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2004.09.10

価値の見方

  このひと月ほど、新聞記事をネタに毒にも薬にもないことを毎日書くようにしているけれど、これだけの分量の記事を毎日送り出しているマスメディアというものはやっぱりバケモノかも、と改めて思う。まあそれが普通に組織の力というものか。仕組みに従う普通に優れた人たちが、入れ替わり立ち替わり動かしていく組織。

  ところで今日の日経の「大機小機」は、「知識社会と所得格差」と題して、知識の巧みな活用がもたらす富の偏在と、その年月をかけた平準化のプロセスを簡単に俯瞰して、一時的な格差を理由に進化そのものを否定しないように説いている。

  ここで言う格差とは、尖って優れた少数の人たちと、その他大勢という構図。言ってみればGoogleのような組織が連想させる格差だろう。少数の突出した成果を、コンピュータが増幅して量的な効果に繋げるというわけだ。

  と書くと、前者と後者で関わる人間の優秀度の分布が違うように見えるかもしれない。緩やかな山型の集団と、突起を持つ平原型集団の違い。HRMの本など読むとよく出てくる概念だ。

  しかし、ことGoogleに関しては、それは錯覚ではないか。Googleという仕組みだけを見るのではなく、それが参照している膨大なリンクまで視野に入れれば、googleが生み出す価値は、ごく普通の人たちが自分の価値観の表明として作ったリンクを拾い集めてきたものに過ぎないことが見えてくるはずだ。

  価値というものは本当に捉えにくい。この例をして、やはりgoogleは別世界の偉大な価値だとみるか、それとも自分の一部がそれと関わっていることで、自分の価値を再認識するか、ひとつの大きな分岐点だと思う。


  適切な例えかどうかわからないが、テロに追いやられていく人たちに、そうした意識の断片でも伝わることで、何か違った展望が開けないかと思うのだけれど。

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