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2004.06.19

インフラは中立がよい

  圏外のessaさんが、思わずにんまりするようなことを書いています。

普通、文系の人は、食うか食われるかのつきつめた議論をあまりしない。議論をしても、プロレス的な予定調和的無効試合が見えている。どっちが勝ったかは、なかなか明確になりません。お互いがマイクパフォーマンスで「今度はでかいカンオケ用意しておけよ」などと、威勢のいいことを言いあってるだけ。

プロレスならば、それでおおいに観客席を沸かせればすむ話ですが、そこにシステム屋がいたら、そうはいかない。「この仕様書のここが不明確ですね」とあちこちつつき回す。別に、システム屋は「長年の学際的な哲学論争に結着をつける」なんてつもりはなくて、ただ単に自分の仕事がしたいだけです。とは言っても、長年あいまいなクライアントに悩まされていて、その対処法はそれなりに心得ているんで、手練手管を使って、そこを明確にしていく。あいまいさを許しません。

  へらず口をたたく人達と、具体的なモノをつくる人達の違い、と言ったら、へらず口側の人達の不興を買うでしょうか。でも、(essaさんはもちろんそうでしょうし)私も、へらず口の重要さは強く認識しています。そもそもそれが無かったら、モノづくり側の人達は、どんな考えに従ってモノを作ったらいいのかわからなくなって、暴走するか停止するしか無くなってしまうので。

  へらず口をたたくには、たくさんの議論と長い時間がかかります。しかし、現実の世の中はそれより速く動いていくことがよくあります。だからこそ私は(と、ここから我田引水(笑))、winnyのような容易に結論の出せないモノについては、システムは中立に作っておくべきだと思うのです。

  具体的に言えば、P2Pにおける情報の受信・発信は、利用者がそのつど、実名・匿名を選択できる余地を残しておくべき、となります。

  winnyは、放流した情報を削除できないという、機能上の強い制約を付けました。一方、その反動からか、情報の発信者を必ず追跡可能とする、やはり機能上の強い制約を付けようとする動きもあります。
  私は、どちらも中立性を欠き、かつ性急に過ぎると思います。
  P2Pのようなインフラは、いろいろなアイデアを受け入れ可能に作っておき、多くの人たちが、時間をかけて、へらず口をたたきあい、アプリケーションで工夫しながら、使い方や使い分けに一定のバランスポイントを見出していけるようにしたいと思うのです。

  P2Pのような基礎的なインフラには、それだけの手間暇をかける価値があると思います。
 
 
[おまけ]
  ところで、「IPv6 アプリコンテスト 2004」というコンテストがあるそうです。アイデアだけの応募もOKだそうですから、だれかそういう中立的な案を提案してくれないかなあ。「IPv6は固定アドレスだけを使う運用によってネットの匿名性を奪い中立性を損ない通信の秘密を危うくする可能性があるので、ネットというインフラの中立性を保ち通信の秘密を護るためにこの提案を行います」とかなんとか理屈を付けて。このアイデアには著作権を主張するような独創性は無いから、安心して応募できるはずだし。

よく読むと、利用権は主催者にあるらしいから、だめですね。
でも、勢いで書いた次の一文だけは、ちょっと気に入ったので、抜き出してとって置きます。

「IPv6は、固定アドレスだけを使う運用によって、ネットの匿名性を奪い、中立性を損ない、通信の秘密を危うくする可能性があるので、ネットというインフラの中立性を保ち、通信の秘密を護るために、この提案を行います」
 
 
 
 
 
[追記]2004.6.21
essaは蓋然主義か確実主義か?」で取り上げていただきました。

「この方針が中立である」という言明は中立的ではありません。それは、ひとつの価値判断を含んでいます。
  実は、この記事が、中立という基準点を理屈抜きで勝手に設定しているなあ、という自覚はありました。でも面倒なので、見過ごしてもらえることを期待して、黙っていたのでした。
。。しかし、見事に指摘をいただいてしまいました。essaさんは誤魔化せませんね(笑)。
  私の取るに足らない教養は、主に「イソップ物語」と「日本まんが昔話」から形成されています(汗)ので、社会学などの難しい議論に踏み込むのは控えたいと思います。が、ごく簡単に弁解をするならば、「匿名しか許さない」と「実名しか許さない」は、ひとつの評価軸における両極と言っていいと思います。そして、その軸上においては、私が示したスタンスは中立付近なのではないか、と思います。
  余談ですが、米国や欧州における、P2Pについての議論もあたれば、全体のマップがよりよく見えるかもしれないとは思います。
  と言い置いて、全速力で逃亡(笑)。

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Comments

穴を見つけたからこの記事を引用したわけではなくて、HSKIさんの意見をほしくて引っぱり出すための穴を探したら見事見つかってしまって(笑)、ちょっと意地悪な引用ですみません。
無理にとは言いませんが、平易な言葉で語りバランス感覚のあるHSKIさんのような人にこそ、こういう問題で発言してほしいと希望します。

Posted by: essa | 2004.06.21 09:16 PM

コメントまでいただいて恐縮です。

科学が決められない評価軸の設定は、哲学の役割、みたいな話を聞いたことがあるような気がします。でも、うろ覚えと聞きかじりばかりなので、あまり深入りしないようにしたいと思っています(汗)。

このblogの意図は、見方や考え方を、まさに「放流」することですので、議論の主体になろうとはあまり考えていないのです。それほどのリソースも割けないですし。

その代わり、実名で両足を踏ん張って議論する立場から得られる良いことの数々も放棄しているので、まあ許されるかと。(笑)

ひとことで言えば「好きなときに好きなことを放言するぞう」blogです。今後ともご贔屓に願います。

Posted by: hski | 2004.06.22 03:40 AM

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