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August 2004

2004.08.31

台風16号

  台風すごいみたい。夜半に入って、東京でも風が強くなってきました。昼間、生暖かく蒸していたから、この風は気持ちがいい。でも進路にあたった地方ではたいへんらしい。

  TVの中継に映っていた、北九州にあるスペースワールドという遊園地は、今でも営業しているのかどうか知らないのだけど、その観覧車のゴンドラが、団体で *大 車 輪* してます。大車輪というのはつまり、セゾンカードの永久不滅ポイントの宣伝で、おじいさんが鉄棒でぐるりんぐるりんとやっているアレです。観覧車のゴンドラがですよ。
団体で、ですよ。

  とってもシュール。

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2004.08.30

資格学校規模やや増

  とりいそぎメモ。日経本紙「シグナル発見」から。矢野研調べによると、2003年の資格取得学校の市場規模は前年比3%増、英会話・語学学校は同1.5%増。教育訓練給付金制度の給付率と額が昨年5月に下がったにもかかわらず成長維持。記事は、五輪の心理的効果という文脈の中でこれに言及。
  一方日商では簿記等の資格取得者数が減少傾向で先行き不安という話もある。矢野研の調査結果はどう折り合うのか。この市場は今後伸びるのかどうか。

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2004.08.29

オンラインゲームから球根の連想

  「オンラインゲームの経済モデル」で、オンラインゲームの近況がありました。思えば「朝のガスパール」が書かれてから、もう15年。Ultima Onlineが始まってからでも7年。。。世の中変わるわけです。

  オンラインゲームといえば、韓国での職業プレーヤーの話しなどが昔ありましたが、いまでも成り立っているのでしょうか。日本では、プレーヤー数の頭打ちなどが言われていたこともありましたが、今はどうなのでしょう。以前は、現実の生活や仕事が忙しいので、オンラインゲームはそれほど大きな市場にはならないと思っていました。今時点の規模を私は知らないのですが、伸びているのでしょうか。

  渡辺さんの記事は、プレーヤがシステム利用に対して支払う対価という視点ではなく、プレイの結果得た仮想のもの(アイテムやポイント)に対する対価という視点を取り上げています。考えてみると、社会が十分な生産力を持っていれば、仮想空間でのプレーヤーを職業と考えて、それを養うことも、十分可能ではあります。その活動や挙げた成果に関心を持つ人が定常的に居て、その価値に対してお金を払いさえすればいいのですから。実際、記事によれば、そうした動きはあるようです。

かくして、ゲームの世界はめでたく現実社会と繋がり、リアルな経済活動とリンクしていく。例えば、非常に効率よくゲーム内での希少財を獲得できるプレイヤーがいたとして、リアルマネーとの交換が保証されていればそれはもう職業になってしまう。そして、たかがゲーム、たかがネットではなくなっているのはゲーム内の経済活動に対しての課税を政府が検討し始めていることからもフォローされる。
政府が課税を検討しているとは知りませんでした。米国政府のことでしょうか。
  そういえば、ネットコマース(ネット経由の売買)に対して米国は非課税で来たのを改めて、課税すべきとかなんとかいう話があったような。「オンラインゲーム内の活動を職業とする一群の人達」のリアリティの話しとはまた別のことですが。

  私はひとつ気になることがあります。記事の中でも触れられているとおり、オンラインゲームの世界には中央銀行が「まだ」ありません。あるのは、ゲームを提供している企業がつくるシステムだけです。
  そのことは、今後、問題になるかもしれません。ゲーム提供企業が、ある日突然、仮想空間のルールの変更、例えば必勝パターン潰し、アイテム交換レートの変更、マップの拡張などを、ゲームバランスを保ったり、イベントで盛り上げたりするために行えば、仮想空間の秩序は簡単に変わり、それを職業とする人に大きな影響を及ぼすからです。
  第三者が仮想中央銀行運営を業として営むのはビジネスになるかもしれませんが、まあそれはそれ。(微笑)

  この辺り、昔オランダで起きたと聞く、珍種の球根の争奪戦を思い出す、と言ったら飛躍しすぎでしょうか。根拠のあいまいな価値観に乗って、「みんな」の合意で価値ある経済活動を行っていたが、ある日突然ルールが変わり、あっというまに活動が無価値になる。そうしたおそれがあるという点で、類似を感じます。
  もっとも、それを言えば、国家が発行している貨幣も、同様かもしれませんが(笑)。

  オンラインゲーム空間が現実空間に比べて小さいうちは、「所詮は遊び」で済む話ではあります。ということで、私の興味はやはりそこに還っていきます。ネットゲームの世界は果たして、現実世界に比べて無視できないほどの規模になっていくのでしょうか。株式市場がそうであるくらいに。

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ヴァン・ヘルシング

  ネタバレてます。

  出だしは007かな? という感じ。ゴシックをちょっと混ぜた妙に現代風な感じはわりと好み。なので評価は甘くなります。エンタメとしては悪くないかな。
  それにしてもケイト・ベッキンセイル。その何と言うか露骨な衣装はなんですか(笑)。芝居がかった登場シーンといい。でも衣装のおかげで「アンダーワールド」のときに感じた線の細さは消せています。

  アンダーワールドといえば、ヴァンバイアとライカンが対立抗争を繰り広げていましたが、このヴァン・ヘルシングでも、ヴァンパイアとウルフマンの関係は微妙。が、それはまあ見てのお楽しみということで。

  私に刷り込まれたドラキュラ伯爵のイメージは、絶対の強さ。強烈な悪。それなのに最近の伯爵ときたら情けない。変に取引したり腕っ節では狼男といい勝負なんて。でもまあ、そうでもないと倒せないから仕方がないのかもしれませんが。
  かわりに暴虐のかぎりを尽くして魅せてくれたのが、伯爵の三人の花嫁たち。八面六臂の活躍で薔薇色の悪の世界を味わわせてくれたばかりか、伯爵の実験を盛り上げるときは、バックコーラスまでかって出てくれました(笑)。

  ヴァンパイア映画の基本である、暗く重苦しいゴシック調を、わざと外すことで、妙な魅力をつくりだしているこの映画。なかなかよさげなニューヒーロー、ヴァン・ヘルシングを生み出してくれました。
  のはいいのですが、のっけからヴァンパイアのような強大な悪の親玉をたおしてしまって、このあとはどうするのでしょう。続編の予定はないのかな。

はっ もしや次回は「文明の衝突」最前線でしょうか。それとも時代を遡って、三部作の1と2でしょうか(笑)。

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2004.08.28

五輪サッカー決勝

  アルゼンチン×パラグアイ いい試合。分厚い波状攻撃と素晴らしい守り。特にパラグアイが10人になった後の10分ほどは手に汗握る展開。これがどう手に汗握るかというと、パラグアが攻めている。。。
アルゼンチンは1点リードだから、まあ耐えればということなんだろうけど。
いかん。残り10分。書いてる場合ではない。観ねば。

