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December 2004

2004.12.31

カンフーハッスル

ありえねー。2重の意味で。
ありえねー技とありえねーストーリー。

個性的な悪役に脇役、弱虫から無敵に変身するヒーロー。
単純かつ強力にパターン化されたゆるぎないストーリー。
師匠役がいない変則を除けば、まさにエンタテインメントの王道。
いやいや、一瞬だけ登場したお釈迦様を師匠役と無理に見立てれば、最強の師匠だ。

前半ややダレ気味なのを我慢すれば、頭を空っぽにして楽しめる。娯楽映画かくあるべしというお手本のような映画。

というわけで、ハッピーに年を越していくのだった。

[追記]
香港映画風に多少残酷なシーンがあるので、注意してください。

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2004.12.30

裁判所と検察がつくる罪と罰

精密ではあるが正確ではない刑事司法
「精密ではあるが正確ではない刑事司法」なのか?
検察は全ての証拠を開示せず、検察側に都合のよいものだけを選択的に開示し、弁護側からの開示請求は、検察だけでなく、裁判所からも疎んじられる、というお話し。

うーん。「三権の一である司法を、行政に拮抗する軸として育てましょう」という高邁な戦略は、司法自身が否定し去ってしまうのでしょうか。それでいいのか>法曹の人。

裁判員制度が適用される1審について、検察官から転進した落合弁護士はこう書いている。

 私見では、最高裁、法務省は、司法改革の流れの中で、刑事の1審は、一種の「国民のおもちゃ」として与えておいて、裁判員のチョンボ(裁判所や検察庁から見て)等により是正すべきと考える判決などが出れば、控訴審(主として)、上告審で、職業裁判官の手により徹底的に是正させる、というスキームを狙っているのではないかと見ている。
確かに、裁判員制度はガス抜きかもしれないけれど、しかし第一歩でもある。裁判員の判断がより上級の裁判所でことごとく否定されることが続けば、「それはおかしい」ということが可視化できる。まず、実態を広く世間に知らしめること、それこそが体質改善の第一歩であろう。そう信じたい。

[追記]
裁判官エッセイ「ウォーキング」
裁判官エッセイ「狸か猫か~我が家の騒動」
裁判官エッセイ「森鴎外と裁判員制度」
こちら経由。
もちろん、個々の裁判官を見れば、職業の理想に忠実な人も大勢いるというお話し。
そのことと、検察に対して全ての証拠を開示する義務を課する法制度になっていないこととは、もちろん、別の話しではあるのですが。

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書き続けてわかったこと

  年末は少し穴があいてしまったけれど、ほぼ毎日、1年間ブログを書き続けてきて、よかったと思うことが2つある。
 
 
  ひとつは、日頃気軽に批判(失礼)の的にするマスコミだが、彼らは実は大変な作業量を仕事としてこなしているのだということが、実感としてわかった、ということだ。一日たりとも休まず、あれだけ大量の情報を流し続けるのは、生半可なことではないのだった。それが仕事だから当然とも言えるのだが、だからと言って安易にこきおろすネタにしていいわけでもない。それがわかった。
  もしブログジャーナリズムを考えるならば、そのことは忘れるわけにはいかない。

  もちろん、話題と記事を継続的に提供するという目的だけなら、例えばここでやっているように、他人の褌でうまく相撲を取る方法が手っ取り早い。しかし、こちらでいみじくも指摘があるように、そうした方法では、やはり腐臭が漂ってきてしまいがちだ。(木村さん、今からでも遅くないから、年金に的を絞って頑張ればいいのになあ。)

  来年は、そうした安易な方法を越えて、ブログが意見集約や行動を生みだす「公正な」仕組みを持てるかという課題が、表面に現れてくるのではないか。RSSは裏側の技術的な仕組みとして当然普及していくだろうけれど、それはこの課題の焦点ではない。あくまでも、どのような意味と価値を生み出していくかが焦点だ。
 
 
  ふたつめは、自分というものは、一旦外に出す努力をしてみないとなかなか理解できないものだということが、改めて分かったことだ。それも他人の目に触れるという緊張感のもとでするのがより効果的だということも。
  ブログを書くということは、日頃、自分が従っている価値観や、自分が拠り所としている「事実」らしきものについて、多少は深く考えたり、事実を改めて検証したりする必要に迫られることでもある。そのことは、自分というものをより確かに認識するために、たいへん効果のあることだった。

  そこからさらに発展して、自己に対する認識が深まることが、実は、実社会で情報発信したり主張する基礎力をつけることでもあることも発見できた。それも、偏狭な価値観や何か書物に書かれたことを字義どおりに実行するような偏った方法ではなく、自分と世界のバランスを感じ取りながら妥協点を見つける方法を、よりうまく使えるようになった。

と、今は素直に書いておこう。また1年後に、これを読んで赤面するかもしれないが。


  そんなこんなで今年もあと1日を残すのみとなった。いろいろあった一年だが、結果を見れば悪くない一年でもあった。

  来年が、今年にも増して良い年でありますように。

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年末

やれやれ、大掃除がやっと終わった。

水まわりはそれなりの頻度で掃除しているのだが、それ以外は、
あまり汚れが目立たないこともあって、半年くらい放置(笑)。
なので、さすがに埃を綺麗にすると、なんとなく明るく
なったような気がする。

