« ハンセン病元患者の宿泊拒否 | Main | ココログ非会員に開放 »

2003.12.11

ネット・ユートピア幻想の反動

  世界情報社会サミットで、インターネットの管理を米国からITUに移管しようという議論が巻き起こっているらしい。そのニュースをTVで見て、さっそくオンラインニュースを漁ってみたが見当たらない。一時、TVよりも速いと言われたオンラインニュースだが、最近は速報性より内容の充実に重点を移しているのだろうか。
  そんなことも含めて、近頃、ネットがやや変質し始める気配を感じている。ネットが実社会に定着し始めているとも言えるし、裏を返せば、ネットが期待させたユートピア幻想は終わりに近づいている、とも言えるかもしれない。

  米国以外の国がネットの主導権について発言を始めたのは、それだけネットの影響が大きくなってきたことの表れだろう。影響の中身は、自国の風俗慣習とネットのセンスとの乖離ではないか。
  中国などはあからさまに、ネットは国家の管理下にあるべきだと主張し、実行している。ポルノやスパムメールなどの氾濫を見れば、その主張も理解できる。私も(隠さずに言うけど)ネットで初めて本物のポルノ映像を見てショックを受けた。いまの中国にとって、ネット上のコンテンツの中には受け入れ難いものもあるに違いない。

  それは理解する一方で、ネットを流れる情報が、多くの国の民主化に役立ったことも事実なのではないか。市民が、専制的あるいは中央集権的な体制に疑問を抱くようになるきっかけと、行動を促し援ける情報を、ネットは人々にもたらしたはずだ。(具体例を調べて、このパラグラフに挿入せねば(汗))

  情報の公開と透明なル−ル、個人の自由と人権の尊重を原則とする社会を目指すのであれば、ネットというインフラを検閲の危険から守ることは極めて重要だ。中国の主張が、もしこの原則自体を敵視する考えに基づくのであれば、それは退けられるべきだろう。ネットを国家管理下に置けば、「1984」で描かれた、強度の管理社会を招く危険はかなり高くなる。

  日本では、著作権の保護強化に便乗して、こうした管理体制の強化が画策されるおそれがある。中国を単に批判するだけでなく、自国にもそうした危険の芽がないかどうか、注意しなければならない。

それはそうと、硬い文章だね(笑。
もう少し柔らかい書き方はないものか。

|

« ハンセン病元患者の宿泊拒否 | Main | ココログ非会員に開放 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



« ハンセン病元患者の宿泊拒否 | Main | ココログ非会員に開放 »