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October 2004

2004.10.31

法曹人口拡大の話し

法曹人口を増やす話しについて、池田信夫さんと小倉弁護士がそれぞれ記事とコメントを重ねています。

小倉弁護士の記事
「責任転嫁の見本」としての緊急声明
司法試験を純粋な資格試験にした場合に
既得権益・業界エゴ
資格試験としての司法試験に要求されるレベル
「新旧司法試験合格者数に関する声明」に関する逐語的検討

池田さんの記事
法化社会
職業免許
事前規制と事後チェック

  職能について高度なスキルを持つ人ほど、数を増やして質が落ちることを懸念するのは当然です。小倉弁護士がこの件で慎重な姿勢を崩さないのは、弁護士として高度な専門性を発揮して来た人として自然な反応だと思います。
  しかし、私は池田さんの話の方に、より共感を覚えます。それは、「強すぎる行政を牽制するために、三権分立のひとつである司法の存在をもっと大きくするべき」という池田さんの話が、戦略的な要点を突いていると思うからです。

「要するに、事前の免許ではなく事後的な処罰によってサービスの質を維持すべきだということです。これは金融行政をはじめ、現在の規制改革の基本的な考え方です。」
「・・・つまり日本は、法治国家という建て前だが、実態は「官治国家」なのである。」
「私は今、原告として裁判にかかわっている。司法業界の非効率性も相当なものだが、これは行政もいい勝負だから、全体としては司法のほうがはるかに健全だと思う。それは、最後は第三者の「常識」で決まるからだろう。」

司法が行政より健全に成り得るかどうかは、池田さんご自身も指摘している米国の悪い例もありますので、結論を急ぐのは控えるとして、少なくとも、強すぎる行政が暴走しないように牽制する軸として、司法を拠り所にすることはいい考えだと思います。

  一方、小倉弁護士が懸念する質の低下は、なんとかなるのではないでしょうか。
  唐突かもしれませんが、この話しで、私はWindowsとその仲間達(笑)を連想しました。ソースはぐちゃぐちゃ、挙動は不安定、エンジンは借り物、おまけに陰ではMacの真似と言われ続けてきましたが、それでも今日に至るまで、Windowsは社会の役に立ってきたし、パソコンを普及させ、ネットに繋がる端末を提供し、ビジネス文書の世界では最も広く使われています。
  多少出来が悪くても、大筋で間違っていなければ、利用する側は、サービスの出来の悪さを織り込んで対処するものだと思うのです。(書きかけのプログラムをいくつも吹っ飛ばされた経験者が言うのですから(笑))


  いま、司法に求められているのは、専門性を研ぎ澄ました頂点を維持するだけではなく、同時に広い裾野を持って世の中の役に立つことでもあると思います。

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2004.10.30

シークレット・ウインドウ

  多少ネタバレです。
  ジョニー・デップが主役。のはずだが、謎の男を演じるジョン・タトゥーロの存在感も、ミステリアスな役柄が幸いしているとはいえ、かなりのもの。
  でも、映画として面白いかというと、首を傾げたくなる。ホラー映画のように怖さを徹底追求したわけでもなく、ミステリーとして観客に膝を叩かせる結末を用意したわけでもなく、半端な感じがした。スティーブン・キングの原作を読んだことはないけれど、オフィシャルサイトの比較を見ると、映画とはかなり違う印象だ。脚本の質はどうだったのだろう。
  お話しでは、家が放火されたり、何人もの人が死んで、湖に沈められたり土に埋められたりするのだけど、日本でそんなことがあれば、かなりの確率でバレるだろう。ミステリとしてリアリティが感じられなかった。
  ジョニー・デップは好きなタイプの俳優ではあるし、今回も相変わらずいい演技を見せていたと思うので、ストーリーの方がこの程度だと、あたらいい役者を無駄遣いという気がして残念感が残る。

  と、ここまでは単純に映画の感想。
  で、ここから、大袈裟だがアメリカという国の住民管理のありかたに考えがとぶ。

  もしや米国では、人を見掛けなくなることのリアリティが、それなりにあるのだろうか。なにしろ住民票制度がない国なのだ。

  今回の大統領選挙の混乱について、あちこちの記事を読んで知ったのだが、あの国には国全体で統一的に管理する住民票というものがない。あるのは社会保険番号くらいだ。だから、投票する人はあらかじめ、投票しますという登録をしないと、投票ができない。だからその登録を巡って不正があるとかないとかで、双方の陣営が弁護士軍団を召集して争う準備をしているらしい。
  日本では考えられないことだ。選挙カーが煩くなる時節になれば、黙っていても選挙管理委員会から投票葉書が毎回ほぼ間違いなく届く。それが当たり前だと思っていた。選挙の不正というものは、考えたこともない(それは甘いのかもしれないが)。

  いままで漠然と、米国も日本と同じような住民管理をしているのかと思い込んでいた。些細なことかもしれないが、二つの国の、なんだか大きな違いを、映画館の隅で感じたのだった。

  それに気付かせてくれた点では、この映画を評価してもいい。

  ネットを探してみたら、こんなページがあったので、メモ。
  「海外の戸籍事情(身分登録制度)

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2004.10.29

スパコン甲子園

「スポコン」の誤りではありません。
高校生が作ったとっても速いコンピュータ」経由
広島県立広島国泰寺高等学校科学部物理班」。
なんだかなつかしい雰囲気。
機会鼠に迷路を走らせたりロボットにサッカーさせたりもいいけど、こういう目に見えないけど熱い闘いもいい。

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王様がまともなのはよいことだ。

天皇と米長邦雄の園遊会での会話を伝える記事について
自分の強烈な思い込みを王様に勝手に投影して虎の威を借る人たちが、王様の考えが自分と違うと自覚したとき次にやりかねないことは、押し込め、かな。そんな風にならないことを祈る。

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エッシャーの図画工作

ちょとコーヒーブレイク。
驚きの図画工作の時間

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2004.10.28

ドルが安くなるらしい

  一般向けのメディアでもドル安の声を聞くことが多くなった。
  日経本紙の「大機小機」ではこんな風に言っている。

・・・ドル下落は単なる為替調整にとどまらず、米国経済の信認を揺るがす可能性をも有している。日本での報道は皆無だが、米国では元閣僚や学者グループ、著名投資家などが、膨張する経常収支赤字が持つ危険性について警告を発し続けている。
数字を見る限り今回のドル安は「調整」では済まず「暴落」の危険がある、というのは、おそらく本当だろう。日本のメディアがこの話しをほとんど載せないのは確かに不可解だ。

  際限ない軍事支出や無節操な減税、その結果としてのドル崩落、という文脈で、この話しをされたくない、米国現政権への妙な気遣いなどがあるのだろうか。それは国益(日本人個々の利益の合算)に沿っているのだろうか。

  少なくともこれで、米国債などの形で米国政府と米国人が海外から借りた膨大な借金は、相当軽くなることは間違いないだろう。当然そのコインの裏側で、米国債を大量に買って抱え込んでいるひとも、海を挟んだ反対側のどこかにいるらしいわけだが。(この先も買い支える余力は、たぶんもう無いですよね?)