あっ 9人になった。。。決まったか。。


最後は1点リードで2人多いアルゼンチンがゆったりした試合運びでちょっと緩んだが、全体に堪能した。
両チームともすごかったけど、アルゼンチンのタックルは正確にボールを弾いていたのに対して、パラグアイのそれはボールを捉えることが少なかった印象がある。ピッチにいる選手にはそれだけ力の差が感じられていたのだろうか。

日本にもがんばって欲しいけど、まだボールを蹴っ飛ばしてる感じがなあ。今日のアルゼンチンみたいに、やさしくタッチする感じになったら、もっと上が狙えるのかなあ。

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日本とドイツの言葉と環境

  日本人とドイツ人の思考方法を比較した面白い文章がありました。「Jungle Walk

  日本語からドイツ語への翻訳で突きあたった困難に端を発して、話しは言語構造と思考方法の違いに発展します。日本人はジャングルを歩くように文脈依存で思考する。ドイツ人は木構造で論理的に思考する。そしてその違いは、論理的に考える訓練の有無だとしています。ドイツの生活環境と言語は、その訓練を、使う人に強制するようです。

  確かに、日本人建築家といわれる人たちの文章は、日本語で読んでも、わけがわからないものが多いと思っていました。読むほうの頭が悪いのかとずっと思っていましたが、そうではないらしいとわかって少し安心しました(笑)。

  そう書くと、論理的に考えるのが、文脈依存で考えるより高級だという話に進みがちですが、Komさんは、この2つに優劣はないとしています。むしろ、訓練の有無なのだと。それは私にとっては新しい発見です。

日本のジャングル文章もまた、魅力的で開かれた可能性だ。それはそれで素晴らしい。否定することはない。論理的であること、論理的に文章を書く、というのは思考の問題ではなく、たんなるテクニックの問題なのだ、と私は思っている。
  いつも短い時間でいいかげんな文章を書き散らしていて、少し気がとがめてはいたのですが、訓練で論理的に書けるようになるのなら、まだ希望はある、ということでしょうか。
  少し意識して書くようにしてみようかな。

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2004.08.27

ついに携帯定額無制限インターネットか?

  auがんばれ。「OperaがKDDIと協力してBREWにブラウザを移植することを発表」だそうです。NDO::Weblog経由。

  すばらしい。ユーザとしては。小額課金で生きてきた企業は、これからたいへんそうだけど、それはとりあえず棚上げして、まずは乾杯。
  エッジを使っているけど、例のopera搭載携帯は、32Kしか使えないのが不満で、端末更新はしなかった。パソコン用のエッジとセットで安く使ってきたけど、WINでもっと高速に携帯から*自由に*ネットに繋がるなら、乗り換えは必至。

  冷静に考えてみれば、国内の携帯市場は頭打ちだから、auのこの政策は必然なのかもしれないが。。どうするDDIポケット。どうするdocomo。

  次はPDA+opera+定額高速ワイヤレス接続を期待。

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2004.08.26

二極化と景気の話

  新卒会計士さんの年収が380万円と新聞に載っていた。そんなに安いのかと驚くような値段。専門知識の評価というのは、そんなものなのか。会計士に限らず、知識やノウハウを売り物にするコンサルティング業は、儲けるのが難しいという話は確かに聞くけれど。
  一方でスター弁護士のような人たちの高い収入を見ると、必ずしもコンサルティング業が儲からないとは言い切れないが、製造業などに比べてリスクが大きいとは言えそうだ。
  一部の成功者が大きく儲けて、他はどんぐりの背比べというのが、この分野の構造なのかもしれない。知識や知財絡みの分野はおしなべて同様だろう。

  二極化が唱えられてからかなり時間が経つけれど、その一方で景気が話題に上るときは底上げとか平均の話になりがちだ。しかし、二極構造のうち大多数を占める極は、二極化の言葉どおりに以前より収入が少ない。そのことと、景気が「底上げ」するとかしないとかの話が混在している状況は、矛盾を感じさせる。二極である以上は、景気も偏在するよりほかないかもしれず、全体・平均に基づく話は焦点がぼやける感じがする。

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2004.08.25

新聞もエッセンスだけ

  有料のメルマガがで長く続いているものには、それなりの価値があるのだと思う。そうでなければ、惰性だけで購読料を払い続けるわけがない。特に良いものは、対象分野のエッセンスが詰まっていて、毎回読むのが楽しみだ。

  一方、「新聞「牛丼論」 」では、商品としてパッケージ化された情報について説いている。新聞のような媒体はバラエティに富んだ情報のパッケージで、牛丼が肉とご飯とタレと薬味のパッケージであるのと同様に、そのパッケージングに訴求力がある、という説だ。
  それはうまい比喩だと思う。しかも新聞だから早い、安い。少なくとも雑誌よりは(笑)。

  ネットが情報を断片化するという話はよく聞くし、否定するつもりはないけれど、集約あるいは編集の努力も当然行われている。各種ポータルの類がそれだ。Yahooのような大きなもの、個人のディープなもの、人力編集によるもの、ロボットが自動化しているもの、ASP型のもの、クライアントアプリケーション型のものなど様々だ。それを考えると、パッケージが無くなったわけではなさそうだ。単に新聞社などのお仕着せのパッケージに、人々が諾々とは従わなくなったというだけのことかもしれない。

  ビジネスとして成立しにくくなったというけれど、新聞のようなパッケージの中身の大部分が、興味を持たれなくなっているということが、より本質と思う。

  なによりも、冒頭のような中身の濃いメルマガが、印刷や配布のコスト無しで実現されていることに注意すべきだろう。情報の編集(パッケージング)そのものは、依然として付加価値の高い仕事であり、価値を失っているのはその周辺の埋草原稿と事務作業である可能性が高い。

  持ち帰りの牛皿を買って、家で納豆あえにして食うのが、昨今の楽しみ方なのだ。(お腹をこわすので、よい子は真似してはいけません(笑))

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2004.08.24

ダイエーの記憶

  子供の頃、家の近くにはじめて出店してきた頃は、ダイエーという店は光っていた。行き詰っていた地元のスーパーに代わって進出してきたのだったと思う。東京のベッドタウンで住宅が集積しており、大消費地の中心と言ってよい、スーパーとしては絶好の場所だった。

  はじめのころはその安さに驚いたのは確かだ。しかしある年に、どこかの野球チームの優勝セールと称するものに、親に連れられていったことがあって、そこで失望感を味わった。バーゲンと称して並べられている商品は、子供の目から見ても、買う気がなくなるような雑でかっこわるい商品だったのだ。そのとき初めて、安かろう悪かろうという言葉を覚えたと思う。慢心はかなり早い時期から始まっていた。

