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2004.08.25

新聞もエッセンスだけ

  有料のメルマガがで長く続いているものには、それなりの価値があるのだと思う。そうでなければ、惰性だけで購読料を払い続けるわけがない。特に良いものは、対象分野のエッセンスが詰まっていて、毎回読むのが楽しみだ。

  一方、「新聞「牛丼論」 」では、商品としてパッケージ化された情報について説いている。新聞のような媒体はバラエティに富んだ情報のパッケージで、牛丼が肉とご飯とタレと薬味のパッケージであるのと同様に、そのパッケージングに訴求力がある、という説だ。
  それはうまい比喩だと思う。しかも新聞だから早い、安い。少なくとも雑誌よりは(笑)。

  ネットが情報を断片化するという話はよく聞くし、否定するつもりはないけれど、集約あるいは編集の努力も当然行われている。各種ポータルの類がそれだ。Yahooのような大きなもの、個人のディープなもの、人力編集によるもの、ロボットが自動化しているもの、ASP型のもの、クライアントアプリケーション型のものなど様々だ。それを考えると、パッケージが無くなったわけではなさそうだ。単に新聞社などのお仕着せのパッケージに、人々が諾々とは従わなくなったというだけのことかもしれない。

  ビジネスとして成立しにくくなったというけれど、新聞のようなパッケージの中身の大部分が、興味を持たれなくなっているということが、より本質と思う。

  なによりも、冒頭のような中身の濃いメルマガが、印刷や配布のコスト無しで実現されていることに注意すべきだろう。情報の編集(パッケージング)そのものは、依然として付加価値の高い仕事であり、価値を失っているのはその周辺の埋草原稿と事務作業である可能性が高い。

  持ち帰りの牛皿を買って、家で納豆あえにして食うのが、昨今の楽しみ方なのだ。(お腹をこわすので、よい子は真似してはいけません(笑))

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