  米国のやりくちは、ソロスという人がアジア通貨危機で使ったらしい方法とそっくり同じような気がする今日この頃。

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新しいことを創造をするには

Macromediaはいかにしてインターネットに対応したか
  今日の梅田さんのコラムは、マクロメディアの話し。あんまりいい話が詰まっているので、つまらない自説を書くのはやめて、引用だけ。

コロンブスの卵な話し

後から振り返れば簡単なことでも、変化と同時代的にシンクロして新しい創造を行うのは、なかなか難しいことだ。こういう言葉を読むときに、常に現在の自分の問題に置き換えて考えると、その難しさがわかるはずだ。
選択と集中とリスクの話し
新カテゴリーを創出する場合、何事も「小さく」しか始まらないし、そのためには、時代遅れになりそうな「大きなもの」を止めなければならない。しかし未来は不確実である。さてどうする? というところが、5-10年先の「勝負の分かれ目」となる。
立ち向かうためのリソースは限られている話し
詰め込むべき機能のアイデアに対して、テクノロジストのJon Gayがただひちすら「ノー」と言い続けたことがカギだったという話。

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2004.10.27

首都高回数券の廃止で想う事

日経本紙首都圏経済より。
  首都高速の高額回数券が廃止になる一方で、ETC割引期間は来春まで延長とのこと。回数券偽造による被害額が急増したためとしている。

  偽造などの犯罪は論外だけれど、チケット類の電子化は必ずしもいいことばかりではない。電子財布のような匿名性を保った電子貨幣は、偽造防止の点では時間稼ぎにしかならないし、かといって、ETCのような与信を基にした仕組みでは、個人の行動がすべて特定の団体に筒抜けになる怖さがある。これを馴れの問題として、時間が解決すると期待する考えもあるけれど、どうなのかよくわからない。

  貨幣の匿名性の話しとは別に、電子化はなんとなく味気ない風景をもたらしそうな気もしている。例えばこんな話し。
  私は映画のチケットをいつも金券ショップで買っている。封切の当日に、ふらりと映画館へ行って、近くのショップで前売り券の売れ残りを買うのだ。このお陰で、以前より映画を見ることが格段に増えた。そのことは、私の生活にいろいろな彩りを添えてくれていると思う。
  もし、チケットが電子化されたら、けして経営が楽では無さそうな金券ショップの店長の、それでも懸命に商売するするあの顔を、見ることもなくなるのだろうか。ネット上で、電子署名付きで流通する売れ残りの割引券を、価格比較サイトで金額順に並べ替えて、一番上に来たやつを、無表情にぽちっとして、買うことになるのだろうか。

  なんだかそれは、ちょっとだけ味気ない。かも。

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2004.10.26

雑記041026


マスコミ界の専門紙「文化通信」に貸与権交渉決裂の記事が掲載された。
後でよく読まねば。


我々は歴史学者になる必要があるのだろうか。

自分もまた、やっていたかもしれない
その感覚、私もよく持ちます。
  人間は社会的な動物である限り、環境に左右されずにはおれないものだから。ネットに繋ぐ利点とウイルスに感染する危険が同居するような、というか。コインの裏表という感じ。


「責任転嫁の見本」としての緊急声明」怒っています。

法曹の養成には、時間と費用がかかります。そして、国家なり社会なりが法曹の養成に向けられる資源にも、個々人が法曹となるために向けられる資源にも限りがあります。したがって、需要を大きく超えて法曹を新たに輩出しても、それは社会にとっても個人にとっても大いなる無駄となります。
その理由も尤も。


草の根の国際ニュースメディア - Wikinews
これはあとでチェックせねば。



やっぱり昼休みの30分だけでは無理がある。

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2004.10.25

Winの更新で憂鬱

  WindowsXPのHomeEditionというのを使っているのだけど、「新しい更新の準備ができました」という吹き出しが鬱陶しい。用も無いのに付きまとう営業マンのような(笑)。
  あまり気が進まなかったが、試しにその新しい更新というのをやってみた。インストールには随分時間がかかったが、特にトラブルもなく終了。SP2とかいうものになったのだろうか。

  これでうるさい吹き出しに悩まされずに済むと思ったのだが、それは大甘な考えだった。
  新しくなったWindows君は、今度はセキュリティに関心があるらしい。「この状態では危険の可能性がある」とかなんとか、新手の吹き出し攻勢。以前の吹き出しはたまにしか出なかったが、今度は起動するたびに出る。おまけに以前の控えめなもの言いと違って、今度は安全性を盾に取った脅し文句に近い口上だ。
  では何をしてくれるのかと、今度も試しに吹き出しをポチッとしてみると、何のことはない、セキュリティソフトメーカーの紹介が出てくるだけだ。

  もう何年も前から、セキュリティソフトは入れている。老舗の有名メーカー製だ。毎年更新して何回目になるだろう。Win君が見せる紹介リストの中にももちろんそのメーカーは入っている。

  それなのに、Win君は、押し付けがましくセキュリティソフトを入れろと迫ってくる。起動の度ごとにやられて、以前にも増して鬱陶しくてかなわない。

  そもそも、自分で高い金を払ってセキュリティソフトを入れたのは、昔のWinのセキュリティがずだぼろだったからなのに。いまごろ五月蝿く言われる筋合いではない。

  何とかなりませんか。

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2004.10.24

法曹養成制度 移行の軋み

急いては事をし損じる」。
  この記事を読むと、弁護士業界には現行の人数以上の雇用と仕事を確保する力はないから、弁護士の人数を増やすという考えはそもそも間違っている、と読めないこともない。
  しかし、司法改革とその一部であるロースクール制度は、法曹の人数を増やすことで、一般人にとっても法律を利用しやすいものにする、という大きな目的があり、法律サービスの供給価格を下げることによって需要は拡大する、という仮説を前提にしていたと思う。法律に対する需要は、現状の大きさのままで変化しない、とする根拠は薄いのではないか。むしろ、透明な制度や事後調整を中心とする社会への移行を目指すのなら、法律に対する需要は拡大する、と考えるほうが自然だ。

  確かに、上記の記事にもあるとおり、現実に問題解決に当たれる法曹を多数養成することは、一朝一夕にはできないことなのだろう。だからこそ、小口債権の処理などについては司法書士が、また特許については弁理士が、それぞれ法廷代理人としての機能も果たせるように制度改革が進行中なのだと思う。

  その点をタイミングよく取り上げた記事が「ADR」。「これは重要法案である」との、いつもながら目の付け所が鋭い池田さんのご意見。

  弁護士になるための投資とリスクに比べて、実際の弁護士業が投資回収できているのか、疑問はあるので、小倉弁護士の主張も理解はできる。しかしそれは、弁護士になるための投資を軽減する方向で考えるべきことであって、弁護士業を寡占化することで回収を確実なものにする方向で考えるべきことではないと思う。

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新潟の地震

  地震はけっこう大きかった。夜明けまでは不安が続くだろう。NHKは延々と災害情報を流し続けている。台風のとき以上の長さだ。

  blogの反応は散発的といったところか。明日からの対応を考える人とか、親戚の安否を報告する人(というより原発の心配か・・)とか。

  テレグラフの記事「Earthquake rocks Japan」は、少し誤解を招きそうな。

Eight people have died and hundreds have been injured after an earthquake measuring around 6.8 on the Richter scale hit Tokyo and its surrounding areas.
新潟は東京とは違うと思うけど・・日本国外の人にとっては、日本=TOKYOなのかもなあ。。。この記事には脱輪した新幹線の写真もある。なんだか大災害が起きたような印象だ。いや、もちろん大災害なんだろうけれど。


  niftyは災害情報blogでTBを受け付けたり、関連blogをピックアップした特設ページを設けたりしないのかな。被災者の安否情報確認にも役立つし、blogをアピールするいい機会なのに。
  土曜の夜だから対応すべき人もお休み中か。