そんな私も、仕事場では「綺麗好き」と思われているのだから
不思議だ。人間表と裏があるものなのさ(微)。


いくつかTBやコメントをいただいているのに返事を書かねば
ならないが、ちと先に買い物を済ます。


年末になって、やっと冬らしい、いい天気にめぐり合えた。

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2004.12.28

ブログジャーナリズムの「公正」

綱領から消えた「公正」-手帳(2)
から。

他の報道機関の綱領には、たいてい「公正」の二文字が入っているのに対して、共同通信のそれには、この言葉がないそうだ。理由もちゃんとあるらしい。

 共同通信の編集綱領は1958年、労働協約の一部として成立しました。労働協約ですから、労使が協議して合意したわけです。協議の場で経営側は「公正」や「中立」を入れようと提案しました。それに組合が反対したのだそうです。「そんな、やじろべえみたいな概念はいらない」と。
私は、少し前にも書いたけれど、「公正」ということが、左右のイデオロギーや宗教的倫理よりも重視される世の中が、自分にとっては住み易いと思っているので、「公正」の言葉を共同通信が綱領からはずした経緯を書いているこの記事に興味を覚えた。
 世界平和や人類の幸福という理想を掲げて進もう。バランスを取る必要なんかないということでしょう。「メディアの戦争責任」に対する反省がまだ強かった時代の空気を感じさせます。あるいは、マスコミに働く人たちがまだ「自分たちは信頼されている」という自信と矜持を持ち得ていたということかもしません。
「平和」はともかく、「幸福」は難しい。この概念は、バランスをとることを強く必要とするものではないかと思う。そろぞれの時代背景に応じて、幸福の意味や実態は変わるのではないか。
マスコミが世間の信頼を勝ち得た時代はあったのか、といえば、たぶんあったのだろう。いまはどうだかわからない。
さて、その理想はいまも記者たちを支えてくれているのでしょうか。
同じことが、ブログジャーナリストにも問われ始めているかもしれません。

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2004.12.26

ソフトウエア開発ノウハウと海外委託

  日経本紙「海外委託の紛争回避 総務省が指針 契約書などに基準」
  記事には「日本企業に提供する契約書の指針をつくる」とある。具体的には「中国やインドのIT企業も集めて研究会を発足」だそうだ。

  他国のIT企業との間で、ソフト開発の成果の分配について合意形成ができるのはいいことだ。しかし、相手国の法体系が、それを可能にするようになっているのかどうか気になる。あくまでも想像だが、むしろ日本が譲歩を迫られるような場面も出てくるかもしれない。
  それはそれで、ソフト開発における世界標準の法的環境が形成できればよしとすべきなのだろうから、日本の役所が音頭をとっているからといって、日本のIT企業にだけ都合のよい案に無理にまとめることは避けてほしいところだ。

  記事には、「開発過程で得た技術的なノウハウも発注した日本企業に帰属することを明記するよう求める」とあるが、どのような線引きが可能か疑問も感じる。ノウハウというのは通常、現場で開発に苦労した者にかなりの部分が帰属するように思うからだ。
  業務フローについてのノウハウにしても、そこで得た知識を開発者が他社との取引で利用することは、避けられないと思う。それを否定することは、開発者に対して、頭脳となることを許さず、いつまでも手足でいるように強制することであり、向上を求める人間の基本的な性質に反するからだ。

  なにより、中国やインドのIT企業が、日本企業との開発過程で得たノウハウを、同じ日本の別の企業が、対価を払って利用できるようになるのであれば、それは国内の産業振興にも役立つはずだ。国内のITゼネコンが、さしたる技術でもないものをブラックボックス化することで得べかりし利得をあげ、引き換えに国内産業全体の効率化や発展を阻害することと比べてみるとよい。
  技術やノウハウを開放し、より安価に提供できる競争者を世界中で育てることは、実は日本全体の利益につながるのではないか。

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2004.12.25

AVP

何も考えずに楽しめてOK。それぞれの特質を生かしきった闘いがGOOD。
人間? まあ、どうでもいいです。
という映画。
重要な点で突っ込みどころはいくつかあるけど、気にせずバトルだけ楽しむのが吉。

最後のシーンはAの真骨頂という感じでいろいろに想像できて楽しい。

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雑記041225


はてなCTOの伊藤直也氏が語る「はてな開発の裏側」こちら経由。

XMLまだまだ遅いらしい。といっても、perlのXMLモジュールの話しか。。そりゃ比較の対象が酷すぎる。汎用性や可読性と速度はトレードオフなんだし。この辺りは例によってムーアの法則頼みか。

とはいえ、現実に問題があるようならまずいな・・年明け早々にXMLの開発屋さんにデモを頼んでいるけど、おまえはほんとに実際動くんかと小一時間問い詰めてみよう(笑)。


「新シルクロード」NHK
正月元旦から。ツーリング行くのはやめてこれを見ようかな。「ローマ帝国」みたいな出来だったらがっかりだが。
「俳優を使ったドラマ仕立て」って・・そこまで媚びる必要があるんだろうか。一昔前の抑えた調子の科学とファンタジーの境界領域の番組が、個人的には好きだ。そういうもののために拝観料・・じゃなくて視聴料を払っている。


年賀状を書く。
本文はWORDで簡単に書けてしまうのだなあ。。なんだか企画書や稟議書と同じプラットフォームで書いていると変な感じがするけど、書けてしまうのだから仕方がない。

宛名はACCESSのフォームかWORD差込印刷でと思ったが、段組やら縦横混在やら面倒なので手で書く。
そして改めて人の手と頭の精密さ柔軟さを再発見する。
 
 
今年の年末で貯金が底をつくと言っていたあそこから、来年の賀状は来るのだろうか。そんなになるまで幻想にしがみつく心性が私には到底理解できない。

が、それも所詮はひとごとだ。自己責任などという単純な言葉とは異なる複雑で微妙な心持ちはあるが、それもすっぱり切り離していくのが私の別の一面でもある。

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2004.12.24

ニートを語る視点

  話題になっているようなので、コメントを8割ほど読んでみた
  あれだけ大量のコメントがあるのに、ニートの分類はあっても、ニートを語るときの視点の分類を見つけられなかった。ので、簡単に分類してみる。その上でひとつ問いかけをしたい。まずは視点の分類から。

軸1:ニートとの関わり方の深さ
・ニート本人
・ニートの養い手(親)
・親族、親類にニートがいる人
・知人にニートがいる人
・社会現象としてのニートに関心がある人

軸2:ニートを語るときの切迫度
・危機感を持っている
・興味を持っている

この2つの軸を直交させた2次元空間上に、コメントをマップしてみると、偏りが見られるのではないかとの印象を受けた。
  すぐに気付くことが2点ある。ひとつは、ニートを養っている者(親とされているらしい)の視点がないこと。傍観者から見て親の気持ちを書いたコメントが2、3あったが、親本人ではないようだ。
  もうひとつは、社会現象として関心があり、あまり切迫感を感じていないコメントが大多数だということ。ひとごとの面白い話題を求めて彷徨ういつものネット現象と言えなくもない。ニート本人であるというコメントもたくさんあったが、不思議に切迫感が感じられない。それがニートの特徴なのだそうだが。。。


  さて、問いかけです。
  ニートの親兄弟の立場で、目の前のニートに毎日接しているとして、コメント者たちはどう思うのだろうか。養い手の親の場合はどうか。また、親が他界したあとニートである兄弟姉妹から生活費をせびられるかもしれない立場の場合はどうか。

  これはたぶん、意地悪な質問だ。けれども、当事者意識の欠如から来る無責任さを封じて真面目に考えようとするなら、こうした視点の縛りは有効だと思う。

  さて、あなたなら、どうしますか?