  あれから20年以上経つけれど、彼の企業はそのままの体質なのだろうか。
  数年前だったか、現社長が抜擢されてしばらくの頃、銀座3丁目あたりに期間限定の衣料品店を出していたことがあった。仕事場の近くだったこともあり覗いてみたが、子供の頃に感じた負のイメージから何も変わってはいなかった。銀座に出すような店ではなかった。

  メーカーによる流通支配に異を唱えて消費者の側に立つという当初の理念は、すばらしいものだし先駆的だったと思う。それだけにとても残念だけれど、もう解体に近い方法で出直すほかないのではないか。破壊のプロセスを経ずに再生することは難しいように思う。

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2004.08.23

公営バス

  京都市とタクシー会社のMKが、路線バスの営業で対立しているそうです。日経本紙の記事「京都市、「黒字路線」巡り対立」から。

  MKの参入が当初、黒字路線のみだったことを京都市側が「規制緩和を悪用した典型的な例」と批判し、MK側は不採算路線にも参入し黒字化してみせる、と応じているそうです。
  この話は、地方公共団体と営利事業、住民の福利などが絡む、恰好のサンプルだと思います。郵政事業でも、ユニバーサルサービスと営利事業をどう関係付けるかという点がひとつの焦点になっています。

  採算をとりづらい地域へのサービスは、やはり公共団体の役割だろうと思います。その財源のとり方が、バスならバス、郵便なら郵便の、事業別縦割りの枠組み内で考えてしまう点に、問題があるのではないでしょうか。
  むしろ、経営を効率化できる民間事業者にやれるところまではやらせ、その代わりに税金を事業者から十分に徴収して財源とし、採算をとりづらい地域へのサービスを民間事業者委託する、という方法があり得ると思います。(この方法を私は「ローマ人の物語」から知りました)。

  行政担当者の恣意や公共団体の雇用問題と、ユニバーサルサービス確保の話を切り離して、財源の割り当てを自動的に調整しやすい方法が求められると思います。

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2004.08.22

西の魔女が死んだ

  こちらで紹介のあった本「西の魔女が死んだ」。図書館で借りようとしたら予約ぎっしりなので、買って読みました。私はものを持つのが苦手で、ほとんどの本は読んだら古本屋にもっていくのだけれど、これは手元に置いておくことにしました。買ってよかった。

  さらりとした文体だけど、ツボを押さえてます。楽に読めるのでお話しの中に入りやすい。児童文学では当然のことなのかもしれないけど。

  それでいて、魔女であるおばあちゃんの言動は含蓄のあるものが多い。孫のまいに起こる事柄も、短い描写で今の世の中をよく映し出していると思います。おばあちゃんが英国人であることが、日本を外から見る眼を曇りなくさせているのもいい。
  いまの子どもは大人びて醒めているそうだけれど、本当はこどもらしい感性や不安定さを押し隠しているだけなのかもしれません。この本はそう思わせてくれます。

  後日談もいれると、ここには3通りの女性の生きかたがでてきます。当然その向こうには、男の生きかたも少しだけ出てくるのですが、まあ付録です(笑)。
  揺るぎないおばあちゃんの生きかただけでなく、世代の違う2人のそれもよく類型化されていて、子どもの頃からこんなにいろいろな事例に触れられるなんて、いまの子どもはなんて幸せなんだろう。

  最後の場面も、泣いてしまう人はきっといると思うけれど、両親の葬式からもうずいぶん時が経った自分には、むしろ清々しく希望に満ちて感じられました。

  そのほかにも、じっくり味わえば噛み応えのあるやりとりや場面が無駄なく連なって、隙のない物語になっているこの本心優しいおセンチで素敵なオジサマ(笑)にも、そうでない人にもお奨めです。

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2004.08.21

華氏911

  案外、おとなしい印象でした。誇張があるのでドキュメンタリーとしてはどうかと言われそうな点は、すぐにそれとわかるところばかりなので、それを差し引いて見れば、かなりまともな映画だと思います。

  「ボウリング・フォー・コロンバイン」と同様、米国は恐怖を植えつけられて、米国民はいいように操られている、というのが、マイケル・ムーアの主張です。今回は、その恐怖を煽っているのは主演のジョージ・W・ブッシュたんとその一味、というわけです。


  実は私はこの映画を、あまり大統領選や政治路線に絡めたくありません。監督の主張は、「ボウリング・・」から引き続いて、「恐怖で操られるのはごめんだ」という点に、本当はあるのではないかと思うので。
  もし、民主党の大統領が現職と同じようなことをすれば、この監督はやはり同じような映画をつくるのではないかと思います。

  本も読まずにTVばかり見ているような一般大衆に見せる、という意図がこの映画にはあるそうですが、これだけ平易に作っていれば、見やすいことは確かでしょう。投票よりかなり前の時期に公開されたことも、選挙民にじっくり考え、必要なら反論するだけの時間を与える格好になって、一応フェアではあると思います。選挙結果が出たあとで、この映画の影響はどうだったかアンケート調査などすれば、面白いかもしれません。

  それにしても、もし現職が選挙で負けたときは、やはり厳しい真相究明が行われるのでしょうか。それはそれでマスコミの喜びそうな展開ですが、世界に対する米国の信用にも影響が出るかもしれません。今以上に。

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セリの衰退

  卸売り市場で、セリによる取引が減って、相対取引が増えているそうです。日経本紙の記事「卸売り市場ルネサンス」から。
  B2Bのマーケットプレイスは、取引が競合他社に丸見えになるのが嫌がられて、成功事例が少なかったと聞きました。それは致し方ないのかもしれません。
  株式市場のように、投資家を保護するという明確なコンセプトがあれば別ですが、「小売店を保護する」などという哲学はいまやどこにもないのですから。
  それとも、中小の小売店を保護するという哲学を持つべきでしょうか。多様性を守るために? どこでも扱えるようなマス商品については、その必要はないだろうとは思います。中小事業者はどこの世界でも、ニッチを牙城とすべき、ということで。

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2004.08.20

電子貨幣はやっぱり完全匿名がいい

  「実名」「仮名」使い分けという日経の記事から。
  日立製作所が、電子商取引での取引実績が特定されにくくなる技術を開発したそうです。実名だけでなく、仮名でも取引できるようにし、裏では暗号化された認証技術を使うそうです。
  なんでも、強力な次世代暗号と組み合わせて、仮名でも本人認証ができるのだそうですが、どうも違和感があります。

  どうして電子財布ではだめなのかな。貨幣は本来的に匿名だと思うし、だからこそどこにでも流通していけるのだと思う。その完全な匿名性は、貨幣が電子化されても引き継がれるのがいいと思うのだけど。
  取引実績の暗号化を極める労力を、むしろ電子貨幣の偽造防止に振り向ける方が、意義がありそうな気がします。
  もちろん、クレジットカードなどの意義を否定するわけではないのだけれど。