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2004.10.23

2046

  映画自体はあまり面白くはなかった。もう少し正直に言うと、退屈だった。途中3回ほどあくびと伸びをしてしまったほどだ。

  しかし、映画に没入する必要がなかったおかげで、かえって中国の今をいろいろと空想することができた。その意味で、閑散とした映画館の暗がりの2時間は無意味ではなかった。

  新聞等で垣間見るかぎり、中国の沿海部は高度成長のまっただなかにあるかに見える。かつて日本も通ってきた道だ。その過程ではずいぶんいろいろなものが置き去りにされて、滅んでいくのだろう。日本では、それは田舎の美しい風景や風習であったり、細やかな人の心であったりしたかもしれない。私はそれらを、たぶん一度は持ちかけて、しかし置き去りにしてきたものだから、今となってはよくわからない。

  中国という国では、その置き去りにされるものは、一体何だろうか。彼の国のことをまるで知ずに言うのは間違うおそれが大きいが、あるいは日本人が失ったものとまた異なるのではないか。

  この映画が描く中年男・・月初めには友人を集めてご馳走する金を持ちながら、月末にはほぼ無一文。女遊びや宴会を楽しみながらも、醒めた目を失わない。自分がいつの間にか恋してしまった相手が日本人サラリーマンと結婚する仲立ちをしてやるような、優しく寂しい男。
  それは、中国が、激しい経済成長の中で、失っていくかもしれないものの、ひとつの象徴であると空想してみることはできないか。

  そう考えると、爆発的な経済成長を既に終えた国の人間として、木村拓哉が短時間でも登場することには、意味があると思える。先にいった国の人間を見ながら、自分達はどうすべきか、同じ道を追いかけるのか、それとも別の道を発見するのか。中国の人たちは考え続けているに違いない。

  この2046という映画をどう観るかは、前編にあたるらしい「花様年華」を観た人、木村拓哉の追っかけの人、未来SF風映像に期待しながらの人、それぞれに違うだろう。

  私の観かたは、少し風変わりだったかもしれない。

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2004.10.22

遊休宅地のコンテナ倉庫

  コンテナ倉庫を使っている知人の話では、たいそう便利だということだ。普段は読まない古い本や雑誌で、捨てることができないものを保管しているようだが、他にもレジャー用品や衣類などの保管に使う人もいるらしい。利用料金は月額数万円とのこと。

  しかし、派手な色彩のコンテナ倉庫が、低層一種住居専用地域のような、純然たる住宅地に出現するとなると、やはり違和感は否定できない。日経の神奈川版「メガロポリス異聞」にその話しが載っていた。

  低層一種住専ともなれば倉庫の建築はもちろん不可だが、業者はコンテナは建築ではないと主張して、建築許可申請なしで設置しているようだ。対して、継続的に倉庫として使用すればそれは建築物として対応するという国交省の姿勢は、まあ妥当なのだろう。そういえば以前、コルゲートパイプの家などというものが話題になったことがあって、日本の建築費用の不透明さと固定資産税への疑問などに共感を覚えたことはあった。が、問題提起の試みとしては意味があるにしても、そのまま一般化するのは無理がある。

  とはいえ、コンテナ倉庫が流行るにはそれなりの理由がありそうだ。利用者にとって便利であること、土地所有者にも手軽に収入が得られることなどのほかに、記事では「郊外住宅地の空き地は他にうまい利用法が見つからない」と書いている。

  土地の利用規制は住環境を護るために欠かせないけれど、長いタイムスパンを前提に設定するため、社会の需要変化に素早く対応できるわけではない。その用途地域の価値が低くなれば、歯抜けが発生して環境を損なうのは、住宅地も商店街も同様だ。

  建築絡みの施策は、金融や情報のように身軽に変化に対応できるものではないが、それでも、基本施策の隙間をうまく調節する、なんらかの仕組みを工夫する必要はあるだろう。全国一律の施行を想定した建築基準法と都市計画法は、たとえば、低層住宅地においても倉庫に対する需要が増えているという事実に対応する仕組みを、備えているだろうか。

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2004.10.21

アナログな楽しい切符

  野毛大道芸が今年も開かれる。
  その大道芸に絡んで、横浜市がペットボトルを使った市営地下鉄のフリー乗車券を発売するらしい。市の水源になっている道志渓谷の水を詰めたペットボトルを駅で見せれば、期間中はフリーで改札を通れるとのこと。

  切符や定期券のICカード化が進む昨今だけれど、こうしたアナログな試みは、逆に楽しい。この頃は、駅員さんと目を合わせることも無くなったが、毎日使う鉄道を支えている人たちの顔を、たまにはよく見てみるのもいい。インサイダーとかで嘘ばかりついている偉い人もいるそうだけど、実直に仕事をこなしている人たちの顔をみてみれば、鉄道の印象も変わるかもしれないし。

  ペットボトルといえば、流行り始めの一時期、紐で肩から提げて町を歩く若者がいたけど、期間限定であれを誰か復活させないかな。
  アナログ/デジタルという対比は古くさいと笑われそうだけれど、何でも、金額や数字に換算するばかりが能でもない。楽しい風景をつくるのは、やっぱりアナログ。だね。

  MM21線が東横線と繋がってから、野毛あたりは少し寂れ気味らしいけれど、お祭り期間くらいは賑わいを取り戻せるといいな。

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2004.10.20

住宅政策の曲がり角

「「住宅」国どこまで関与」日経本紙から。

  10年以上昔だが、公営住宅に関わる仕事を通じて、いろいろなことを学んだ。当時から制度への疑問はあったが、なかなか改善は難しいようだ。「家賃補助でなぜいけないのか」の一文が、問題を所在を簡潔に表している。

  本来は、生活に困った人たちの住まいを確保することを目的としていたはずの公営住宅だが、民間の通常の賃貸住宅より高級な仕様になることも度々あった。

  自治体の担当から聞こえてくるのは、「箱型の画一的なものをつくるのは、もう飽きた」の声であり、設計者からは「同じ図面を使い回していては仕事がなくなる」の本音だった。住宅局にすれば、よりよい住宅像について発言する機会を失うのは寂しい、という気持ちもあるだろう。

  かつて、作り手側にいた者にとっては残念なことだが、そうした声はやはり、作り続けることだけを自己目的化しており、本来の目的を見失っていると思う。自己満足といわれてもやむを得ない面もある。

  関係者は初心に立ち返って、簡素で安価、清潔、堅牢のシンプルなポリシーのもとで、費用を抑えた住宅をつくる仕組みの育成に力を入れるか、あるいは家賃補助に代表されるような、身軽な政策にシフトするか、早めに決断して実行していく道を選んだらどうか。それが、住宅政策における主導権を取り続ける、真の道ではないか。

