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2004.10.03

らくだの涙

  ネタばれです。

  東京とは違う時間の流れに、2時間ほど浸ってきた。らくだの涙と子育てを結びつけた解説や感想はあると思うけど、残念ながらやや退屈だった。よく寝なかったと自分でも驚き。ここの満足度ランキングで1位だったので見に行ってみたのだが・・マニアの人には受けがいいのだろうか。

  でも、まるでつまらなかったというわけでもない。遊牧民の生活に入り込んでいる現代のにおいと、変わらずに続く生活との同居が、私には楽しめた。

  例えば、若い母親が小さな女の子を寝かしつけるとき。服装はモンゴルの伝統衣装だし家は小さなゲルだし、現代とは隔絶した光景だけれど、腕の中で寝息をたて始めた子を起こさないように丁寧に寝かせてやるところなどは古今東西変わらない景色で、見ていて暖かい気分になる。そして小さい掛け布団をそっと掛けてやるのだが、これがなんとハローキティの柄。それまで、砂嵐に隔てられた見知らぬ世界の話とばかり思っていたのに、突然、現代世界が降って湧いたようで、その同居がなんだか不思議。あの子ども用の掛け布団は、若い母親が自分で選んだのだろうな。ばあちゃんやひいばあちゃんが選んだのじゃないと思う。

  お話しの後半では「県庁」という大きな街が出てくる。そこでは人々の服装も普通に現代風なので、草原一家の民族衣装は演出だと、遅れて気付く。また、草原の生活にも入り込んでいる現代的なものは、この県庁が発信していることも。テレビやビデオゲーム、ダンス教室、アイスクリーム、単車などが一気に出てきて、にわかに画面が騒がしくなる。子ども達はその騒がしさや活気の虜だ。草原の生活のみすぼらしさが、それとなく暗示される。

  最後は、県庁から来てもらった馬頭琴弾きの演奏で母駱駝を落ち着かせて、子育てに復帰させるという筋。騒がしくて現代的な街から来た音楽師。音楽を娯楽として扱い、商売にしているはずの音楽師が、その現代性に反して、昔ながらの実用性のある音楽を草原にもたらす。駱駝の子育て問題が無事解決したあとは、音楽を伴奏に草原一家の喉自慢大会で、再び草原の生活礼賛に戻る。

  で、エピローグはというと、やっぱりTVを買ってアンテナをセットする場面。そりゃ、子どもはTVが好きだよね。動きも色も音もお話しも、じいちゃんの昔話よりずっと刺激に満ちているわけだし。

  見終わっての感想といえば、草原の伝統的な暮らしと現代的な要素、それを貫く普遍的な生活の芯が入り混じって、そこそこ落ち着きと動きを見せているという、可もなく不可もない印象だった。

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