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2004.10.10

広報軽視は機会損失

日経本紙の中外時評「川口補佐官は機能するか」
  対外アピールが下手な日本の損を書いている。国会開会中の閣僚の外国訪問が難しいなど、日本が対外広報活動を軽視していることはよく指摘されるところだ。記事では98年のダボス会議の例を挙げて、中国が人民元の切り下げを明確に否定して「世界に貢献する中国」を強くアピールし喝采を浴びたのに比べて、日本からは首脳はおろか閣僚さえ参加しなかった結果「何もしない経済大国」との認識を払拭できなかった、としている。

  広報活動の軽視は、この国に広く根付いてしまった体質なのだろうか。国と同様に企業も、広報活動の意味や利益がわからず、損をしていることが少なくないのではないか。記事では、広報軽視がもたらす害を「機会損失」と捉えて明確に書いている。

各国が対外説明により力を入れているときに、日本は逆に「機会損失」を積み上げていたのではなかろうか。
やっかいなのは、こうした機会損失は目に見えないし、国内では感じることも少ないことだ。
そして、
「対外説明能力は総合国力の重要な要素と言っていい。」とした後、この能力を向上させる要素として、2点挙げている。
組織面での十分な支援体制を整えること、さらに最高権力者の首相が全面的に後押しすることだ。この条件を欠くと、容易に政府内で孤立し、諸外国に対して責任のある説明はできなくなってしまう。

「国」を「企業」に置き換えて読んでみれば、思い当たるケースもあるのではないか。広報活動を、単なる販促や営業の延長と考え、組織内に位置づけている企業は、まだ多くありそうだ。


でなことを思っていたら、丁度こんな記事が。
競争ルール戦略

ITは偉そうな顔をしちゃいけない。ITは出しゃばっちゃいけない。自分は、今、こういうことがこんな風に出来ますよ。それは、こんな技術をこんな風に使っているからで、しかも、今、こう変わろうとしているんです。そこを一生懸命自分から下手に出て説明しなくちゃいけない。
・・・
 本当にその他の産業全体から評価して貰いたければ、情報家電産業毎、産業IRみたいなことをしないといけないんじゃないのと。そのために、先ず、自分達が外から見える、すなわち「可視化」を進めることが必要だと。
「可視化」というのは少し癖のある表現だけれど、つまりは知ってもらう、ということか。

「国」レベル「企業」レベルの話しの間に「産業分野」レベルの話しもある、という気付きでした。経産省の人らしい視点。

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