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2004.10.19

雑記041019


装幀の選択権
いいアイデア。
出版物も中身だけでなく装丁を前面に押し出して売りにしてみる。


楽天 三木谷浩史社長の嘘
よくありそうな話し。


ised@glocomの立ち上げ
それは面白そうな。
で、「» ised@glocom始動にあたって」を覗いてみる。

 ised@glocomプロジェクトは、国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの豊かな研究の蓄積と、情報社会の次の局面を切り拓く活動・研究を行っている新世代の起業家、研究者、技術者、ブロガーたちの知見を交差させ、新しい情報社会論のパラダイムを探ることを目的としています。
・・・
 ised@glocomは、従来とはまったく異なったタイプの研究プロジェクトです。このプロジェクトは、いままさにこのページをモニタで読んでいる、そのようなみなさんをこそ読者として考えています。この研究プロジェクトは、学問的な知見において妥協しないことはもちろんですが、決して学会を向いたものではありません。同じように、政策提言や市場分析を含みつつも、決して行政や企業を向いたものではありませんし、ジャーナリスティックな論点を盛り込みつつも、決してマスコミを向いたものではありません。ised@glocomの成果は、まずはインターネットで試されます。私たちの探究を吟味し、批判し、評価するのは、一部の専門家や業界人ではなく、未来の情報社会を作っていくみなさん自身なのです。
恰好の話題提供サイトになりそうな予感。
RSSに対応してないのが残念だが、Watchしたいところ。


毎日新聞の記者の人が、finalventさんに返事を書いたコメント。少し下へスクロールして「毎日新聞 白戸」のところから下。

端的に言って日本の新聞社では、自ら「これは重大なニュースだ」と判断できる欧米のクオリティーペーパーのような地域専門家が計画的に育成されてもいません。紙面をご覧になれば分かるとおり、外信部の記者に与えられたページなど高校野球の記事以下のスペースであり、毎春、毎夏の高校野球取材に動員される記者の数(私も若いころやらされました)は、世界史に残る虐殺事件を取材する記者の何十倍にも達するわけです。

誰もが新聞社というものに幻想を抱いて、期待しすぎなのかも。
情熱のある記者は専門誌で活動するのが筋かもしれない。が、収入を考えると、やっぱり幕の内弁当的な大新聞社が有利だろうな。。。

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2004.10.18

SNSを素直に喜ぶ

音楽の話と若者たちへの期待

GREEのことを、人間同士の本質的なコミュニケーションを忘れてバーチャルな世界に入りびたりになったり、お互い会う時は合コンにしか興味が無い連中だと言い切る人も世の中には居るのですが…私はGREEなどのSNSがもたらす社会的なインパクトが間違いなく人間同士の直接的な出会いに貢献しているのだな、と実感した次第。

SNSを異業種交流会になぞらえて、目新しくも無いとする意見もあるようだけど、素直に考えて、コミュニケーションが広がっていくのはいいことだ。

それにしても

 田中さん 、本当に凄いことやってくれましたね、感謝!!! …これは美味しそうだから、パックリ後からGREEを買ってしまおうなんてことはしないでくださいね!!! 三木谷さん…。
ずばり言いますね。この人は(笑)。
M氏も、新規球団申請への割り込み方を見る限りでは、そう言われても仕方がないところはあるのでしょうけれど。

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2004.10.17

イチローへのインタビュー

NHKスペシャルでやっていた。ということで語録を。

「落ちたところがよかった、詰まったあたりでラッキーだった、というけれど、わざと詰まらせることもある。それは言うとまずいのかもしれないが、自分としてはそうだ。」
たしかに、狙って落としたり転がしたりしているようにも見える。野球のバッティングというよりテニスのショットに似てる。
「自分のミスで凡打になったものには可能性がある。そこをなんとかする。」
いま打てないものを何とかするより、まず打てるはずのものを確実にヒットにする。遠くの目標よりまず近く。

昨年まで苦手にしていた投手を今年は打ち込んだことについて。

「他のバッターに投げるのと違うボール投げてるんじゃないか。ボールが語りかけてくる。「打ってみろ」。こちらも簡単にはやられない。」
いいライバルを見つけたみたい。

最後に

「細かいことを積み重ねることでしか頂上には行けない。」
黙って頷くしかないな。苦手だけど。

これからのことについて。

「この記録は、目標にできるようなものではない。いま野球をやめられたらほんとに楽だとは思う。」
それはそうだろうな。イチロー自身でさえ二度と届かないかもしれない。

でも、イチローの中には、まだし足りないことがあるらしい。

「でも、野球がうまくなりたい。まだ。」

その上手くなった状態は、記録には現れない、あるいは傍目にはわからないかもしれないが、自分にはわかる、と言う。
イチローやっぱりすごいわ。そこまで惚れ込んで打ち込めるものがあるなんて。

これもある種の「あがりがない」生きかたか。

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2004.10.16

ブログで個人で儲けること

ブログを書いて商売になるかどうかは成功者待ち」には比較的真面目なコメントがたくさんついていた。いつになく。(微笑)
なので、記憶のためにメモ。

でも、あれだけいろいろ言うことがあるのだから、自分のブログに書けばいいと思うのだが、それはどうもやらないらしい。ビール飲みながらTVの政治ショーを見る感じで、他人の記事の尻馬に乗ってななしさん名で気楽にやりたいということか。そのあたりがblogとブログの違いなのかもしれない。

と、憎まれ口をきいてみる。あ、多数TBしている人達は別。

しかし、気楽に手短にやりたいという気分には、私もやや同意。
以前なら、ブログで個人で儲ける方法について方法を列挙し例をあげながら解説など付けていたかもしれないが、どうも、そうするだけの何かが最近失われている。ACの要素がもう少し必要なのかもね。「AC」という言葉以前は「パラノイア」という言葉があったけど。


以下メモ
・一次情報→(二次情報)→製品化→商品化→事業化
このつながりのどの辺から枝道をつくれそうか?

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雑記041016


Winny事件公判・第3回
そういえばもう、というかまだ、3回目。
謹厳たるべき法廷におよそ似つかわしくない言葉を繰り返し口にせねばならない法曹な人に同情。ていうか、笑いがこみ上げてくるのを抑えられません。


お気楽な毎日を送ってはいても、いつか陰謀論というのを一度は展開したいと思っていた私。ついに題材を見つけますた。それは「クマ出没陰謀論」。

この秋、日本各地でクマが多数出没し人や柿の木などに危害を加えている。クマの様子が連日報道される一見のどかな平和大国の風景だが、その裏には隠された陰謀が。
陰で糸を引いているのは、この男。直近ではこんな声明も発表するなど、アフガニスタンで死んだと英国政府が言明した死人とは思えない活躍ぶり。
その、泣く子も黙るテロリストが採用した手段が「クマ」。内閣官房の予想をはるかに超えるこの凶悪なテロ手法は日本全国を恐怖のずんどこに陥れている。すでにテロリストの活動は始まっているのだ。明日はあなたの街にもクマの魔の手が伸びないと誰が言えようか。
もし街角で「クマ」に出会ったら・・「インシャラー!」もしくは「インシャアッラー!」と叫んで許しを請うがよいみたいでつ。


あーあほらし。
でもまあ、地位のある政治家が、米国大統領選の一方に肩入れを公言してしまうのに比べたら、百倍まし。

・・人のことは言えないかもな。ネットで言い放題やっていると、次第に自我が肥大化して、それに気付かないかもしれない。
この週末はちょっと反省モードで過ごそう。

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スーパーのスケールメリット

  今年に入ってから近所にできたダイエー系の食品スーパーは、開店当初はかなり割安感があったのだが、このところ目に見えて値段が上がっている。食品部門だけは堅調と伝えられているけれど、あれだけ高いものを売っているのだから当然だ。おかげで私の買い物行動は、バイクで10分ほどのターミナル駅へ買い出しに行く、以前のパターンに戻りつつある。
  あれほどの規模で購買をしているはずなのに、なぜ、より小さな食品専門スーパーにかなわないのだろう。

