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2004.04.12

Whatを創り出すこと

  仕事を考える枠組みとして「What→How→Do」というフレームワークの話しが某MLで出た。

その中で、

DO以下の人
 →何をどのようにやるか言われてもできない。
DOの人
 →何をどのようにやるか言われればやることができる。
HOWの人
 →何をやるか(何を実現したいか)言われれば、
  どのようにやるかは自分で考えて、やることができる。
WHATの人
 →何も言われなくても、何をどのようにやるか自分で
  考えて、やることができる。
HOWとWHATの差がすごく大きいです。

という解説があった。(Mさん勝手な引用お許しください)
まさにいま、Whatで悩んでいるので、身にしみた。

また、別のメールマガジンでは、大雑把に、Whatにあたる部分をリーダーシップ、Howに当たる部分をマネジメントとしていた。これもわかりやすい説明だ。

  しかし、2つ前の会社では「Whatを考える人はたくさんいるからうちにはいらないんだ」という意味のことを言う人もいた。きっと「What」と一口で言っても、各々がイメージするものはピンキリなんだろうなと、いまでは思う。

ヘンじゃないか輸入権」(おおもとは「ここ」)の

「関係者すべてが損する構図」に執着がある人たちがいる。数ある代案の中で、そういう案だけに吸いよせられる人がいる。たいして知識もない癖に、そういう所はきちんど嗅ぎわけて正しくそこを探りあてる人たちがいる。
や、「キャリア選びで重要な「向き不向き」の問題」の
ハイリスク・ハイリターンのベンチャー創造ゲームというのは、これからも、さまざまな矛盾を孕んだルールを持つゲームであり続けるから、ルールを懐疑するタイプの知性は邪魔なのである。そうではなくて、ルールを隅から隅まで理解し、そのルールの中でどう勝つかということに没頭、専心できるタイプの知性が求められる。「優秀である」「頭がいい」ということは必要条件の1つでしかなく、そんな「向き不向き」こそが、最も重要な性格的成功要因なのである。
あたりを読んで、これも「What」を考えるということのひとつなのかなと思って。
自分はといえば、悲観的な方向に近頃傾きがちなので気をつけねば。と反省。

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