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2004.12.23

商標を担保するネットサービス

ヤフーがアクセスポート株の33.4%取得、Yahoo! JAPANとJWordが連携

以前は気付かなかったが、このニュースを見てふと思った。
中国では商標権がきちんと護られているのだろうか。

  もし商標権を尊重する文化が根付いていないならば、Jwordのようなサービスが、商標権を社会的に確立するためのインフラとして機能しているということはあり得る。
  一方、日本では、ネットサービスを使わなくても、商標というものが既に確立してそれなりに尊重されているので、この種のサービスの必要性が、中国に比べて低い、ということは、考えられるのではないか。

  このサービスが中国で広く使われているらしいことと、日本ではなかなか広まらなかったことの違いは、そんな点にあるのかもしれない。

それにしても33.4%かあ。。Oさん、究極の選択、という感じです。

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2004.12.21

がんばれ総合メーカー?

組み合わせとすり合わせ
  この会社のソフトウエア部門は、堅実な技術力や、とことんやりぬく根性で信用があるけれど、現場のそうした実力とは無縁なところで会社の経営は決まっていくのかなあ。
  「総合力」と言えば聞こえはいいけど、一部門の利益のために他部門の努力が十分開花しないことの言い訳に過ぎないのではないか。

  ずいぶん昔になるが、私の親類が勤めていたときは、なんでも「重電」に舵を切るとかいう「号令」がくだったとかで、聞いていて少しアホらしさを感じてしまった。重電という選択肢の成否よりも「号令」がどうこういう感覚のばからしさ。
  かと思えば、直近ではIBMの経営戦略絡みで、ハードディスク部門を高く売りつけられたことを指して「いいカモを見つけて事業を切り離していくIBMの優れた経営」うんぬんなどという文脈で揶揄されてしまうし。

  現場の実力は相当なものだと思うのだけどなあ・・がんばってほしい会社なんだけど。

まず男尊女卑の体質を改めるのが、案外、体質改善の鍵かもね。

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2004.12.20

ターミナル

軽い気分で観られる人情もの、とでも言うか。以下ネタばれあります。

  スピルバーグ監督は、トム・ハンクス演じるビクター・ナボルスキーに、アメリカという国の今を重ね合わせようとしたのかな、と思った。
  官僚体質の警備主任、その下で不満を抱えながら仕事としてその手先を務める警備員たち、叩けば埃は出るが気はいい移民労働者たち、金持ちに媚びる女、そしてお話しの中心は、大工としていい腕を持ち、亡き父のささやかな願いを叶えるために、黙々と機会を掴もうとする朴訥な男。解説では、ナボルスキーがアメリカという国を知っていく物語としているけど、私には、ナボルスキー自身が十分にアメリカ的だと思えた。
  登場人物を見る限りでは、アメリカに限らないかもしれない、現代風物語のひとつの典型かもしれないが、しかし、その男に多くの手が差し伸べられて物語を作っていくところは、やはりアメリカならではの文化なんだろうか。

  そして、いま、アメリカはアメリカらしさを保ち続けているか? スピルバーグは、軽くそう問いかけてもいると思う。

  余談ですが、キャサリン・ゼタ・ジョーンズは、この映画では脇役の一人にすぎないので、ファンとして見に行くとちょっとがっかりかも。

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2004.12.18

雑記041218


国のかたち

ソフトウェアにたとえていえば、日本の法律は昔のCOBOLで書かれたプログラムのようにGOTOコマンドでスパゲティ状にからまっており、書いた官僚しかわからないようになっているのだ。規制改革で官僚が強い拒否権をもつのも、彼らが立法機能を事実上もっているからだ。
この比喩はすんごくよくわかりました。
民法の口語化は、スパゲティプログラムを構造化する第一歩になるでしょうか。
そこからさらにオブジェクト指向型に変えるまで、まだまだ時間と根気が必要になりそうです。


XMLの本を探してみたけど、なんだか最新版でも1年とか2年前のものばかりだなあ。一時はやっていたときに大量に新刊が出てその後ぱったりということなんだろうか。基盤技術としては着実に浸透しているはずだから、きっとレベルが高い技術書なら新しいのがあるのだろうな。

基本的な概念の解説でもなく、設計やコ-ディングの実際でもなく、技術を現実的に選択して組み合わせなければならない立場の人向けというのが・・見つからないなあ。
オライリーか技術評論社か迷って、とりあえず後者を買ってみる。

XMLは地味目だけどなかなか夢のある話だとは思うんだけど・・現実的なのかどうか。


結局、こうしたコンピュータ関係で発展著しい効率化や集約化の手法と思想が、世の中に多大な影響を与えていくことを夢見ているのだな。私は。ということに今日は気付く。

でもその過程で人間性や自由が必要以上にスポイルされるのも嫌なんだ。という我儘。

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2004.12.17

エヌ氏とケイ氏の類似と相違

エヌ氏が矛先を向けたのは、巨大ソフトメーカー日本支社を牛耳る社長。
ケイ氏が標的にしているのは、金融界の曲者。
どちらも、なんだか臭いそうなそれなりの大物相手という点は類似。

エヌ氏の原動力はどちらかというと左寄りの情念と正義感。
ケイ氏の動機は右寄りの公正感。
利益のためよりも市民感覚から闘っている点が類似。右と左が相違。
右とか左とかは主要な対立軸なんだろうか、という気分がそこはかとなく立ち昇る。
むしろ、公正であるかどうか、ということの方が、今の世の中では主要なテーマなのではないか。