  丁度、ワールドビジネスサテライトに、ヨーカ堂の鈴木さんが出て話しをしていた。キャスターの関心はつまるところ、ダイエーを取り込むのはイオンかヨーカ堂か、ということだったようで、スケールメリットを繰り返し問いかけながら、なんとか言質を引き出そうとしていた。対して、鈴木さんの方は、スケールメリットなんて問題じゃない、客が欲しいものを置いているかどうかだけが問題だと、いつもどおりの持論を繰り返し説いていた。

  その中で、鈴木さんがちらりと興味深いことを口にしていた。スケールメリットというけれど、商品点数が多ければ1点あたりの購買量は小さいから、ただ買収して売り上げ規模を上げただけでは意味がないというのだ。
  そういえば、ウォルマートの大量購買も、商品カテゴリ管理をした上でのことだから、鈴木さんの意見はもっともだ。さらに言えば、カテゴリ管理抜きで規模を大きくすれば、かえって膨大な商品点数を管理する仕組みに掛かるコストの方が大きくなってしまうだろう。
  当たり前だが、それが専門でやっている人はやはりよく見ている。投資屋さんやTV屋さんがスケールメリットがどうこう言うのとは、少し違う。特に、ウォルマートの文字通り桁違いの売上高を見ると、われわれ素人は幻惑されがちだが、鈴木さんはきちんと要点を押さえていた。

  とはいえ、やっぱりダイエー買収に食指は動いているようだ。寡占化が進むのと、MDに優れた企業が進出するのと、どちらが歓迎か、一消費者としては悩ましいところ。

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2004.10.15

「あがりがない」と「目指せない」

パラサイト社会のゆくえ データで読み解く日本の家族
記事の中で面白いことばを2つ発見。
ひとつは、「あがりのない社会」ということば。
もうひとつは、次の一節の中の「目指せない」ということば。

メディアで取り上げられる成功者たちも、

・元からお金持ちの家系にうまれた人たち
・極めて少数の天賦の才能のある人たち
・世渡り上手でうまくやった人たち

のようなタイプが多い気がする。これでは目指せない。

このあと記事では、

国内にあがりを求めず、国際社会でのあがりを示すのが正解のような気がする
としたり、はたまた、結婚は”なりゆき”だから、ソーシャルネットワークやバーテンダーシステムやらで”なりゆき”を人工的に作り出して少子化対策しよう、という話しに飛んだり、ダイナミックでたいへん面白い。男に少子化対策を語らせると出てきそうな、いかにもなひとつの例だと思う。

  話の筋を戻す。
  「あがりがない」ことは悪いイメージで捉えられがちだけれど、私はこの言葉を前向きに捉えたいと思う。人生という捉えどころのない大きなものに、下手な目標はつくらない方が、なんだかうまくいくような気がしているのだ。もちろん、短い距離のマイルストーンは在ってもいいのだが。
  たまさか成功者と呼ばれるようになった人は、もちろんそれとは違うことを言う。けれど、騙されてはいけない(笑)。その人たちはまさに2つめの言葉「目指せない」人たちなのだから。そんな「目指せない」人の言うことなど、ましてや作り話かもしれない話しなど、信じ込んで悩んでどうする(笑)。

  「あがりがない」も「目指せない」もともに「方向を見失って漂流する」状態を捉えた言葉だと思う。そう考えると、この2つの言葉が否定的に捉えられる理由はわかる。漂流している状態は人を不安にさせるから。そして不安こそは最大の頭痛の種だから。
  でもそんなに「あがりがない」のは不安だろうか。脳味噌の襞を広げてよくお日様にあてて考えてみる。。。。わからない。「グイン・サーガ」のマリウス君を見なさい、というくらい。

私自身は能天気に生きているので、のーぷろぶれむっ なんだが。いまのところは。

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2004.10.14

音楽DLは無料?

ダウンロード型音楽配信は第二世代へ
  楽曲リストの提供は所詮ユーザフレンドリなサービスではなかったと。それに対して、「聞いたその場で購入できる」新しいサービスは、利用者の視点でサービスを組み立てていてよいですね。というお話し。

  話しの趣旨は的を射ていて参考になるけれど、私が気になったのは、この記事の中の別のところ。少し長いけれど引用します。

今日のITmediaに、ロイター伝として「有料音楽ダウンロードユーザーが減った理由は?」と言う記事が出ています。

内容は衝撃的なものです。米国での有料の音楽配信サービス利用者数が4月の130万人をピークに100万人前後で推移する一方、P2Pでの無料ダウンロード利用者は510万世帯から640万世帯の間で推移していると言うものです。前者が人数、後者が世帯数ですから、実際の利用者数はそれ以上の開きがあるところで安定してしまっている状況です。
つまり、音楽ファンの多くが「違法コピー利用者を有料ダウンロードへ移行させる」有力な手法を「便利で、安価で、使い勝手が良いサービスの提供」と主張していたのですが、ここへ来てその効果に疑問の余地が生まれてきたことになります。

この理由として2つ挙がっていて、ひとつは、音楽DLって無料でしょ、という文化が広まっているのでは、というもの。もうひとつは、曲名などの手がかり抜きで楽曲リストだけ在っても、気になる曲を探すのに疲れ果ててしまうのでは、というもの。記事の後半は、2つ目の理由に沿って、疲れ果ててしまう音楽ファンを救うには「その場購入サービス」が有効では、という流れになっている。

でも、2つの理由のうちのはじめの方、「音楽DLはタダ」文化が広まっているとしたら、という方は、追求されていない。

どうなんだろうか。
1曲300円なら買わずに100円なら買うという人は、果たして、100円なら買わずにタダならGETする人、に変貌したりしないのだろうか。

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住宅はストックになったの?

  「“ストックとしての住宅”の時代が来た

この日本という国に暮らす人が心豊かに、安心して暮らせない大きな理由のひとつに、「住むことにお金がかかりすぎる」という問題点がある、と私は捉えている。
には同意。住居費はもっと安くなるべきだと思う。

  しかし,住宅がフローから,ストックに本当に変化したのかは,もう少し見守りたい。
  たしかに,「スケルトンインフィル」は20年を経て、リフォームの世界ではようやく普通の言葉になり始めているけれど,その一方で,「畳は新しい方がいい」という感性があり,式年遷宮とも関係するかもしれない穢れと禊の思想にも長い歴史がある。
  面積も階高も小さい,優良とは言い難い膨大なストックが,今後スクラップされるのか,それともうまく再利用されていくのかも,何ともわからない。

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2004.10.13

Mozilla Thunderbirdに乗換え

Mozilla Thunderbirdをしばらく使ってみている。素人だからよくわからないけど、セキュリティ的に多少安全になったのなら、それはいいことだ。

使い勝手は、OutlookExpressと比べて特にどうということもない。よくわからない点もある。
・「受信」がなぜか「ツール」メニューから「ファイル」メニューに移動している
・「フォルダへフィルタを実行」がうまくできない。(やりかたがわからない)
が、特に不満はない

・メッセージを未読に戻せない。(やりかたがわからない)
これは少し困った。ざっと既読にしながらなめていって、残しておきたいものを未読に戻す、ということをやっていたので、方法を変えなければいけなくなった。

  アプリケーションはとうの昔に主戦場ではなくなっているとはいえ、OEのセキュリティが頑固なまでに怪しいというなら、乗り換えも仕方がないか。
今となってはどっちでもいいのだけど、乗り換えはほんとに面倒だから、できればやりたくないですよ。インストールおたくというわけでもないし。


