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2004.02.04

共同体なき者の共同性

正義論/自由論 土屋恵一郎 岩波書店」の中でみつけた言葉。記憶のためにメモ。

著者は、共同体の暴力を否定しつつ共同性をつくる方法を、

様々な(個別の物語を)持った者が集まるにしても、決して一つの大きな物語に収斂されてしまうことがない。それぞれの物語の断片を結びつけながら、いわば「人生のコラージュ」を作るのだ。
と表現している。
相互のアイデンティティごとに組織が形成されるのではなく、むしろ、アイデンティティを越えた場所に、新しい共同性と公共性を形成することが求められるだろう。
もっといえば、相互のアイディンティティのなかに入り込み、他者の問題を自己の問題とする、政治的な想像力が、そこからは生まれることだろう。
とも言っていることから、政治への無関心や無政府主義とは違うことは明らかなのだが
精神の態度として常に「無縁」の状態をたもっていなければならないのだ。
と、個人を、従来の共同体から切り離したものとして見、接することを説いている。国家主義とも社会主義とも違うリベラリズムという政治哲学がその背景にあり、日本ではまだはっきりした勢力として形成されてはいないという。

自分はなんとなくリベラルというものに近いなと思ってきたので、こうしてことばで定義されてみるとなるほどと思う。
1995年に書かれたこの本と著者の考えが、いまどうなっているのかもチェックしたい。

と思ったら、続編らしきものがある。「正義論/自由論―寛容の時代へ 岩波現代文庫

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