「あがりがない」と「目指せない」
「パラサイト社会のゆくえ データで読み解く日本の家族」
記事の中で面白いことばを2つ発見。
ひとつは、「あがりのない社会」ということば。
もうひとつは、次の一節の中の「目指せない」ということば。
メディアで取り上げられる成功者たちも、・元からお金持ちの家系にうまれた人たち
・極めて少数の天賦の才能のある人たち
・世渡り上手でうまくやった人たちのようなタイプが多い気がする。これでは目指せない。
このあと記事では、
国内にあがりを求めず、国際社会でのあがりを示すのが正解のような気がするとしたり、はたまた、結婚は”なりゆき”だから、ソーシャルネットワークやバーテンダーシステムやらで”なりゆき”を人工的に作り出して少子化対策しよう、という話しに飛んだり、ダイナミックでたいへん面白い。男に少子化対策を語らせると出てきそうな、いかにもなひとつの例だと思う。
話の筋を戻す。
「あがりがない」ことは悪いイメージで捉えられがちだけれど、私はこの言葉を前向きに捉えたいと思う。人生という捉えどころのない大きなものに、下手な目標はつくらない方が、なんだかうまくいくような気がしているのだ。もちろん、短い距離のマイルストーンは在ってもいいのだが。
たまさか成功者と呼ばれるようになった人は、もちろんそれとは違うことを言う。けれど、騙されてはいけない(笑)。その人たちはまさに2つめの言葉「目指せない」人たちなのだから。そんな「目指せない」人の言うことなど、ましてや作り話かもしれない話しなど、信じ込んで悩んでどうする(笑)。
「あがりがない」も「目指せない」もともに「方向を見失って漂流する」状態を捉えた言葉だと思う。そう考えると、この2つの言葉が否定的に捉えられる理由はわかる。漂流している状態は人を不安にさせるから。そして不安こそは最大の頭痛の種だから。
でもそんなに「あがりがない」のは不安だろうか。脳味噌の襞を広げてよくお日様にあてて考えてみる。。。。わからない。「グイン・サーガ」のマリウス君を見なさい、というくらい。
私自身は能天気に生きているので、のーぷろぶれむっ なんだが。いまのところは。
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Comments
流れに身を任せて何処へ行くのかを楽しむのがいいですね。
Posted by: hasenka | 2004.10.15 07:15 AM
少し過激なことを書きました。
十人が十人、高みを目指して登れというプレッシャーは、高ストレス社会のひとつの原因だと思います。選択肢は在っていいはず。
Posted by: hski | 2004.10.17 07:17 AM