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2004.08.19

天才の頭のよさは別格

  kom’s logの本物の天才の話。これを読んで、先日「頭がいいことが価値だというのは錯覚」みたいな軽率なことを言ってしまったのを思い出して反省。

  その天才系の人のメモを読んでみたいなあ。

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2004.08.18

過去に遡る個人情報流出事故

  DCカードから最大48万人分流出だそうです。日経本紙ほか。
  もうすっかりお馴染みになった個人情報流出事故。今回は2001年作成のDM送付用データからの流出とのこと。よくわからないのですが、なぜ3年も前のデータ流出がいまごろ発覚しているのでしょうか。
  2001年作成のデータが、消去されずにずっと残っていて、それが最近漏れ出したのか、それともデータ作成後間もなく漏れて、それがいまごろ表面化したということなのか、よくわかりません。前者なら、対策の立てようもありますが、後者はどうにもならないでしょうから、今後もそうした流出事故(発覚)報道は続くのでしょう。だんだん不感症になりそうです。

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2004.08.17

ササゴイの漁

  寝苦しい夜。ふとTVを点けてみると、NHK教育で面白い映像を流していた。「学校デジタルライブラリー

学校放送が制作した動画クリップを、まとめて放送します。
NHKでは、デジタル教材開発の中で、動画クリップの制作を行ない一部をホームページで提供してきましたが、蓄積された動画クリップをより使いやすくするため学年や教科別に整理・編成を行い番組として放送します。
今年度は、小学校理科に関する動画クリップをまとめて一挙に放送します。ビデオ録画などでも利用できます。
だそうだ。
  45分程度の映像から2分程度をクリップしたものを流しているようだ。私がたまたま見たのは、8月17日の「動物・植物 生き物の知恵」。

  蛸の変身術などお馴染みの映像に混じって、「ササゴイ」という鳥の映像があった。なんとこの鳥、魚を取るために撒き餌をするのだ。蝿などの虫をくちばしでつまんで、少し離れた水面に落とす。寄ってきた魚を素早く捕らえる。さらに驚くことに、この鳥は、撒き餌という方法を人間から学んだらしいということだ。

  猿が芋を洗うことを人から学んだという話しがあるけれど、撒き餌は芋洗いよりも複雑な情報なのじゃないか?
  カラスもそうだが、鳥って意外に賢いのかも。

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2004.08.16

お台場に魚の群れ

  盆休みもあと2日を残すだけになった。仕事にも疲れたので今日は1日外をぶらつくことにした。昨日涼しかったので、却って暑さ疲れがどっと出たせいもある。

  ということで、ちょっと海底トンネルを潜ってお台場へ来た。日の出桟橋の向かい側、船の科学館に隣接する、隅田川河口の公園は、開けていて涼しくて、人でごったがえしているレインボーブリッジ側とはまた違った良さがある。(橋ができる以前はどこも一面の原っぱでそれはいいところだったのだが。)

  その河口べりで、魚が群れをなして跳ねているのを見た。視界にはいるだけでも、ざっと常時30尾ほどの魚が、水面高くジャンプしている。水しぶきと打ち振る尾が午後の陽に煌いて涼しげだ。

  それにしてもこんな光景は初めてだ。ここにはバーベキューを含めて何度も遊びにきているけれど、魚がこれほど群れなして棲息しているとは。しかもそれが、競い合うように跳ねているなどとは、つゆ知らなかった。酸素が足りないのかな。
  釣り糸を垂れている少年がいたので聞いて見ると、ボラだそうだ。どれも20cmくらいはある。釣れるかと聞くと「釣れません」との謙虚なお返事。しかしあれだけいるのだからまぐれでもそのうち釣れそうだ。少年は父親達といっしょにBBQをやりにきたらしい。親父はどこにいるのか聞くと「あっちでビールのんで寝てる」だそうだ。いっしょに遊んでやれ(笑)。
  芝生では、上半身ブラだけの女の子達がバトミントン。しっかり目の保養。それにしてもここはカリホーニヤですかそうですか。魚釣りの少年のおやじ加減と好対照だなあ。いまはどう見ても女の方が元気な時代だよ。

  ボラやらブラやら見てすっかり元気になって、勢いでこれを書いている自分も、水際の涼しい風に吹かれながら、無粋なノートを開いてキーボードを叩いているわけだから、人のことは言えないな。さっさとUpして終わりにしよう。

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2004.08.15

既得権は高効率

  「進まないプロジェクトの不思議」から。
  社内の人もうんざりしている話は時々漏れ聞きます。とはいえ、身の回りにも小規模ながら似たような話しはいくつもありそうで。。。人のことを笑えません。

結局彼らの成功体験というのはとある商品が大ヒットして、しばらくその市場で飯が喰えたから既得権をどう生かすかに戦略の主眼があるからである。
なるほど。そうだったのか。開墾するのではなくて、荘園の権利を奪い合い。
でもそれは別名「効率的」とも言う。米国でも研究者がリスクをとらなくなったりとか、変化がレポートされているようです。賢さは伝染するのかも。
切れる議論をする割には何事も決めてくれないので話が二転三転して問題が広がるばかり
ありがちな罠。頭がいいことが価値であるという錯覚が生み出す現象。
そこまでして責任取りたくねえのかとちょっぴりムカついた。
外部のコンサルはそのためにも入れていると聞きます。金のある会社がうらやましい。使っては捨てまた使っては捨て(笑)。

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インフレ期待は借り手の期待

  「クルーグマン教授の<ニッポン>経済入門」を、図書館で借りて読んでみました。「良い経済学悪い経済学」は予約待ち。
  難しい数式のところは飛ばし読み(汗)で理屈だけ拾うと、

  「流動性の罠」というものがあって、金利が0近くでは、お札を刷っても公共事業を発注しても、景気回復の呼び水になるわけではない、というところは理解しました。
  肝心の罠脱出方法は、長期にわたってインフレになるという期待をみんなが抱けばいい、という理屈もわかりました。割とまっとうな話しというか、それはわかっている人は多いと思います。

  で、そこからですが、インフレになることを期待するには、自分が金を借りている側でないと難しいのではないかと思いました。貸している側はインフレは嫌だろうなと。それって貯蓄好きの今の日本人の性向としてどうよ、というのが私の感想です。金を借りて消費しまくる米国人を怪訝な気持ちで見ている日本人が、借り手側に大挙して移るというのは、ちょっと期待しづらいのではないかと思いました。

  インフレ期待を広めるには、借り手にまわる人が増える必要があるのだけれど、そのためにはまず、インフレが期待できなければ、怖くて金なんか借りる気になれない。という堂々巡り。
何か信じるところがあって、巨額のローンを組んで不動産を買っている人は、なるほどインフレ期待なんだろうか。