エヌ氏の相手は、ネットをあまり使わなかった。(使えなかった(笑))
ケイ氏の相手は、ネットをうまく使う。
従来型マスコミの人などはむしろ、遅れてきたケイ氏の標的がネット世論をうまく操るのを見て、ブログジャーナリズムなどと賞賛を贈る始末。

これは面白い。
ネットはやはり中立的な道具に過ぎず、善にも悪にも、右にも左にも、そして上にも下にも利用される。賢く使う者もいれば、意識せずに操られる者もいるということが、この一件を見ているとよくわかる。

ネットといえども普通の社会活動のひとつに過ぎない時代が、いよいよ想像から現実になってきた。

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2004.12.16

雑記041216


ウイニー飾り切り講座
いいなあこれ。楽しい。
子どもの頃、「蛸」はよく作ってもらったけど、こんなにバリエーションができるとは・・「カニ」が特に気に入りました。

こちら経由。


mixiのビジネスモデルの今
ターゲティング広告がうまくいっているとのこと。

9月からバナー広告スペースを作ったら、なかなかうまく回り出した、というお話です(ネタフルも広告スペースを作ってみたけど、全く奮いませんね)。
一方で、幅広い人たちに読まれるメディアというのにも、価値はあると思うのですが・・ある程度の収入に繋がる方法が見つかるといいですね。

旧来型のマスメディアとブログジャーナリズムの収益構造の違い、という話しに繋がりそう。

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2004.12.15

「金で解決」を突く振り込め詐欺

「振り込め詐欺」で4700万円被害・横浜の会社員

  まことにお気の毒というほかない。犯人が一刻も早く捕まることを希望します。

  ところで、この詐欺の手法、卑怯とか狡猾とか、いろいろ受け止め方はあるとは思うけれど、私は、現代人の微妙に弱い点、「何でも金で解決しよう」という傾向、それを的確に突いていると感じた。

  とりあえず金を振り込めという話しに応じてしまうのは、金を払うことで謝意なりを表したことになる、というやや単純な考えに基づくものだし、金を払わないと治療してもらえない、生死に関わるなどという脅しに乗ってしまうのは、世の医療関係者は押し並べて、前金を払わなければ治療しないような輩ばかりだという思い込みによるものだと思えなくもない。

  この詐欺はトラブルに巻き込まれたときの人の心理を狙うわけだが、それ以外の場面でも、金で解決という誘惑を、現代人は日常的に抱えていないだろうか。例えば教育はどうだろう。あるいは人づきあいでもいい。人助けという場面もあるかもしれない。

  金はひとつの価値だから、その価値を提供しようというのは悪いことではない。しかし、それを免罪符と考え違いをして、万事金だけで処理しようという気持ちが万一あったとすると、思わぬ落とし穴に落ちるということを、この詐欺の手法はよく示してくれていると思う。

  謝るなら、まず相手の顔を見て。金を払うならその後で。
  人をもう少し信頼して。必ずしも金だけで動く医者ばかりでもない。

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2004.12.14

404 Not Found

朝からちょっと和んだ

ブログジャーナリズムもいいけど、
ちょっと和めるブログというのも悪くない。

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三人「ぐらい」が不明

  某安売り店で連続火災が起きているらしい。原因が過失なのか他人の恨みなど故意によるのかはわからない。

  私が興味を引かれたのは、その火事がきっかけで、ある店長が店の従業員やアルバイトの人数とスケジュールを正確に把握していないらしいことがわかったからだ。店長は消防局に「三人ぐらいが不明」と答えているそうだ。
  私は根がずぼらだから、それに全く理解がないわけではない。もちろん、店長の立場にある者がそれではいけないとは思うけれど。しかしここで気になるのは、店の経営体制の話しではなく、この企業が従業員をどんな風に見ていただろうかという、思想や文化に関わる点だ。


  人間はいまの世の中では、置き換え可能な部品として見られることが増えていると思う。仕事をマニュアル化しやすい分野では特にそうだ。

  理想を言えば、そうした分野は機械とコンピュータに任せてしまえるのがよい。しかし、残念ながら機械より人間の方がコストを抑えられる場合も往々にしてあるのが現実だ。

  あまり野心を持たず、労働を人生に必要な苦役と受け入れて、時間を限って従事するという考えに立てば、ある場面で人間を部品として見る事は必ずしも悪ではないと思う。
  その考えが悪に転じるのは、雇う側がその考えを適用する場面を間違えたときだろう。雇われる側に大した野心はないといっても、やはり人間だ。それなりの自尊心や自意識はあるだろう。

  この火事の一件が仮に、適用を誤った結果だとすれば、他山の石としたい。

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2004.12.13

プロとは

ここあたりが盛り上がっているけれど、この仕掛けの意図はよくわからない。
・木村という人はなんだか気に食わないので困らせてやれ
・木村という人が殺されるのを防ぐ?(という説も流されている(笑))
・木村という人が手掛けていることの側面支援(年金とか)
・何かもっと大きな(まずい)ネタを隠そうとしている(金融行政絡み?)
・何かもっと大きな(まずい)ネタを隠してくれと依頼された
・クライアントに変な人を紹介してしまったお詫び(ここに対して)
・調査能力を示して新たなクライアント獲得
・最近沈滞気味のブログ界隈を盛り上げよう
・ジャーナリズムというのを試しにやってみようかな。(ここに対する例示)。あっち向かずにこっち向け(笑)
・隠れたブログジャーナリストの卵を発掘(こんな人が釣れた?)


