援助は見返りを期待せず、がいい
栃木県大田原市が、新潟地震で家族が被災した市内の大学生を援助する補助金を出すそうだ。それはいいことだなーと思ってTVのニュースを聞いていたら、市が全額補助するのではなく、家主が学生に援助した額の3分の2を市が家主に補給するということらしい。
直接、学生本人に補助すればよさそうなのに、変な話しだなと思ってネットを探したら、こんな記事があった。「新潟県中越地震 家族被災の学生支援 大田原 上限2万円家賃補助 来年1月から」
市内の大家間で家賃割引の動きが出始めたことなどを受け、市も“一肌脱ぐ”ことに決めたという。地域の微妙な風土や人情が絡んでいることだろうから、迂闊には言えないのだけど、正直に言えば、やはり気持ち悪さが残る。災害の援助に限らず、およそ援助というものは、見返りを期待しないものだと思っていた。それを明確にするために、援助の多くは匿名で成されるのだと思う。被災地に行ったボランティアの人たちも、自分の名刺を被災者に渡してくるようなことは、しなかったのではないか。同市では「せっかく県外から大田原に来ても、卒業で縁が切れてしまう。社会に出てからも市や市民と関係を持ってもらえればと、あえて個人ではなく大家を通じて補助を出すことにした」と話している。
上の記事によれば、大田原市は「今後も関係を持ってもらいたい」と言っているそうだから、意図ははっきりしている。「困っているから援けよう」というよりは「困っているから恩を売ろう」と受け取られかねない発言は、少し残念だ。
確かに、市内の大学に通う学生が卒業後に市に定着しないという事情は、当局者にとっては歯がゆいことだろう。けれどもそれは、住環境なり仕事環境なりで市の魅力を増すことでしか解決しないのではないか。
折りしも、国と地方自治体の間で、補助金と税源のトレード交渉が大詰めだが、交付金という名の援助が、国から自治体へ「見返りを求めて恩を売る」ものではなく、「富の再配分を通じて国益に資する無償の贈り物」であるという本義を、改めて思い出してもいいのでないかと思う。
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