全然的外れかもしれませんが。。
私の理解はその程度です。


  以前の記事で触れた、日本と米国の国債が紙くずになる可能性については、当然なるけれど値段が下がったっていいのではないの。ということでした。
  それがよくわかりません。国民の資産の多くは銀行預金や郵貯の形になっていて、それはいまや大量の国債に化けていると聞きます。その値段が下がるということは、預金を預けている人の資産が目減りするということで、いいんではないのと言って済ませるわけにもいかないのではと。事実、山形さんは注記として、調整インフレ反対論の有力な論拠かもしれないことは書いています。
  まあ、私は影響を受けるほどの金持ちでないのが幸せと言えば、それで済む話しではあるのですが(笑)。

  また、基軸通貨の利益ですが、これはこの本には書かれていません。
  自分の例で言えば、外国で預金の利息が年5%とかいう話を聞くと、その銀行に預けたくなるのですが、手持ちの円をその国の通貨に換え、いずれ円に戻すことを考えると、両替にかかる手数料が往復でばかにならないので、円のまま預けられたらなあ、と思います。それって円が基軸通貨になれば実現できるのかと思ってました。違うのかな。

  経済の話しはそんなところです。

  そうそう、政治が好きとか嫌いとかの話しが出ているようですが、私には関連がよくわかりません。私はクルーグマンさんと山形浩生さんが書かれていることは一応理解したと同時に、上記のような疑問も持った、というだけのことです。


[追記]あ、それは基軸通貨じゃなくて共通通貨? ユーロみたいな。
よくわからないけど、為替リスクも手数料もなしで年率12%で預金したいよう(笑)。

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2004.08.14

ISFPだそうです

  この占い、はやってるみたいですね。あ、占いではなくて性格診断かな?
  私はISFPだそうです。うーん。確かにいまの自分にはぴったり。

 F型(温かい、世話をやく)とP型(心が広い、柔軟性がある)は、伝統的に女性的と考えられている特徴であり、I型(じっくりものを考える、無口)とS型(実際的、根拠に基づく)は伝統的に男性的と考えられている特徴である。

この四つの性格があいまって、リーダーシップをとったり影響力をふるうタイプではなくなる。

世間とのかかわりでも何かを変えたり支配したがるところがなく、あるがままに受け入れる。

だから、ISFP型は男性でも女性でも、人にあまり強いイメージを与えないし、本来、人と張り合わない。

ただし、この性格は長年、そうあるように努力してきた結果で、子どものころの自分はもっとぎらぎらして規範的で理屈っぽくかつ直感的だった。昔から変わらないのは、支配欲がなくて人と張り合わないところくらいかな。

そう考えると、性格診断て、結構いいかげん。
いや、一番いい加減なのは、そんなに正反対に変わってしまう自分の性格か(笑)。

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2004.08.13

学会にも浮世のあれこれ

  時間がなくてブックマークだけしてあった記事ですが、記録しておきます。「日本学会事務センター破産へ」。
  約270の中小の学会が事務を委託しているそうで、コメントによると、保全命令が出て資産を動かせない状態とか。
  複数の請負事業者があれば乗り換えも可能と思うのですが、小さなパイでは1社しか成り立たなかったのでしょうか。取引先の経営状態に注意を払うのは、一般の事業会社では当然のことですが、学会の事務局では、そこまでは目を配るのは難しかったのかもしれません。
  こうしたことを契機に、事務の委託も、安定した大手の事務代行会社に集約されていくのでありましょう。
  学会といえども浮世の波風と無縁ではいられない、というお話しでした。

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2004.08.12

花摘む人

  「花摘む人
  文筆業を中心とした都会的な職業から農園主に転じて10年を経てきた著者が、今度はワイナリーを立ち上げるお話し。農業成立の難しさと、それにも関わらず、経済性だけでない「生活」としての農業に魅かれ、著述業などの収入を補填しながらチャレンジを続ける著者の奮闘が読める。


ワイナリーの設立趣意書の中で、著者はこう言っている。

いま必要なことは、地域に帰ってその土地に根差した活動をすることだ。・・・その土地でできる農産物を限られた範囲で流通させるシステムを再構築して、工業的生産ではない、生活の営みとしての農業を復活させること。・・・田園で暮らすことが理想のライフスタイルであることを実践によって示すこと。
スローライフには憧れるけれども、しかし単純に同意できない点もある。都市を中心に加速する商品経済に囲まれて、いまさら農本主義に返れるだろうか。一時的には成立するように見えて、比較的短期間のうちに破綻するのではないか。

とはいえ、次の一文には深く頷くほかない。

ワインは同質の中での差異や優劣を争う競争ではなく、多様な個性の展開とその違いを理解する愉しみなのである。まさしく、農業の営みがそうであるように。
農業に限らず、何か本源的なものや永続性のあるものを創り出そうとするときは、常に噛みしめなければならないことばだ。これを見失っては、微差の追求に明け暮れる商品経済の渦に、たやすく飲み込まれてしまうだろうから。

著者の試みが軌道に乗ることを祈りたい。

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ムロイさんが結婚活動?

  < 結婚しよう! >だそうです。
  がんばれ、室井。美しい室井の高く売れそうな見合い写真は、blogに載せるのが吉。

  言い放つだけ言い放っておいて、このblogは来週半ばまでお休み。
  の予定。

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2004.08.11

私設選挙監視団?

  日経本紙の記事「両陣営が「監視合戦」」から。
  米大統領選で、双方の陣営が、選挙の不正を監視するための弁護士団を結成するそうです。

  日本には確か、選挙管理委員会というものがあって、選挙が公正に行われるように監視する役割を果たしていたと思います。また、公職選挙法に触れる行為は、警察の担当でもあったなあと。
  えーっと。。米国には、そういう組織や制度はなかったのでしたっけ?(笑)

  いや、笑い事では済まないのかもしれませんね。こんな風に、ひとつの社会の中で、最低限の相手への信頼さえ失われてしまうようでは、この先どうなっていくことやら。テロの不安による一時的なヒステリー現象だと思いたいのですが。

  でも、この前の参院選の1票の格差は、結局うやむやだし、選挙の不正は似たようなものかな。日本の場合は、「緩慢な不正」とでも言うか。

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2004.08.10

押さえるの極意

  「持たずに押さえる:ハイテク/インターネットセクターの競争戦略試論」は、「持たざる経営」と言われているものについて少し考えを進めて、持たないけれど(肝心のリソースを)押さえることの重要性を指摘している。

  それで思い出した。以前Pというフランチャイザー会社の役員さんが、私が薄給をもらっていた会社に提携話を持ってきたことがあった。なんだかいろいろな肩書きのついた社員さんが15人くらい、大名行列を連ねてやってきて、2人で対応したこちらの意表を突いてくれたものだったが、まあ、それはそれ。

