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2004.09.17

東洋と西洋、森と木の話し

  月間100万PVを目指すという「Passion For The Future」の昨日の書評は「木を見る西洋人 森を見る東洋人思考の違いはいかにして生まれるか」。母親の教育方法がぜんぜん違う、という話は目から鱗。それが何世代も引き継がれて文化になっていくのだろうな。
  以前「kom's log」にあった、言語がもたらす思考様式の違いの話しといい、やっぱり文化という環境の中で人間は作られていくのだなあということがよくわかる。

  ところで、橋本さんはあえて深くは触れていないけど、小学生の女の子がやらかしてしまった例の事件、この東洋/西洋の違いという視点で見るとどうなるのだろう。原因は環境にあるのか、本人にあるのか。
  マスコミ等では、原因は本人にあるとした結論を批判して、環境についてもっと原因を掘り下げるべき、という論調が見られたけれど、西洋的な視点でみれば、これはまぎれもなく本人の異常性に由来するということになるのだろう。「同じような環境の他の子供は普通に育っている」というのがそのひとつの論拠になる。
  もちろん一方で、「同じ環境の子供は皆同じ危機を心の奥底に抱えており、事件の形で発露するかどうかは確率の問題」という反論も東洋人としては当然だ。その場合は、「その根本原因の解消こそが本来の目的だ」ということになる。西洋的というかプラグマティックな立場からすれば「メタ構造に問題をすり替えている」という批判の的になるのだろう。
  考え始めるときりがない。私はどちらも都合に合わせて使い分けている。ご都合主義との批判は、あえて受けようと思う。明晰で首尾一貫した哲学だけで、現実の問題が解決に向かうとは思えないので。

  というところで、現実の問題に向き合う時間がもう来てしまった。とほほ。

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