法曹人口拡大の話し
法曹人口を増やす話しについて、池田信夫さんと小倉弁護士がそれぞれ記事とコメントを重ねています。
小倉弁護士の記事
「「責任転嫁の見本」としての緊急声明」
「司法試験を純粋な資格試験にした場合に」
「既得権益・業界エゴ」
「資格試験としての司法試験に要求されるレベル」
「「新旧司法試験合格者数に関する声明」に関する逐語的検討」
池田さんの記事
「法化社会」
「職業免許」
「事前規制と事後チェック」
職能について高度なスキルを持つ人ほど、数を増やして質が落ちることを懸念するのは当然です。小倉弁護士がこの件で慎重な姿勢を崩さないのは、弁護士として高度な専門性を発揮して来た人として自然な反応だと思います。
しかし、私は池田さんの話の方に、より共感を覚えます。それは、「強すぎる行政を牽制するために、三権分立のひとつである司法の存在をもっと大きくするべき」という池田さんの話が、戦略的な要点を突いていると思うからです。
「要するに、事前の免許ではなく事後的な処罰によってサービスの質を維持すべきだということです。これは金融行政をはじめ、現在の規制改革の基本的な考え方です。」
「・・・つまり日本は、法治国家という建て前だが、実態は「官治国家」なのである。」
「私は今、原告として裁判にかかわっている。司法業界の非効率性も相当なものだが、これは行政もいい勝負だから、全体としては司法のほうがはるかに健全だと思う。それは、最後は第三者の「常識」で決まるからだろう。」
司法が行政より健全に成り得るかどうかは、池田さんご自身も指摘している米国の悪い例もありますので、結論を急ぐのは控えるとして、少なくとも、強すぎる行政が暴走しないように牽制する軸として、司法を拠り所にすることはいい考えだと思います。
一方、小倉弁護士が懸念する質の低下は、なんとかなるのではないでしょうか。
唐突かもしれませんが、この話しで、私はWindowsとその仲間達(笑)を連想しました。ソースはぐちゃぐちゃ、挙動は不安定、エンジンは借り物、おまけに陰ではMacの真似と言われ続けてきましたが、それでも今日に至るまで、Windowsは社会の役に立ってきたし、パソコンを普及させ、ネットに繋がる端末を提供し、ビジネス文書の世界では最も広く使われています。
多少出来が悪くても、大筋で間違っていなければ、利用する側は、サービスの出来の悪さを織り込んで対処するものだと思うのです。(書きかけのプログラムをいくつも吹っ飛ばされた経験者が言うのですから(笑))
いま、司法に求められているのは、専門性を研ぎ澄ました頂点を維持するだけではなく、同時に広い裾野を持って世の中の役に立つことでもあると思います。
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