  話をよくよく聞くと、どうも「我が社のシステムが「まだ」出来ていないので、御社のほうで、注文受付とフランチャイジーへの注文取次ぎをやってほしい」といったような内容だった。
  「フランチャイジーへの取次ぎって、それはフランチャイザーのあなた方でやる仕事なんでわないですかぁ」と思ったのだが、それを言っては、社長つながりでやってきた提携話に失礼だ。専門用語を駆使した合理的な屁理屈を付けて納得の上お帰りいただいたのだった。煙に巻いた? まあ、それはそれ。

  振り返ってみると、あの役員さんは、「持たないけど押さえる」をまさに実践しようとしていたのだなあ、と、ちょっと尊敬する。あのときは、内心ばかにした気持ちを持ってしまったけれど、それは私の未熟でした。
  その一方で、あの話しはやはりお断りしてよかったとも思う。もし受けていたら、「持たされて押さえられて」しまうところだった。そんな割に合わない話しはない。

  これはほんの一例だけれど、「持たずに押さえる」は概ね同じようなものではないか。「押さえる」とは、「持つ」者を、契約なり威圧なり独占的地位のなんとかなりを使って、言うとおりにさせるということなのだ。それができるど厚かましい、もとい、力のある企業が、投資家から見れば、バリューチェーンのおいしいとこ取りがうまい「持たずに押さえる」の極意を極めた勝ち組企業、ということになるのだろう。

  ことは企業どうしの話しに限らないのかもしれないな。人どうしの間ではどうなんだろう。やれやれ。

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2004.08.09

情報提供のトリガーは能動的がよい

  早起きしてTVを見ていたら、タイムリーな情報提供サービスということで、2つの事例を紹介していた。
  ひとつは、suicaで改札を通ると、それを検知して、suicaの持ち主の携帯に、出札した駅の周辺タウン情報を送るというもの。もうひとつは、帰宅して家のドアを開けると、それを検知したセキュリティ会社が、宅配ボックスに届いたものがあるかどうかを、利用者の携帯に送るというもの。

  どちらも便利さを主張しているのだが、サービスの発想に無理があると思う。タウン情報なら、suicaが検知しなくても、利用者が携帯から着信者払いで情報BOXにアクセスすればいい話だし、宅配BOXの状態は、荷物の到着時点で、玄関の表示デバイスに情報を送っておけば済むことだ。

  無理の原因は何か。それは、業者側の「押付け」の発想だということだ。システムがあるから何か使えないかとか、技術があるから何かに使おう、という発想でビジネスを組み立てても、うまくいかないと思うのだが。

  suicaの利用をトリガーにする場合は、単にうまくいかないだけでなく、始末に負えない結果を招く危険もある。このサービスの発想は、suicaに登録された個人情報と、その個人のリアルタイムの行動履歴を、価値とみなして金に換えようというものだ。利用者の希望に応じてするサービスだから、何がおきても利用者の責任ではあるのだが、どうも危うさを感じる。そもそも、その駅で降りたのはビジネスなのかレジャーなのかさえ区別せずに、情報をおくりつけられてしまうのではないか。
  単に、駅ごとに情報発信BOXを用意しておいて、携帯の赤外線ポートなどから、必要なときに必要な情報だけを取り出す、という風にはできないのだろうか。


  サービスを受けるときのトリガーは、無意識的・受動的なものよりも、意識的・能動的なものの方がいいと思う。直感だが、こうしたことを受動的に行うようになると、大げさに言えば人の尊厳さえ侵され始めるような気がする。

  現代のサービスは大なり小なりそうしたものだとは思うけれど、それに抵抗を覚える感性は放棄したくない。

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2004.08.08

誰も知らない

  (ひとことだけ追記。泣けて泣けてしょうがない。時間が経つほどそうだ。でも、それをしばらく棚上げして、冷静に書いてみたのが以下。追記おわり(2004.08.10))。
以下ネタバレ少々。
 
 
 
  この映画をどう言えばいいのか。いろいろ思うことがあって、しかし、時間が経てば違うように思えてきそうで、口をつぐんでいる方が無難だとは思う。今年で一番印象に残りそうな映画。少し違うことを承知で、あえて似た感じを他の作品に求めるなら、東野圭吾の「白夜行」か。白夜行からミステリの要素と凄絶な感じを取り除いて、シンプルに希望を少しだけ付け加えた感じ。わけがわからん? では是非観てください(笑)。

  オフィシャルサイトに有名人からのメッセージが載っている。映画評論家は主演男優賞受賞に基づいたことだけを言っていて、内容の評価は一切していない。賢いがずるい。他のメッセージはどれも、その人なりの経験に引き寄せて書いている。けれども、私が感じたことはいずれとも違う。

  ここに登場する4人の子どもたちは、おとなの世界を、生きる糧を得る対象としてはいるものの、それ以外にはほとんど関わりを持っていない。おとなの方も、不審に思ったり、少し心配するときはあっても、余計なおせっかいはしない。時と場合によってはそれが一応成り立つことを、物語を成立させる背景として、まず描いている。

  その上で、自分達の絆と、より広い社会との絆を対置している。どちらの絆にも魅力を感じさせながら、どちらかを選ばざるを得ない状況では、自分達の絆の方を優先させている。そこには、あまり悲壮感や葛藤は感じられない。乾いた感じというか。

  だからといって、この映画は非人間的な感じはしない。あきらがゆきの冷たい手に触ったとき、どう思ったか。そう思った自分をあきら自身がどう感じたか。その受け止め方により感想は異なると思うけれど、私はあきらの「健全さ」を感じた。だからこそ、この映画に希望を見ることができた。

  生きている人として、仲間の絆を大切にすることと、社会とあまり関わらないようにすることとは、案外矛盾しないのかもしれない。「小さな絆」の小片がモザイク状にちりばめられていて、小片の間は最小限の「必要」だけで緩く繋がっているような、そうした世の中。
  小さな絆が少しづつ広がって大きくなっていくことはあり得るけれど、必ずそうなる、あるいは、はじめからそうであるわけではない。

  大きな物語のもとで高度成長を生きたおとな達、経済成長が止まった後も続いた繁栄と退廃の中で育ったおとな達、そのおとな達にはわからない、次の世代の物語が、ここにはあるような気がする。いま現在のおとな達の大半は、それをわかったりすることは、たぶんできない。

  谷川俊太郎にはそのことが見えているのかもしれないな。だから彼は「きみたちは生きる」とだけ言う。その中に「わたしたち」おとなは入っていない。


主題歌の後半の詞を載せておきます。オフィシャルサイトに載っている谷川の詩とあわせて読んでみてください。この2つは矛盾しないのだね。


氷のように枯れた瞳で
僕は大きくなってゆく
誰も寄せ付けられない
異臭を放った宝石

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2004.08.07

ゴジラ対ガギグゲゴ

「最後のゴジラ」の題名はこれで決まり。
最凶の怪獣ガギグゲゴを創造すべし。

。。。ガギグゲゴってもしやヒトのこと?
 
