子育てには安定した生活が必要
「金がなければ、子どもは育たない」
そうはいってもお金(より正確には、安定した生活)は必要という話し。「オニババ化する女たち」も、安定した生活は隠れた必須の前提として書かれているから、主張が対立しているわけではない。
少子化を本気で憂えているのは、政府だけだもん。多産が、個人の幸福につながるイメージが全然ない。貧乏子沢山に耐えて、車も家もブランド品もいりません。って親が言えるほど、子ども、愛されているか? この社会で。この辺は、「オニババ・・」ではあまり深く触れてはいなかった。本の方は、子どもが愛されているかどうかよりは、女性の幸福とは、という点に焦点があったように読めたので、視点が違うという感じ。
北欧の人とかが幸せそうなのは、仕事を通じて、社会に居場所を確保できているからじゃないかな。子どもを産もうが、離婚しようが、その場が失われることはない。その安心感って大きいと思うわ。潜在的失業者のひとりとして、しみじみと。このあたりの認識は共通か。これは展開によっては、高負担高福祉の主張の根拠になりそう。
そういえば、もうすぐ100巻に到達するという偉大なる月刊小説(笑)「グインサーガ」。今月・・じゃなくて今巻「ノスフェラスへの道」も、なんだか似たような話しだった。
マリウス君のきっぱりした無責任ぶりと、「子どもを愛しているか?」「生活の安定は子育てに必要か?」というオクタヴィア姫の会話が妙に現代風。
結論はなかなか出せないけど、視点を少し変えただけでなにか大括りで意識が共有できそうな気がします。
それは、産業社会に生きてきたおとな達(男も女も)にとって、怖いことに感じられるのではないか。その意識に忠実であろうとすると、生き方をかなり変えなければいけなくなるけれど、産業社会の枠内では「変化とスピードこそ事業の命」などと言ってはいても、枠組みそのものの変化には臆病で保守的、というのが普通だから。いまの枠組みで成功者と自他共に認めるような人達であれば尚更。
それをどうする?
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