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2004.09.13

人間は単なるコストではないこと

  ネットやIT技術の普及で、特定分野の仕事が無くなる話しを何度か書いた。「突然、仕事が価値や意味を失う事態に直面した人は、どうしたらいいか」。そのひとつの答えは、当たり前だけれど、「人間にしかできない価値を見つける」だ。当たり前すぎて忘れていたが、このところ内容が安定してきているメルマガのひとつ「電脳市場本舗~Marketing Surfin'」の今号を読んで思い出した。

  注意しなければならないのは、「人間ならではの価値」を、「高度な学問を身につけて、大多数にはわからない技術や情報を操ること」に限定しがちだが、そうではないということだ。
  文化が発達した日本にあって、誰もが身に付けていたはずのもの。最近は失われつつあるらしい、他者との関係性に係る諸々。それこそは「人間ならではの価値」の典型だ。

  この種類の価値は、古くは「互恵」として交換されるものだったと思う。見返りを求めずに「お互い様」として行われ、そのお返しは当の相手から直接ではなく、巡り巡って思いがけない別のところから、多くの場合は自分が困っているまさにそのときに、戻ってくると信じられていた。それが世界観として共有されていた。

  世の中はいま、少し変わり始めている。お金というものが、以前よりも深く人の関係に関わってきていて、その流れは止められない。
  であれば、「人間ならではの価値」を、互恵というかたちだけでなく、素直にお金のかたちに換える感覚を認めてみてもいいのではないか。それはみっともないことではなくて普通のこと、にしてもいいのではないか。

  もちろん、矛盾は抱えることになる。相手がお金を払わない(払えない)ときに、それなら何かしてあげることをドライにやめるのか。ホームヘルパーの世界では早くから問題として認識されている。

  対処方法はまだわからないけれど、この方向が大筋で有力であることは間違いないだろう。二極化する世界が、対立と亀裂を生まないようにするには、これしかないと言ってもいいくらいだ。人間は単なる「コスト」ではないのだから。


それとも、単なるコストなのかな?

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