目的を隠すときには、目的なのか結果なのかわからないように目くらましを撒くものだけど、このケースがそうなのかはわからない。でも、ブログやらジャーナリズムやらが多少盛り上がったので、とりあえずよしとしよう。

野次馬である私としてはむしろ、前後して出てきた「プロとは」の話しが面白い。
・金が稼げる
・持続的に出力できる
などがあげられているようだけど、私は
「期待されたOUTPUTができる人」
と考えたい。これは「期待されるOUTPUTをあらかじめくっきり提示できる」ことを含む。
・金が稼げるのは、その人のOUTPUTを信頼して前払いする人がいることを示している。
・持続的に出力できることに価値があるのは、持続的な出力を期待されているから。

と考えると、「期待されたとおりのことをやってのける」ことの方が、より根源的だと思える。

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2004.12.12

コラテラル

  仕事に徹するプロの殺し屋と、ささやかな夢を抱えながら平凡で煮え切らない日常を送るタクシー運転手の、共感、対立、葛藤、訣別。ありがちな話の筋なのだけれど、そこはトム・クルーズ。当然スタイリッシュ。ガンアクションが特によい。無駄を削ぎ落とした本物の所作。日本の時代劇でいえば、萬屋錦之介が演じた子連れ狼の抑制の効いた効果的な殺陣に似ているというか。

  もちろんこの映画の主眼はアクションではなく、二人の男のドラマだった。「冷徹なプロ」とは何か。それと対比される負け組み運転手の人生って何なのか。

  殺し屋という職業はさすがに普通ではないから、それを生業にする人間の考え方が、特異であることは想像できる。しかし、それと似たものが現実の普通の世の中に無いと言い切れるだろうか。

  例えば合理化を目的とするシステム構築はどうなのだろう。このところ仕事絡みでその種の問題を考え詰めているせいか、殺し屋の「これがおれの仕事だ」と言って迷い無く銃を撃つ姿にちょっと眩暈を感じた。合理化推進は、確かに銃弾で命を奪うわけではないが、ある人間を否定し去る点では、ひどく似通っている気がする。

  私はだから人を全否定はしない。仕事をセグメントに分けて、否定されそうな人にもやれる部分を、可能性として残したい。そのセグメントで努力して、高度な専門家なり熟練の多能工なりになれるのなら、そこを居場所とすればよい。また、運悪くいまここの職場でその場所が消滅しても、どこか他に仕事を見つけることはできるだろう。そんな希望をできるだけ残したい。

  そうした考えを甘いと笑うのは、人の勝手だ。切られる方の身になってみれば、簡単なことではないと、私は思う。

  一方で、そうやって用意したセグメントに当てはまらない、あるいは、そこで努力したが結果がでないケースをどうするのか。その恐れはもちろんあるだろう。しかし恐れを理由にいつまでも取り掛からないことは、単なる逃げに過ぎず、許されることではない。負け組み運転手はどうしたか。半ば居直り気味ではあるが、臆病な自分と訣別し、最後には殺し屋と対決したのではなかったか。
  逃げられるものなら逃げるのもひとつの方法だが、逃れられないものならば、向き合って足掻いてみるほかないだろう。

  映画を見ていて思わず、現実の課題にのめりこんでしまった。なんて不毛な週末。
でも映画自体は面白かった。

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2004.12.11

匿名環境はやっぱり必要

内部告発
もと検事さんの言葉だけに、重みがあります。
匿名環境不要論を唱える技術屋さんたちには、危機感とバランス感覚が足りないと思います。

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雑記041211


今度の11は12 ネタ切れ脱出法
少し古い記事だけど、ネタ切れ対処方が挙げられている。多くは「気分転換」と「とにかく書け」なのだけど、中にひとつだけいい指摘があった。

8. 意味のないルールを作ろう
一文は20文字以内に終える。文末は必ず名詞にする。なんでもいいからルールを決める。制限されれば創造性が湧き出てくる。
「制限されれば創造性が湧き出てくる」に深く頷く。


日経本紙。「薄型TVシェア固め・DVD録画機70種投入」
やめてくれ。多すぎて選べない。

制限されれば価値が湧き出て・・こないかなあ。と思うのだけど。
自社の商品ラインなど見ていると、つくづくそういう気になってくる。

DVDはいずれにしろ、規格統一されるまで買う気にはなれない。
今回人柱になってくださるみなさん、がんばってください(謝)。


日経本紙、「曲面読み取れるスキャナー」
おお。ちょっとすごい。

ところで私がいま一番欲しいのは「局面を読み取れるスキャナー」だ。
3年後くらいを睨まないといけないのだが・・。


日経本紙、「新司法試験の単年度合格率・理念維持へ最低5割」から。

実際にどの程度の法曹が活躍の場を得るかは、エンドユーザが決めることだ。供給側が行うべきことは、新人法曹に最低限必要な能力を保証することであって、数を人為的に制限することではない。
  私はその見解に基本的に賛成で、その理由は以前池田さんが指摘していたように、三権の相互牽制をちゃんと機能させるために必要だからだ。

  ところで、この話しは、「教育」や「評価・ランキング」産業が勃興する時代のひとつの切り口でもあることに、今日は気付く。
  行政が(法曹の)教育も評価も行っていたこれまでの方式に換えて、最低限の能力だけ身に付けさせて資格を与え、あとは市場の淘汰にまかせようというわけだが、市場の淘汰を機能させるためには、継続教育や業績評価を行う第三者という産業が必要になってくる。新しい雇用機会と付加価値の創出だ。

  そういうわけで、私のいまのポジション取りは、そう悪くはない、と自己評価したりしてみる(笑)。
  いや、3年後に会社がつぶれていなければ、という隠れた前提はあるにしても(泣笑)。

[追記]
こちらのページで、この日経記事について批判的な検討があったので、併せて記録。日経の記事に書かれた内容に、法科大学院経営にまつわる裏があることは、以前の自分のエントリの中でも触れたが、やはり法曹人口を増やすこと自体には、賛成に一票といわざるを得ない。
何事も公明正大にやれれば、それが一番いいのではあるけれど。

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2004.12.10

雑記041210


最近、仕事で忙しそうな「圏外からのひとこと」から。

どういうわけか毎日コードをたくさん書いていると、とたんに文章表現力が無くなって、「これがよかった」としか書けなくなる。
たくさんでなく、ちょっと書いただけでそうなる実例もここに約1名。
あ、それはもとからか(笑)。


「おれおれ」など…命名「振り込め詐欺」被害222億
こちら経由。
カネオクレ詐欺かと思ったが。しかし222億とは・・・
どうしてそんなものに引っ掛かる?