※デスクトップにあるOutlookExpressのショートカットも、自分向けに書き換えてるのね(笑)。

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2004.10.12

子育てには安定した生活が必要

  「金がなければ、子どもは育たない
  そうはいってもお金(より正確には、安定した生活)は必要という話し。「オニババ化する女たち」も、安定した生活は隠れた必須の前提として書かれているから、主張が対立しているわけではない。

少子化を本気で憂えているのは、政府だけだもん。多産が、個人の幸福につながるイメージが全然ない。貧乏子沢山に耐えて、車も家もブランド品もいりません。って親が言えるほど、子ども、愛されているか? この社会で。
この辺は、「オニババ・・」ではあまり深く触れてはいなかった。本の方は、子どもが愛されているかどうかよりは、女性の幸福とは、という点に焦点があったように読めたので、視点が違うという感じ。
北欧の人とかが幸せそうなのは、仕事を通じて、社会に居場所を確保できているからじゃないかな。子どもを産もうが、離婚しようが、その場が失われることはない。その安心感って大きいと思うわ。潜在的失業者のひとりとして、しみじみと。
このあたりの認識は共通か。これは展開によっては、高負担高福祉の主張の根拠になりそう。


  そういえば、もうすぐ100巻に到達するという偉大なる月刊小説(笑)「グインサーガ」。今月・・じゃなくて今巻「ノスフェラスへの道」も、なんだか似たような話しだった。
  マリウス君のきっぱりした無責任ぶりと、「子どもを愛しているか?」「生活の安定は子育てに必要か?」というオクタヴィア姫の会話が妙に現代風。

結論はなかなか出せないけど、視点を少し変えただけでなにか大括りで意識が共有できそうな気がします。


  それは、産業社会に生きてきたおとな達(男も女も)にとって、怖いことに感じられるのではないか。その意識に忠実であろうとすると、生き方をかなり変えなければいけなくなるけれど、産業社会の枠内では「変化とスピードこそ事業の命」などと言ってはいても、枠組みそのものの変化には臆病で保守的、というのが普通だから。いまの枠組みで成功者と自他共に認めるような人達であれば尚更。

  それをどうする?

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2004.10.11

女と男の身体性


  「オニババ化する女たち」
  少し前に橋本さんのブログで紹介されていたこの本、迂闊に賛否を顕わにしづらいけど、少なくとも現代人が身体性を失っていることは問題だ、という点には賛成していいと思う。また、出産が本来は楽しい経験なのに、さも痛くて辛いかのように誤った認識が広まっているのはよくないという話しにも頷ける。これは、男にそんなことがわかるのかという滑った話しではない。単に、近代医療も何もない時代から何千年も続いてきたことなのだから、楽しくないはずがない、という素直な発想でそう思う。そんなに苦しくて辛いものが連綿と続くはずがない(笑)。

特に少子化に絡んで印象に残ったことばをメモ。

今の少子化対策は、「妊娠出産子育て」というのが、働く女性にとっては重荷になっていて、この近代産業社会を維持していくのに負の要因だから、どうやって公の人たちがその負の要因をカバーできるのか、という議論です。それだけでは女性の心とからだにまったく響かないことに気付いていません。
・・・
子どもを産むことやからだに向き合うことによって、女性の人生というのはレベルアップして、より広い視野を持っていろいろなことができるようになるわけで、やはりそれが喜びであり楽しいから、みなにそういうことをしてほしいと思う、というのが本質だと思います。
そうなのか。端的に「金がない」だけじゃないのね。
やっぱり男は、そういうことは教わらないとわからないんだよな(笑)。



  ところで、女の身体性はそうだとして、男の方の身体性はどうか。
  突然飛躍するけれど、日経本紙の記事「「もっとMOT」は最適解か」を、その手がかりに取り上げてもいいかと思う。
  この記事自体は、技術の規格競争を題材に、MOTとアニマルスピリッツを取り上げたものだ。規格戦争の不毛を繰り返すな、競争のルールをつくれ、消費者の利益を考えよ、というMOT的な発想と、規格間のがちんこ競争こそコストパフォーマンスの向上をもたらし、消費者の利益につながるものだ、徹底的に闘うぞ!というアニマルスピリッツを対置して、研究開発におけるアニマルスピリッツをどうにかして事業化まで繋いだ日本企業の方法が、米国流MOTに勝る点があるとしている。

  男の身体性というと、このアニマルスピリッツに近いものがあるのではないか、という意味で、この記事もメモ。では戦略的思考というもの位置づけは?という点が、うまく収まらないので、微妙に違っている気もしているけれど、そうすると目的設定とか、生きていることの目的とか、捉えどころのない話になるので、その先はまた後日。

と言って逃げておく(汗)。

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2004.10.10

広報軽視は機会損失

日経本紙の中外時評「川口補佐官は機能するか」
  対外アピールが下手な日本の損を書いている。国会開会中の閣僚の外国訪問が難しいなど、日本が対外広報活動を軽視していることはよく指摘されるところだ。記事では98年のダボス会議の例を挙げて、中国が人民元の切り下げを明確に否定して「世界に貢献する中国」を強くアピールし喝采を浴びたのに比べて、日本からは首脳はおろか閣僚さえ参加しなかった結果「何もしない経済大国」との認識を払拭できなかった、としている。

  広報活動の軽視は、この国に広く根付いてしまった体質なのだろうか。国と同様に企業も、広報活動の意味や利益がわからず、損をしていることが少なくないのではないか。記事では、広報軽視がもたらす害を「機会損失」と捉えて明確に書いている。

各国が対外説明により力を入れているときに、日本は逆に「機会損失」を積み上げていたのではなかろうか。
やっかいなのは、こうした機会損失は目に見えないし、国内では感じることも少ないことだ。
そして、
「対外説明能力は総合国力の重要な要素と言っていい。」とした後、この能力を向上させる要素として、2点挙げている。
組織面での十分な支援体制を整えること、さらに最高権力者の首相が全面的に後押しすることだ。この条件を欠くと、容易に政府内で孤立し、諸外国に対して責任のある説明はできなくなってしまう。

「国」を「企業」に置き換えて読んでみれば、思い当たるケースもあるのではないか。広報活動を、単なる販促や営業の延長と考え、組織内に位置づけている企業は、まだ多くありそうだ。


でなことを思っていたら、丁度こんな記事が。
競争ルール戦略

ITは偉そうな顔をしちゃいけない。ITは出しゃばっちゃいけない。自分は、今、こういうことがこんな風に出来ますよ。それは、こんな技術をこんな風に使っているからで、しかも、今、こう変わろうとしているんです。そこを一生懸命自分から下手に出て説明しなくちゃいけない。
・・・
 本当にその他の産業全体から評価して貰いたければ、情報家電産業毎、産業IRみたいなことをしないといけないんじゃないのと。そのために、先ず、自分達が外から見える、すなわち「可視化」を進めることが必要だと。
「可視化」というのは少し癖のある表現だけれど、つまりは知ってもらう、ということか。

「国」レベル「企業」レベルの話しの間に「産業分野」レベルの話しもある、という気付きでした。経産省の人らしい視点。

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2004.10.09

雑記041009


半透明の地図
とっても楽しい。日本版もでないかなあ。


だれがRIETIを殺したのか

特に驚いたのは、所内のeメールが当時の官房長に盗聴されていたことである。北畑氏は、ある人に青木所長の私信のプリントアウトを見せて「こっちはみんな知っているんだ」と情報収集力を誇示したという。

