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2004.09.04

blog的

  土曜日だというのに、一人仕事場で法律の条文とにらめっこだが、ようやく終わった。こんなに激しく降る夜は、窓をいっぱいに開け、明かりを消して、雨音と涼しい風で部屋を満たすのがいい。

  などと気取っていて、ふと今日はまだ何もエントリしていないのに気付いた。まず昨日いただいたコメントに返事を書こうと、気楽に書きだしたら、案外重要かもしれないことに気付いたので、それを書く。

  昨日、blogと新聞についてまとまりのない文を書いた。blogをやっている人にはもう当たり前のことなのだが、肝心なことを書き忘れていた。


  以前、伊藤譲一さんが、ご自身のblogについて「当初は気楽に書いていたが、読者が増えて顔が見えない不特定多数に読まれていることを意識し始めると、あたりさわりのないことしか書けなくなる」ということを書いていた。

  それは大新聞の現状にぴったり当てはまる。大新聞というものが置かれた状況、不特定多数の読者を想定しなければならない状況は、記者のみなさんに、保守的で予定調和的なことを書くよう強いるのではないか。せっかくの文才や冴えた視点を腐らせている人も多かろう。

そう考えると、blogを書くとき注意すべきことのひとつがはっきりする。

読者に不特定多数を想定しないこと。
それは言い換えると「格好つけないこと」とも言えるかもしれない。抑制を旨として訓練を積んできた一流の記者には、かえって辛い状況かもしれないが、それがまあ、blogというものなのじゃないか。


  直接にはあまり多くない読者を想定して、書き手が比較的自由に書ける雰囲気を保ちながら、間接的で素早い情報の伝播が、マスメディアと遜色ない情報のリーチをもたらす。拡散する情報は、不特定多数の読者という幻影に囚われない、書き手の個性そのものだ。

  それって、とてもblog的だな。


明日はキャンプに行こう。エントリはお休みかな。


[追記]
元記事が移動したのか、読めなくなっているので、記憶で書いてしまうけれど、伊藤さんの記事では、「顔の見えない不特定多数を気にする」のではなくて、「顔が見える大勢の人を慮る」ことが、あたりさわりのない記事になる原因だ、となっていたような気がする。お詫びして訂正します。
その上で改めて、やっぱり、かっこつけずに本音を書くことが、blogの特徴だ、と言ってしまおう。

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