そうか。引っ掛かる理由はたぶん、これと関係があるんだな。
日本学生の読解力低下が問題ではなく文化差異が問題だ
もちろん、学力が低いから引っ掛かるわけではない。


そして、私がそういうものに引っ掛かりにくいのはこういうわけだ。
ネットワーク消失


ココログのメンテナンスが終わったと思ったら、新しいポッチが2個増えている。
「画像の挿入」はわかるとして、「ファイル」の挿入って何だろう?
ウイルスなんかさりげなく置いておけてしまうのだろうか。

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2004.12.09

ゼロサムからプラスサムへ

  日経本紙の記事、「新市場ネットが拓く・商機創出」の「コンテンツ配信本格化」を読んで。

  ここで主に取り上げられているケースは、富士山の写真集。普通に出版すると1冊1万円だが、ネット配信価格は1冊分で820円。また、ブームにのった韓国ドラマは1話あたり平均210円。一方、すっかりお馴染みになった音楽配信は、いい曲が2~3曲入ったCD2千円に対して、1曲が100~200円。だいたい桁が1つ下がる。
ここまではもうお馴染みの話しだ。

  これだけ値段が下がって、ある意味でコモディティに近くなってくると、文字通り中身が勝負のはずのコンテンツ産業でさえ、顧客の限られた時間を他産業からどう奪うかという視点が必要になってくる。一部の特に優れたコンテンツを除けば、そうなってくるだろう。
  以前は、ここで考えが止まっていた。

  今日はひとつ新しいことを思いついた。時間ではなく「持っていること」や「加入していること」の「安心感」「満足感」に着目すれば、ゼロサムの限界を超えられる。
  実際にサービスを使わなくていいのだ。持っていること、加入していること自体に、価値を感じて金を払ってもらえるのであれば、ゼロサム状態から抜け出せる。

と考えて、なんだ、ブランドのことか、と言葉で言えばそれだけのことなのだが。
「重複を(無限に)許す」というところがミソだ。

私が今関わっている業界にも応用できそうなので、忘れないようにメモ。

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2004.12.08

雑記041207


検証番組
進歩なんかしたら振り落とされる人が大勢出る、というのが難しさなんだろうか。


夜空に舞う赤青緑の謎の光
進化した深海魚です。姿はコウイカに似ているといわれています。
空をも飛べるようになった彼らは,次は火星を狙っています。
進歩しない人類は重力井戸の底で見上げるほかないのです。

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雑記041208


ありそうでなかったウィッシュリスト
欲しいクリスマスプレゼントのリスト、というのが、昔からあったような。
デジャビュだろか・・


Blogプロモーションケーススタディ「Ad Innovator」
C-NETのコラムより面白いのは、やはり多人数向けブログと個人ブログとの違いか。
ではなくて、論考より情報が好きという、単に受け取る側の問題かな。

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2004.12.07

ネットワーク消失

日経本紙。「やさしい経済学」の「ネットワーク消失」から。

競争に敗れたときに復活の機会を失うとしたら、その負の効果は競争の正の効果をはるかに上回るであろう。
  競争は必要だよなーと思うし、仕事上は、自分は競争の少ない立場に立とうとし、利害が反する相手は競争環境に追い込むように考えを巡らせる私は悪人(笑)なんだけど、それはあくまでも、競争の正の効果を信じるからなんだな。と、悪人に徹しきれない自分を弁護。なにごともほどほでにという、ありきたりだけど深い真実。
 
 
  ネットワークに浸り切り頼りきりになって、それから切り離されたら生きていけない有様は、遠からずネットワークへの隷属に繋がると思う。それは、かつて「社畜」とまで言われた日本人サラリーマンの生き様を思い出させるだけでなく、これからのインターネットについても、もしかすると言えるようになるかもしれない。。かもしれない?

  だから私は、淡いネットワークの中を繋がったり切れたりしながら、これからも生きていくんだろう。ネットワークと切れることを、過度に恐れない気持ちを持ちたいと思う。
  あ。それはネットワークというものを自分と対置して、複数のネットワーク間に競争状態を作り出してやることで、自分を相対的に優位に置こうということだな。といま気付いた。やっぱり私(おまえ)、根が悪人だな(笑)。


  非正規雇用の拡大という話しも、非正規被雇用者側の立場で考えたとき、ネットワークから切り離された弱い自分と思うか、それとも、複数のネットワークと対峙する自分をイメージするかで、その人の生き様や幸福感はずいぶん違ってくるのではないか。
 
 
とはいえ、鳩になろうとした烏の例えもあるから、これは注意が必要だな。
と悪人はあくまでも用心深い(笑)。

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2004.12.06

自由?創発?

  うーむ。昨日の自分のエントリを読んでみて、これは「創発」というものがわかってないと思ってしまった。

  言葉の定義からすれば、「各人が何の制約もなく自由に行動したとしても、その社会には一定の秩序が生まれる」ということらしいから、形式的な理屈に当てはめれば、創発が観測されるのは自由至上主義者の間だけに限られる、となるのだろう。
前のエントリはその点がわかっていなかった。

  しかし、ここで疑問は一歩遡る。「自由な行動」と言ってみたところで、それは本人の価値観に基づいた自由であるはずだ。それは場合によっては保守主義的であったり共同体主義(?)的であったりするのではないか。「自由って何?」というありがちなフレーズに絡めとられてしまう。


  前のエントリで、認めてもいいかと思う点もある。「創発」は主に価値を生み出すところに関与するものであって、分配や利用にはあんまり適用できないのではないか、という点だ。各人が自由に分配や利用方法を主張したら、そこには混乱と闘争しか生まれないのではないか。パイは増やすことはできても無限にというわけにはいかず、その一方で、人によっては欲望に上限がない場合もあるのだから。

  そう考えると、分配や利用についても考えが及んでいる保守主義や共同体主義と、「創発」という言葉にそれらを押し付けてしまっている自由至上主義とを、同列に見ることは難しいかもしれない。昨日感じた違和感は、そういうこと。のようです。


  私は「創発」を、コミュニケーションと創造に関わるものだと捉えたい。ネットに関わった人ならば、広くて深い相互作用から生まれる創造性というものの素晴らしさを信じることはできると思う。それは、勝手気ままな振る舞いとは全く異なるものだと私は思う。「創発」ということばは、創造性を拡大するその作用にこそ充てたい。


  というところで、では自由至上主義の特徴は何か、と言われると困ってしまうのだけど。

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2004.12.05

[ised@glocom]1

isedやっと最初の鈴木謙介さんの講演部分だけ読んだ。
だって天気がよかったんだもん(笑)。12月なのに真夏日。パソコンの前でブログなんか読んでる場合ですか(笑)。

