たちが利権確保のためによろしからぬことをすれば、それは確かに悪だろう。しかし、必ずそうであると決め付ける前に、考えるべきことがあると思う。
 
 上に行くほど椅子の数は減り、その椅子を目指して互いの能力を競い合うという仕組みに投げ込まれた優秀な人たちの悲哀というものが、そこにはあると思うのだ。

 半端でなく優秀であっても、やはり限られた椅子には座れない人たちも、当然出てくるだろう。その人たちには、より優秀な人を競争の中で鍛え、決着が付いた後も、椅子に座った人たちに無言のプレッシャーを与え続け、さらによい仕事をさせるという、隠れた重要な役割があるはずだ。それを「いつでも交代可能な予備軍」と呼ぶこともあろう。

 政府系金融機関というものが、その予備軍を涵養する場になっているのかどうか、それはわからない。しかし、できれば民営化した上で、シンクタンクとして多様な価値観や政策の提言ができる集団に脱皮してほしいと思う。いつでも現役官僚と交代可能な予備軍として。

 塩野七生さんの「ローマ人の物語」の中で、共和制帝政初期の元老院が、確かそんな風に描かれていただろうか。

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