 
怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか」より。
空想過去小説「チーズとバギウム」」より。


 
それと、東宝はオフィシャルのホームページをきちんと保守すべし。
最新情報を確認しようとしたら、86%で止まるじゃないか。(土曜日朝7:36現在)
 
 
ところで、「ハシモト」さんと聞いて特に何も思わないのに、「ダシモト」と聞いて即座にヨシモトの芸人さんかと思うのは、音の持つ質感というより、やはり私が日本人だから(笑)?

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最近のイラクのこと

  「追記 イラク駐留米軍、サドルの民兵300人を殺害と発表。」によると、

その後いろいろなニュースを見たのだが、サドル側は冷静どころではなく蜂起に近い状態のようだ。
また、
イラクに昨日まで出張していたフィスクの方の記事では、8月1日の時点で蜂起をすでに予言している。7月中だけでバクダットにおけるイラク人の死者は700名であり、これは戦争がはじまって以来の多数の死者なのだそうである。でも、我々を含め、この事実は欧米では一般に報道されていない。フィスク自身も英国政府に検閲を受け始めている、という。
だそうです。

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一覧性のよさは並列処理に由来する

  紙とディスプレイ画面で、どちらが一覧性に優れているかといえば、紙だ。ということはまず言えるだろう。と、いままでは何の気なしにそこで停まっていたのだけれど、暑さが緩んだ拍子に、あることに気がついた。

  紙の一覧性の良さは、目に入る情報を脳味噌が並列処理しているからに違いない。

ずばりそうでしょう。鼻高々。


  身近な実例を挙げます。bloglinesが出す記事見出し一覧を、ディスプレイ上でチェックするのは、とっても疲れる。新聞社が出すRSSなどは結構な分量で、1日放っておくと軽く100のオーダーになってしまうのだけれど、これを斜め読みして必要な記事を見つけるのがたいへん。もしこのリストが、A4縦の紙に小さい字でぎっしりと印刷されていたら、もっとずっと楽だろう。

  その理由は、たぶん、紙の方が狭い空間により多い行数が入るからだ。そして、なぜ多くのものを一度に見る方が処理が早くて楽かといえば、脳味噌は、これを並列処理しているからだ。としか思えん。

  早いのは並列処理だから当然として、なぜ楽かという理由も考えてみた。
  一覧のようなものを見るとき、脳味噌は並列処理プロセスを起動してしまうのだな。たぶん。紙の情報を見るときにさんざん鍛えてきた方法だ。
  ディスプレイで見るときもその習性で、さあ一覧だと思ってこの並列処理プロセスを起動する。ところが目に入ってくる情報は案に相違して少ない。それで起動されたプロセスは「仕事が来ないよう」といって騒ぐのだ。それがストレスになる。あ、この辺は業務プロセスの設計と同じだな(笑)。


  暑さが緩むとやっぱり脳味噌もそれなりに働くようになるらしい。でもこれくらいのことはもう脳科学の人が何か言ってるかもしれないな。
  まあいいか。秋という言葉にいい枕詞が付く理由も、ついでにわかったことだし。

  ディスプレイの解像度も、ハードディスクや半導体チップ並にどんどん上がらないものかな。大型ディスプレイなんかより、超高解像度ディスプレイの方が、なにかと世の中の役に立ちそうなものだが。難しそうな技術だから差別化もしやすそうだし。

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2004.08.06

黒い方から赤い方へ?

  数日前の記事で、「どなたか詳しい方に解説していただけると、たいへんありがたいです。」と書いたら、さっそくsvnseedsさんが説明してくれました。blogって面白いだけじゃなくて、ありがたいものでもあるですね。

  おおもとの記事は、密約がなんとか言ったりしている時点ですでに怪しいとのことは納得です。
  で、肝心の経済の話が少し難しい。

経常収支=国内貯蓄・投資バランス+財政収支 (式2)
はどうやらわかったのですが、そうすると例えば、国内貯蓄がこれから取り崩され(て生活費にまわっ)て減少することは、どのような結果につながるのでしょう。財政収支は、年金の給付や国債の借換えが大きくて、簡単には赤字が減らないとすると。。経常収支はバランスを失って赤い方にいく、ということになるのかな。
いや、財政赤字を減らす方法は、それでもあるのかな。。


むー。難しいですね。クルーグマンかあ。。読む時間つくらなくちゃ。

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2004.08.05

ぶろっがーってそんな人達?(笑)

  小鳥さんの記事「インドア派が、一生懸命考えたオリンピック」。
ココログを使っていながら、niftyがそんな企画をやっているとは知りませんでした。トップペ-ジではなくログイン画面をbookmarkしているもので。。。

  記事は主にココリンピックという企画の脱力具合を伝えているのですが、そのなかに、企画の脱力ぶりに呼応するかのようなぶろっがー像が描かれてます。ここには引用しませんが、元記事で堪能してください。

  それにしても小鳥さんの描写が微に入り細に穿っているのは。。身近な実例があるのでしょうか。もっとも身近なというと例えばご本(ry

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2004.08.04

少子化対策と人口減少適応の同時展開

  今朝の日経本紙「経済教室」は少子化の話。
  人口減少は国力低下を招くこと、少子化抑制戦略と人口減少適応戦略の同時展開が必要、という説には賛成。で、とりあえず内容の骨子をメモ。

少子化抑制
 原因
  1.女性の社会参画、子育ての機会費用増大
  2.経済停滞で若年層の経済状態悪化
  3.社会慣行による女性の子育てコスト押上げ
 対策
  1.子育てに経済的なインセンティブを与える政策(税制)
  2.高齢者から若年層、子育て層に政策資源をシフト
  3.数値目標設定

人口減少適応
  1.人的資源の質向上(強い分野への集中)
  2.人口に中立的な社会保障、財政システム構築

  全体に、社会の資源配分を、高齢者から若年層や子育て層に移す方向が読み取れるのですが、その政策をどう決定するか、というところに困難があると思います。なにしろ高齢者とその予備軍の方が、いまや数が多くなりつつあって、そして民主主義は基本的に多数決なので。
  高度成長時には、官僚制のもとで傾斜生産方式がとられて、それが経済的な繁栄に繋がったとされていますが、再び傾斜○○方式によって、社会をリードすることができるかどうか。それを行う主体は誰か、などが問われるのかもしれません。(○○は何か適当な言葉を当てはめてみてください)