これが個人情報保護法の主管官庁なのだから、あきれた話だ。

へむへむ。まあ、職場のメールなんてそんなもの。
私用や陰謀(笑)の用向きはAirEdgeと自分のノートで。


一方そのRIETIではこんなものが始まっているらしい。
RNA::Recent Entries
どっちもがんばれ。


怖くないよ“幸せの泥”」 (「沖縄の泥んこ祭・パーントゥ」経由)
カオナシ様、こんなところに。ぜにいば様はどうされました。


NHK特報首都圏「急増するインターネット中傷」……ホントに何とかしてほしいね
TVの方は特に目新しい視点はなかった。匿名で発言できる環境を確保しておくことが権力に対する抑止力になる、という意見は正論だと思う。一方、その環境が誹謗中傷をする輩に悪用されるのは残念だが、メリットとデメリットを秤に掛けて、やはり匿名環境は維持されるべきと思う。

散人さんは農業問題に対する鋭い切り口を見せてくれるけれど、その散人さんですら、

いままでビジネスマンが農業を批判することはタブーとされてきた。ちょっとでも彼等の神経を逆なでするとそれこそたいへんなことになるからだ。
と書いた後、
現役を引退したからいまは自由に発言できるが、多くの日本人は触らぬ神に祟りなしとしてこの問題に触れずにやってきた。政治家もそうである。ごく少数の勇気ある人達が散発的に(それもこわごわ)発言しているにすぎない。
としている。「農業関係者」という集団が振るう権力は、現役実名で抑止することは難しいのだ。


久しぶりに匿名関係のことを書いてしまいました。この問題は得失を考えながら慎重にバランスポイントを探るのがいいと思います。



おっと、いい台詞。
日本には日本独自のスタイルがあり、それはそれで別価値であるというロジックを成立させなければならない苦労は野球に限らない。
米国を頂点とする価値の体系に抵抗。

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2004.10.08

諸星大二郎がえ(ry

諸星大二郎が映画化!
えぇぇぇぇ?! ほんと?

しかも実写?
えぇぇぇぇ?!
 
 
やめて。
 
 
 
 
そういえば西遊妖猿伝はその後?

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2004.10.07

人は己の想像力の虜囚

情報からの逃避行動

私の場合は,誰かAさんが誰かBさんを評して,事実に基づかないあれこれを言っているときに,似たようなことを考えます。
Aさんに限らず,人は,自分の想像の範囲でしかものを考えることはできないと思います。

だから,他人について事実がわからないときは,どうしても,自分に想像できるようなこと,そして,無意識に自分ならやりそうなことを,他人であるBさんに当てはめて考えてしまうのではないか。

そうだとすれば,これは結構こわいことです。何気なく人様について話したことが,はからずも,自分の内面や想像力の限界-それを器と呼んでもいいと思いますが-を暴露してしまうことになるからです。

そう思って自戒することが多い,器の小さい私です。

そう思って,口にする前に思ったことを,自分の今をこっそり知り,乗り越える手掛かりにしている,お気楽な私です。(笑)

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2004.10.06

ampmで傘を取られた

松屋で傘を奪われる」を読んで笑ったがひとごとではない。コンビニで同じくやられました。

取られたのは買ったばかりの大振りで綺麗な白いビニール傘。後に残されているのは、使い古された小さな透明のビニール傘。どう見ても間違えようがない。
ほんの30秒くらいの間なんだがなあ。
仕方なく新しい傘を買って帰った。コンビニだったのは不幸中の幸い。

ずっと降っていたから、自分の傘がないわけではないのだろうけど。

やっぱり傘は安物を買って使い捨てていくのがいいのかな。


なんだかさもしいな。

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サンとHPのいつもの争い

またブログが火種に--サンの見解にHPが猛反発

ブログ以外にも、講演での発言などが火種になることもある。一方のHPのCEOも、本当かどうかはわからないが

Sunの株価下落を示すスライドを見せつけながら「Sunは完全に過去のもので、同社が倒産することは誰もが知っている」と顧客に話している
のだそうだから、まあお互い様なのだろう。
日本の社長さんたちのブログが、食事の場所や昔話になりがちなのと比べると、大層な違いだ。米国には風説の流布で訴えられるリスクはないのかな。数字や事実を挙げて論理的に主張しているから問題ない、ということか。

ブログ掲載で世界に向けてHP(とHP-UX)をこきおろしているサンと、口頭で顧客相手にサンをこき下ろしているHP。ブログを使っている方が、危ない橋を渡っている感じはある。それだけ稚拙だともいえる。

サンの功績は大きいと思うけど、苦戦続きがもう長いなあ。

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2004.10.05

ソロスのブログ

「ブッシュを再選してはいけない理由」を語る、ジョージ・ソロスのブログ
ができたそうです。要点がまとまっているのでそのまま引用。

All my experience has taught me that you can't introduce democracy by military means. It has to come from the people themselves.
The way we invaded Iraq will make the task of spreading democracy more difficult than it was before. Acting arbitrarily and unilaterally has undermined our credibility. This is something I am experiencing personally in the field.
ブッシュが再選してくれたほうが日本経済にはプラス、という説は、ソロスに言わせれば、近視眼的反応、ということになるかも。

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ネット・宇宙・神

  大袈裟なタイトルをたまには付けてみる(笑)。

  「SNSはパソコン通信時代への回帰現象?
  SNSはパソコン通信と同じだという以前からの説に、納得している人は多いと思う。ひと世代を経て、新たな世代が、似たようなものにはまっている、というだけのことだ。

  パソコン通信のBBSをネットにオープンにしようとしたとき、利用者から、「誰が居るともわからないネットに、自分(達)の書き込みがオープンになるのはいやだ」という抵抗があって、憮然としたことがあった。サービス提供側がそもそも抵抗していたな(笑)。
  今思うと、内輪だけで楽しむ会話という捉え方と、天地人(おおげさ(笑))に向かって話すともなく話す感覚とは、どう見てもすれ違っていたと気付く。でもまあ、それがお客様の声というもの。

  内輪で話したいのなら他に手段もあろうけれど、宇宙に向かって何気なく話し放しにする感覚は、ネットでしか味わえないと思う。その意味で、SNSにマーケティング的な興味はあっても、コミュニケーションツール的な興味はあまり感じない。やっぱり単独行のblogが自分には合っていると思う。


  と思っていたら、こんな文章があった。
  「パソコン通信時代」。 そしてそのコメント

意識というのは、なにか、本質的に「神」に向き合っているような気がします。・・・
ただ、「神」というのは共同性の意識でもあるわけで、そのあたりは、率直にいうとよくわからないなという感じがします。神学的には孤独と神の対話からΛ(ラムダ)式に他者とのつながりとか言えそうなのですが、実際は、ただ、神に向き合っているような気がします。ま、こんな話をするだけで、日本だと、変人扱いですよね。
そうでもないとも思う。私は学がないからわからないが、特に変人だという気はしない。


ネットを雲のように記述した初期のネット技術者たちは、その点、鋭い感性を持っていたなと思う。

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2004.10.04

雑記041004


圏外のひとこと「高い事務処理能力とコミュニケーション能力」から。

業界は全然違うけど、自分のいる会社で、そういう傾向の萌芽を感じて、ちょっと危機感を感じています。前はもっとこの感じが色濃い所にいて、そうでない所に逃亡したつもりだったのですが、こういう傾向が日本中を覆いつくしつつあるのかなあ。
いやな傾向ではあります。企業は徐々に即戦力のみを求めるようになっていくでしょうから、働く側も教えてもらえると期待しないほうがいいかもしれません。頼りになるのは。。最初は資格、時間とともに実力、という感じになるのでしょうか。
まあ、このトレンドは極まったら崩壊するしかないので、そろそろ逆に向かうような気もしますが。
技術の囲い込みを目指す企業なら多少は期待できますが、サービス業などではこの傾向は反転しないような気がします。日本社会全体がそういうパラダイムへの移行を目指していると思うので。