  私は、思想の系譜とかはよくわからないので、とりあえずここで打ち出されている、保守主義、サイバーコミュニタリアニズム、サイバーリバタリアニズムというものが三つ巴状態であるとの主張を受け入れておくことにしよう。
  そこで私自身について考えると、保守主義(1)、サイバーコミュニタリアニズム(2)、サイバーリバタリアニズム(0.5)といったところか。分裂気味というか。

  生身の生活では私は保守主義だ。ゴミを分別しろと言われれば理由も聞かず有効性の検証も適当にへいへいと黙って従う大人しい人間だし。それがネット上での私の言動と切り離せるわけもない。だからネットでの言動も多少は保守的だ。
  とはいえ、ネット上では私はたぶんコミュニタリアニズムの色が一番強いだろう。ネットで一儲けしてやろうというよりは、ネットはみんなでうまく使おうねという想いが強い。個人のエンパワーメントは金儲けより公共のためという発想だ。SNSが金儲けのプラットフォームにされるのは見るのも嫌だし。
  その一方で、SNSのビジネスモデルとか何とかには興味があったりするから、リバタリアニズムにも0.5票。

  我ながらなんて優柔不断。ていうか、あちこち保険を掛けるぐらいはいいだろう。言論や思想に命張ってるわけでもないのだから(笑)。


  さて、そんな私なので、批判めいたことを言おうとすれば、一番比重が少ないサイバーリバタリアンについての部分に向かってしまう。中でも「創発」が引っ掛かる。

  サイバーリバタリアニズムは一見すると例の万人の闘争状態を生みそうだが、なぜかそうはならずに創発につながる、と説明されている。
  「創発性を信頼する」という言い回しが使われているが、正確には「自由至上主義が、闘争ではなく創発をもたらすはずだと信じる」というべきところではないか。そして、そのように言ってみると、これはなんだか変だということに気付く。

  ゼロサム環境下では、自由至上主義は当然、闘争に向かうだろう。ゼロサムでないときは、新たに生まれた価値の分配を巡って、やはり闘争になりそうだ。
  「創発」はあくまでも、価値なり変化なりルールなりを生むところまでのプロセスの一形態であって、生み出されたものをその後どう所有あるいは利用するかを解決してくれるものではない。と思うのだけど(違うのかな)。生み出された後の処理にあたっては、保守主義、あるいはコミュニタリアニズム、いずれかの方法を使うのではないか。「創発」を従来のリバタリアニズムにない、サイバーリバの特徴に据えているけれど、少し違和感を感じた。創発に対するそもそもの理解が間違っていたらごめんなさい。

  保守主義やコミュニタリアニズムは、サイバーになったからといって特段新しい要素はなさそうだから、リバタリアニズムに付加された「創発」だけが浮いて見える気がする。もっともこれを無視することもできないから、なにかいい落ち着きどころはないものかと思う。たぶん「サイバー」なもの全般について「創発」は起こりうるから、これは違うレイヤの話しとした方がいいのではないか。

  と思ったら、後の方の東さんの話しでは、はてなで創発がうまくいってる件などが出てくるから、必ずしも創発はリバタリアンだけのものとは捉えられていないのか。。

  うーん。鈴木さんのところだけで終わってしまった。残りはまた今度。

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物事を読むのは難しい

人の気持ちや真意を汲み取ることほど難しいものはない。
違ったことを言ってしまったかも、と思ったときの残念感はずしり重い。

でも、いろいろ頭をぶつけながら正解に近そうな方へ軌道修正していくのが、学もなく頭も普通でしかない私にできる唯一の方法だ。

それで人に失望感や孤独感を抱かせたとしたら、詫びるほかないけれど、それで萎縮しないように、一方ではこっそり自分を励ますのだ。
 
 
 
しまった。そういう自覚があるなら、ものの言い方には慎重であるべきだった。
冷や汗かいて反省。
なかなか進歩しないなあ。

と、言語明瞭意味不明瞭を演じてみる。

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雑記041206


月ナル者より
BBS時代の実例が思い浮かんで感慨に耽る。
時代や土俵は変わっても、人はあんまり変わらない。


波は乗るもので作るものじゃない。
これまた実例が目に浮かぶ・・・
「作るものじゃない」を私は忘れがちなので、注意のためにメモ。


マスメディアの人の教科書どおりの思い上がり方の考察
趣味でやっている人が、職業でやっている人をあっさり追い詰めるようなことを言うから(笑)。

その意識からすると私は、大方の賛同を得そうなこちらの意見とは少し違う見方をしているかも。


  この議論に真剣にならざるを得ないのは、団藤さんという人の方で、切込さんという人(笑)の方は本人も言うとおり「趣味」の領域だ。ここで勝っても負けてもどうでもいい。そういう人に、ここで負けたら生きていけない(かもしれない?)人があっさりやり込められているのは、少々物悲しい。
  けれど、感慨は別として、戦術としては、徹底的に追い詰めてしまうよりは、逃げ道を作っておいて望む方向に逃げてもらう方が高等かと思う。

  そもそも、ものの考え方として、どんなにつまらなく見える仕事であっても、それで食べている人にとってはかけがえのないものかもしれない。追い詰めるよりは、飯を食っていけるように、うまい方向に撤退してもらえるようにできるといいのだけど。

  などと、生産性とは相容れない生意気な物想いについ耽ってしまう。だからいつまでもカオティック・ニュートラルなんだな。私は。


日本は「OSS界のガラパゴス諸島」か?

・・日本の場合どうも物事をみな所与の与件として捉え、それは自分たちでは変えられないと思ってしまう風潮が強いような気がする。
OSSに限らず、これは諸事の根っこにある問題かも。おカミ依存体質というか。
ジャーナリズムに必要なのは、立場や思考や発言が所与の与件の枠内/外のどちらなのかを、強く自覚することか。

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次世紀のインフラとは

「ミサイルと竹槍」雑感
確かに情報の偏在は困ったことです。

橋や道路、それと同レベルの光ファイバーや無線などを前世紀のインフラとすれば、情報の整理、検索と提供サービスは次の世紀の重要なインフラです。知財立国を支えるインフラとは何であるかよく見極めて、そこに税金をつぎ込んで欲しい。そのためなら多少の利権やら私腹やらは目をつぶってもいいと思います。

次の百年に備えるために。
 
 
はっ。でもそれってWikiPediaやはてなに対する民業圧迫か?(笑)
ま、提供と編集で住み分ければいいということで。

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これを観なければ、旅は終わらない。

よし! よーっし!