  あるいは、原理的にそれができない状態が、現在の日本や欧州型の制度が行き着いた限界であり、必然的にもたらされる人口減少が、他の政治制度に循環的に移行していく端緒になる、という方向の議論になるのでしょうか。


  そうそう、東アジアのいくつかの国での出生率急低下の原因を、日本のそれと比較することも参考になりそうな気がしますが、この日経の記事はその点には触れていませんでした。

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2004.08.03

まだら模様の地価

  しばらく前に売り払った家、やはり路線価は引き続き下がったようだ。買ってくれた人、ごめんなさい。でもまだ下がると思うよ。東京近郊とはいえ、上がる理由はあまりない。

  一方で、銀座や表参道では上がったそうだ。収益還元法が浸透してきたのであれば、いいことだと思う。

  地方都市はこれからどうなっていくんだろう。米国にあるような人工的な町は、さびれるときは短期間にゴーストタウンになると聞くけれど、日本の地方都市のような、それぞれに長い歴史のあるまちが、簡単に風化するとは想像しにくい。

  案外、さびれているのは駅前商店街だけで、少し俯瞰してみれば景気の波とはあまり関係のない生活が広がっているのかもしれないが。。

  地価が下がり続けているということは、裏を返せば少ない資金で起業する機会も増えるということではあるし。地価の下げは近隣商圏の縮小の反映かもしれないが、ネットと流通業者を使えば商圏を全国(全世界)に広げることは不可能ではないし。

  大都市圏に住んでいると、その辺りがよくわからなくなる。今年の夏は地方都市をいくつか歩いてみようかな。

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2004.08.02

道路公団の赤字の理由

  NHKスペシャルで、道路公団の借金がこんなに増えた理由を調べて放送していた。それによると、不採算道路をやたらに作らないように高速道路をつくる路線を法律で決めたにも関わらず、別の仕組み「一般有料道路」という方法を使って作ったらしい。それが30兆円の借金の約半分。

  ほかにも、実施計画書に、本来かかる費用よりも4割近く少ない金額しか載せなかったり(それって「粉飾」とは違うのかな)、しかも当時の第7代公団総裁はその事実を認めたばかりか、やむを得ない手段だとか、メリットをもっと強調すればよかったなどと主張している。

  土地バブルがはじけた後にも関わらず、静岡県内のある用地買収実績は、隣の土地での県の買収価格25,000円に対して55,000円と倍以上なんて話も出てきた。それくらいではもう驚かないが。

  法律で決めたことを破るわけにいかないから、別の方法で、結果として法律が防ごうとしたことをやってしまう。そういうことを役所や準役所が平然とやってしまうのは、納得がいかない。何のための法律なのか。
 
 
  ところで、似たような別の話が、他にもなければいいのだが。
  例えば、日銀と国債の関係はどうなっているのだろう。法律ではたしか、日銀が直接国債を買わないようになっていたのだっけ。。
まさか抜け道を使って実質的に日銀が国債を大量に買ったりしてないだろうな。もしそんなことがあったら、道路の30兆円なんてかわいいものに思えてくる。

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ディープ・ブルー

  毎月1日は映画が1000円で見られる、という嬉しい日です。というわけで、1日でなかったら見なかったであろう「ディープ・ブルー」観ました。以下はネタバレです。

  私はNHKの自然関係の番組が好きでよく観るのですが、この映画も、似たような感じで癒されます。とくにこの暑さの中での海の映像は、涼しくてGOOD。
  この種の映像は、音楽も大切ですが、ベルリンフィルを使っているそうで、これもいい。ほとんどの映像は、どこかで見たことがあるようなものですが、こうして音楽とシンクロさせて、最小限のナレーションだけで90分間流すと、別の作品にみえてきます。

  というわけで、水族館はちょっと遠いというときには、こんな映画もいいかもしれません。

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2004.08.01

石油・ドル本位制のゆらぎ

  なるべく1日1本ペースを守りたいのだけど、この話は記憶のために書いておく必要がありそう。「円・元・ドル・ユーロの同時代史 第35回~石油・ドル本位制の終焉?

  真実味を帯びてきているということでしょうか。見出しには一応「?」が付いているものの、記事の中身を見ると、終焉に向かわせようとする動きばかり取り上げられていて、それを阻止する動きについては、イラク戦争の理由のひとつに取り沙汰されていること以外には触れられていないようです。

  もし本当にドルが、石油取引に使われる唯一の通貨の地位、つまりほぼ基軸通貨の意味、を失うことになると、米国がいま現在享受しているような財政赤字と貿易赤字の放任はもうできなくなる、という話を聞いたことがあります。

  仮にそれが正しいとする、どうなるのでしょうか。例えば、日本国が大量に持っている米国債などは。それを買うために国民が払った税金を原資にしたはずですが。

  私は人にいばれるほど税金を払ってはいないので、まあそれはいいかと思うのですが、こつこつ貯めた郵貯や銀行預金は日本国債に、せっせと払った税金は米国債に、それぞれいつの間にか化けてしまい、紙くずになる日が来るのを見たくないという人は、少なくないのではないかとは思います。

  そして、私が一番知りたいことは、例えば100円で見事な30cm級の国内産のアジを手に入れて今日も幸せ一杯な自分の生活が、ドルが基軸通貨の地位から降りることで、どのような影響を蒙るのか、ということです。どなたか詳しい方に解説していただけると、たいへんありがたいです。

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ぼくセザール

  ネタバレです。というか、横浜ですでに公開されたわけだから、書いてもいいのかな。
 
 
  つまらない日常とか初めての冒険とか、いろいろ詰まってましたが、観ていてちょっと退屈な気がしたのは、子どものココロを失っている証拠か(笑)。

  解説などを読んだりすると、「子どもの視点で見る」ことが強調されていたけど、私はむしろ、登場する大人たちを他人の目(子どもの目ではない)で見て、自分は子どもにどう接しているかなと、反省してみたりした。グロリアおばさんみたいな人、実際に居るかな? みんな仕事に忙しくて、子どもどころじゃない、のではない?

  景気が回復しているのかどうかよく知らないけど、この10年、暇だった間に見たり考えたりした仕事以外のあれこれを、もっと進めてみて、仕事一本槍じゃない世の中をつくってみてもいいのじゃないか。

  エピローグのハッピーな感じに私はそれを読み取ったですよ。
  監督の娘さんがセザール君の憧れの人役だったり(ちょーかわいい!)、同じく伯父さんがセザール君のおじいちゃん役だったり(若過ぎ)、映画をつくる人たちの楽しみ方も、それをよく語ってると思った。
 
 
 
  ところで、小難しい話は置くとして、セザール君。そんなに迷いも無く1人の女の子に決めてしまっていいのか。私が君くらいの歳の頃は、確か5人はいたはずだが(笑)。
え? それ優柔不断って言うの? 。。失礼しました。

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