池田信夫 blog「Star Suite

利用期限は1年だが、MSのほうもすぐアップデートするから、似たようなものだろう。
そういえばそうだった。
ソースネクストのセキュリティソフトは、XPでは青い画面を誘発してだめだったけど、パワーポイントのような、「多少おかしくても手で修正」が利くものならかなり使える。仕事場で見かけたOCRソフトもその類。

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2004.10.03

らくだの涙

  ネタばれです。

  東京とは違う時間の流れに、2時間ほど浸ってきた。らくだの涙と子育てを結びつけた解説や感想はあると思うけど、残念ながらやや退屈だった。よく寝なかったと自分でも驚き。ここの満足度ランキングで1位だったので見に行ってみたのだが・・マニアの人には受けがいいのだろうか。

  でも、まるでつまらなかったというわけでもない。遊牧民の生活に入り込んでいる現代のにおいと、変わらずに続く生活との同居が、私には楽しめた。

  例えば、若い母親が小さな女の子を寝かしつけるとき。服装はモンゴルの伝統衣装だし家は小さなゲルだし、現代とは隔絶した光景だけれど、腕の中で寝息をたて始めた子を起こさないように丁寧に寝かせてやるところなどは古今東西変わらない景色で、見ていて暖かい気分になる。そして小さい掛け布団をそっと掛けてやるのだが、これがなんとハローキティの柄。それまで、砂嵐に隔てられた見知らぬ世界の話とばかり思っていたのに、突然、現代世界が降って湧いたようで、その同居がなんだか不思議。あの子ども用の掛け布団は、若い母親が自分で選んだのだろうな。ばあちゃんやひいばあちゃんが選んだのじゃないと思う。

  お話しの後半では「県庁」という大きな街が出てくる。そこでは人々の服装も普通に現代風なので、草原一家の民族衣装は演出だと、遅れて気付く。また、草原の生活にも入り込んでいる現代的なものは、この県庁が発信していることも。テレビやビデオゲーム、ダンス教室、アイスクリーム、単車などが一気に出てきて、にわかに画面が騒がしくなる。子ども達はその騒がしさや活気の虜だ。草原の生活のみすぼらしさが、それとなく暗示される。

  最後は、県庁から来てもらった馬頭琴弾きの演奏で母駱駝を落ち着かせて、子育てに復帰させるという筋。騒がしくて現代的な街から来た音楽師。音楽を娯楽として扱い、商売にしているはずの音楽師が、その現代性に反して、昔ながらの実用性のある音楽を草原にもたらす。駱駝の子育て問題が無事解決したあとは、音楽を伴奏に草原一家の喉自慢大会で、再び草原の生活礼賛に戻る。

  で、エピローグはというと、やっぱりTVを買ってアンテナをセットする場面。そりゃ、子どもはTVが好きだよね。動きも色も音もお話しも、じいちゃんの昔話よりずっと刺激に満ちているわけだし。

  見終わっての感想といえば、草原の伝統的な暮らしと現代的な要素、それを貫く普遍的な生活の芯が入り混じって、そこそこ落ち着きと動きを見せているという、可もなく不可もない印象だった。

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2004.10.02

電気自動車はイノベーションのジレンマ

  NHKスペシャルで、電気自動車を取り上げていた。最高時速370キロ。ガソリン換算燃費リッターあたり25km。1回の充電で300km走る。加速はポルシェを上回る。性能は申し分ない。
  仕組みもシンプルだ。車輪の中にモータがあるだけ。ギアもトランスミッションもない。平らな床下に電池がぎっしり詰まっているだけだ。性能の秘密は高性能のモーター。ただそれだけだ。
  欠点は試作品の電池の価格。1台分で2000万円とのこと。しかしこれも、中国メーカーと組めば200万円になる。量産すれば当然、もっと下がる。

  ところが日本メーカーは及び腰だ。確かに、現代の車は移動するだけでなくいろいろな楽しみの要素を持っており、環境問題も大事だが車の楽しさも大事だ、というメーカーの主張はわからなくもない。乗り味とか操る楽しさなどがあるのはわかる。それが好きな人は、これまでどおりガソリン車を選べばよい。
  しかし、買い物の足や、楽に移動する手段として車を捉えている人も多いはずだ。その需要も大きいのではないか。自動車メーカーは顧客の声に本当に耳を傾けていると言えるか。

  自動車メーカーの本音は、複雑なガソリンやディーゼルエンジンの製造力で寡占化した自動車市場を手放したくない、ということかもしれない。電気自動車のようなシンプルなものを認めれば、電池メーカーなど異業種からの参入で、これまでの優位性を失うことは、容易に想像できる。現に、モーター製造力のある日立製作所が、電気自動車を武器に自動車市場に参入か、というニュースが流れたこともあった。自動車メーカーがそれを喜ばないのは当然だ。

  しかし、手をこまねいていては、中国メーカーに先を越されるだろうことも明らかだ。番組でも取り上げていたように、彼らには、護るべきガソリン車市場などない。これから自動車市場をつくっていくにあたって、電気自動車をはじめから選択肢として持つことに、ためらいはないだろう。

  まさに、イノベーションのジレンマ。絶好の実例がここに。いまは絶好調に見える日本のガソリン・ディーゼル車メーカーは、このジレンマを克服できるのか。

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イチロー新記録達成

  ちょうど米国出張中の知り合いのメールによると、「イチローあっさり新記録」だそうです。
すごい。素晴らしい。

  「日本人の技術の結晶(日経春秋)」などと寝ぼけた我田引水はやめて、素直にイチロー個人のすごさを讃えたいところです。

  それにしても、街中をほっつき歩いていてふとノートを開くと、マスコミ経由より先にニュースが飛び込んでくることにも、すごさをかんじました。
と、人のことは棚にあげて我田引水(笑)。

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イラクの治安は悪化しているらしい

このコメント欄の、kagamiさんの話し。

誘拐ビジネス横行による治安の極度の悪化により、大人ですらもはや外も歩けない様のようです
そんなにひどいのか。
  外国人だけでなく、自国民の富裕層も標的にしているというから、地震のあとの一般市民による商店略奪、みたいな醜さを思わせる。
  だれでも状況でそうなり得るから、そういう状況を作り出さないように知恵を働かすのが政治というもの、と思っていたけど。回復させるには、宗教に頼るしかなくなってきているのかも。

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2004.10.01

雑記041001


緑一色のここのblogで、ヤマト運輸と郵政の話しが。今後の展開が期待される。一方、国民年金問題は、木村剛さんのblogがTV出演までして取り上げたりしていたから、もうすぐ解決するはずだ。
と思ったら、最近、年金の話しがない。ブロガー新聞なんて誰でも思いつく話しに入れ込んでいないで、歯ごたえのある年金の話を継続的に取り上げて欲しい。そんなことができる人はそうはいないのだから。

ていうか、厚生労働省から見事せしめたデータは、その後どうなったのでしょうか。気になります。


四国で野球リーグって本気の話しだったんですね。
選手の月給12万円。。。。野球への愛なくして語れない。

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