たとえ東劇でも、映画館の大きなスクリーンで見られるのなら、許す!

■エントに襲撃され、塔に閉じ込められたサルマンの衝撃のその後!
■どっちがお酒に強い?レゴラスとギムリの飲み比べ競争の行方
■死者の道はもっと恐ろしかった!頭蓋骨の大洪水がアラゴルンたちを襲う!
■ガンダルフ危機一髪!アングマールの魔王との対決!
■瀕死のエオウィンを蘇らせた“王の癒しの手”
■見よ、王の剣を──パランティアに映るサウロンに宣戦布告するアラゴルン
■暗黒の塔、バラド=ドゥアの副官“サウロンの口”初登場!
スラド経由で知る。

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嵐の朝

朝5時現在。外はかなりの嵐だ。
12月でこんなのは珍しい。
衛星画像を見る限りでは、雲は薄いみたいなんだが。。。

先週が紅葉の最後のチャンスだったか。。。
仕事との重なり具合がどうもうまくない。

今日は遠出は無理なようだし、本屋に入り浸って
昨日わからなかったWORDのあれこれを調べるとしよう。

でもなー。
WORDに版組までやらせるのは、無理があると思うのだけど。。。


おっと、溜まっているブログも読まねば。。
なんだか近頃ブログを読むのがしんどいな。

やっぱり紙の本は読むのが楽だとつくづく思う。
ブログはどちらかといえば、短くてツボを突いた
意見の連鎖であってほしいのだけど・・・


まあ、言っても仕方がないか。


[追記]
その後、6時には突風の猛威も最大に。家が揺れるほどの風だ。
東海道線や京浜東北が運転見合わせというのも珍しい。
多摩川を渡れない、ということなのだろう。

さて、その多摩川をバイクで横切ろうというのは・・自殺行為かな・・

[追記2]
多摩川はおろか、近所の踏み切りを渡れないことがわかって愕然。
電車が徐行しているので、開かずの踏み切りになっている。
迂回して陸橋を渡る。

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2004.12.03

戦争の時代はまだ続く・・かも

  日経本紙。マハティールさんへのインタビューが載っていた。歯に衣着せない発言が多い人だけど、引退してもその点は変わらない。ケリー候補が負けた理由については「ブッシュ陣営が恐怖を利用したからだ」と言い、イラクの今後を聞かれて「好転するとは思えない」。

  そして、米国とイスラム諸国間の宗教対立があるかに見える、との問いに対して。

「宗教対立でも文明衝突でもない。根本原因はパレスチナ人の土地が奪われたことにあり、あるのは領土的要求だ。加えてイスラエルによる圧制がパレスチナ人の怒りを生む。
・・・・
例え狂信的であるにせよ、人がなぜ進んで自分の体に爆弾を縛りつけようとするのか。それだけパレスチナ人は怒り、挫折感を味わっている。真の原因を見つけ取り除かない限り、テロは根絶できない。」
今朝はこれ以外に書くことはない。

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2004.12.02

雑記041202


現行試験恒久存続論

・・・新規法曹がある種富裕階層からしか輩出されなくなることに対する危惧感を持つ人も少なくありません。
法律屋さんに限らず、いろいろな職業で、このテーマは今後重要かもしれません。


弁護人はかかしではない
時間の流れが速いネットでは、ともすると忘れられがちなこの件。
裁判官の中立性に疑問符が付いていると取ればいいのか、それとも弁護側の行動に疑問があった、ととればいいのか。
傍聴した方のコメントによれば前者のようですが・・

判決中での弁護人批判」こちらも、裁判官の行動にやや疑問があるように読めます。


教養…

 そして、これは表立って言ってはいけないことだが、教養こそがその知的な階級を決めると思う。どんなに旨いものを食ってもそしてその味が評価できても、教養がなければ下品。
また、生きるよすが、とも。

自省的に考えてみる。
。。。。
はっ! まず旨いもの食って味が評価できるようにならねば(笑)。[←追記]


http://www.glocom.jp/ised/ は週末かな・・

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2004.12.01

雑記041201

おお! もう師走か。


お騒がせしました!
噂には聞いていたけど、ご本人からエントリがありました。
こういうケースで生の声を聞けるのは、やっぱりブログのお陰だなあ。
ここのブログは、普通に暮らしていたらほとんど縁のない世界の話を聞けるところなので、これからもできれば続けて欲しいです。


NTT東日本もギガビット共有回線使用FTTHサービス発表

しかし、バックボーンばかり先走ってコンテンツが追いつく日はいつになるのか……はやくこれだけの帯域を正当に使い切るコンテンツが登場してほしいものです。
それはやっぱり・・放送かな。

光、ひかり、と言うと誤魔化されそうだけれど、考えてみればそれは「ケーブル」。CATVがグレードアップしたという見方が一番素直な気がします。
最初は凝らずに、映像を垂れ流し。それから徐々に、視聴者の希望を取り入れて、だんだんエスカレートしていけば帯域はあっという間に埋まりそう。


最近、仕事絡みでFPの人から聞いた話。
たんす預金というのは意外に多くて、今度の新札移行であぶりだされるのが嫌さに、旧い1万円札や5千円札を2千円札に換える人もいるそうで。
金融機関をそもそも信用しない理由に、思い当たるところがなくもないですが、かといってお札を握りしめているだけでは、やれることは限られると思うのだけど。。。


監査リスク」とは何事か
そういえば、大学卒業時に公認会計士の資格を持っていた知り合いが、いまペルーにいるとの消息が。日本の監査法人を取り巻く状況に嫌気がさしたのかと思ったが、来年からはまた日本で新しい仕事に就くとのこと。ものすごく頭の切れる人だが、南米辺りで何を考えているのやら。


ガタがきている…
ファンの皆様を「やつら」呼ばわり・・。
いつもの調子でひと安心(笑)。

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