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2004.11.28

でらしね

  少し遅い回だったせいか、観客は美大生風の男が数人。。。しかし、これは普通の人がもっと観ていい映画だと思う。
 
 
  「作家を育てるには何千万もかかる」という台詞で、その大変さを冒頭で画商に言わせている。その大変な過程を、何が大変なのかを描きながら話しは進む。もちろん、真に大変なのは金ではない。

  画商の女弟子は、自分の目で見つけたその画家、かつては卓越したデッサン力で美術関係者の嫉視を浴びていたが、いまはホームレスに落ちぶれているその画家を育てようと苦闘するのだが、途中から画家の懇願でヌードモデルを務めるようになる。実はその画家は、描くことにしか興味がなく、モデルの女性を次々に捨て、中には妊娠させ自殺にまで追い込んだこともある、といういわくがある。女弟子はそれを知りながらも画家の願いを受ける。

  女はモデルとしては素人だから、はじめは硬い表情としぐさがなかなかとれない。しかし、深い森の中で何日も何週間も、何も身に付けずにモデルを続けるうちに、次第に硬さがとれ、自然に振舞うようになる。

  ある日、美しい肌に木漏れ日を浴びながら大樹にもたれた姿勢で、女がふと微笑んだのを見て、画家が「どうした」と聞くと、「だって・・気持ちいいんだもん」と応えたときに、画家はそこに描くべきものを見つけたのではないか。それを見つけることが、実に大変なことだったのだ。

  画家に喰われたモデルの女達は、それを持っていなかった。だから画家の餌食になったのだろう。しかしこの二人は、深い森の中で、とうとう何が足りなかったかを見つけたのだ。画家は最後の大作を描き始める。それはもう画家一人のものではなく、モデルとの共作だ。いや、むしろ女と森が溶け合う中から発する何かが、画家を介して作品に立ち現れたと言うべきか。女弟子はその何かによって、モデルとしてだけでなく、画商としても一人前になった。

  「でらしね」とは「根無し草」という意味だそうだ。画家は、根無し草では見つけ得ない何かを、女の力を得て見出した。映画はそれを一言も台詞にすることなく、あくまでも暗喩を使って、くっきりと描き出した。
この映画を、私はそういう風に観た。
 
 
  画家を演じた奥田瑛二は、自身でも個展や絵本の出版などの活動をしており、劇中の絵は彼が自ら描いたものだということだ。正直、素人離れしている。
  そして、女を演じた黒沢あすか。見終わった後にわかったのだが、「六月の蛇」のあの女優さんだった。「六月の蛇」もすごかったけど、この「でらしね」もいい。表情と声にはまだ進歩の余地があると思うけれど、この役を演じられる人は少ないという意味で、なるほど、これははまり役だ。

いい映画を観て、いい週末だった。

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