2020.02.16

「ラストムービー」

デニスホッパーによる問題作。という話だけど、昔のことでよくわからない。
直感的な印象だと、ヤンキーゴーホームかな。

上映時間は2時間で、完成度の高い映画ならむしろ短く感じる尺だけど、本作はとても長く思え、そして残念ながら少し疲れる。未完成なんだろうか。

まあ、言いたいことはなんとなくわかります。先進国アメリカの無意識な文化輸出と相手文化の破壊とはあるあるな話ではあるし。何十年か経ってアメリカのやり口はスマートになったけど、中身が変わったわけでもない。
そうはいっても結局、何か建設的な提案があったわけでもなく、少し破滅的な匂いもある本作をどう評価したものか、正直わからない。といったところです。

UPLINKの椅子が良くなって会員には嬉しい価格設定で、こういうカテゴリの作品を見ることが自然に増えてきているのが、自分としてはいい感じ。

 

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2020.02.15

「トゥルーマン・ショー」

あれ?小雪がハリウッド映画に出てる・・と思ったら、ナターシャ・マケルホーンさんでした。というのはさておき。20年以上前の作品。

物語というものは仮りそめですが、人が現実を生きる力を育むものでもあります。けれども、人が仮りそめの世界に閉じこもったまま出てこなければ、逆に生きる力を損なうことにもなり得ます。
物語をはじめとする、人の想像から生まれる事物の、そこが微妙な点です。

本作は、その分水嶺をくっきりと示します。仮りそめの世界の壁を突き破り、現実へ踏み出していく主人公に、視聴者は喝采を送りますが、そのとき主人公が真に生きる力を得たのに対して、テレビの前の視聴者はどうだったか。すぐに番組表で次の仮りそめを探し始める彼らの方が、むしろ生きる力を阻害されているように見えます。

本作はそのようにして、仮想世界に閉じ込められた男が現実に踏み出す強さを描くと見せながら、実はその反対に、現実世界に生きながら仮想に溺れる我々の弱々しさを見せつけてきます。皮肉がきついですね。

また、そうした仮想空間を作り出す「クリエーター」と称する人々の傲慢や動機の不純さも同時に突き付けてきます。

xRのような仮想空間を作り出す新しい技術が発展するいま、本作が示す現実と仮想の関係を改めておさらいしておくのは無駄ではないと思いました。

 

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2020.02.11

「わたしは光をにぎっている」

昨年の見逃しなのですが、ちょっと気になっていましたので。
まあ、わざわざ追いかけてみるほどでもなかったかなというか。
ストーリーラインというんでしょうか、そういうものをあまり持たずに、なんとなく各シーンを置いて行った、という感じです。ちょっと初めのうちはそれが苦痛というか、忍耐が必要です。最近せっかちなのです。

でも1点、とてもいいところがありました。それは、主人公が透明なお湯を掬っているシーン。

その日、銭湯の主人は外出で営業は休みのはずだったのを、彼女は志願して、初めてひとりで営業準備をして、来客を待つまでの静かなシーンなのです。
自分が掃除をし、燃料の材木を切ってくべ、沸かした湯を滔々と満たした湯舟に、綺麗な手を差し入れて、その上で踊る午後の光を掬い取るかのように握りしめるのでした。初めて人にサービスするために汗水たらして準備したその成果を、人に供する前にそっと確かめる。子供だった彼女がひとつ成長したのをはっきり感じ取れる、なかなかいい場面でした。

他は概ね付け足しです。なるほど亀有という土地柄の断片をいろいろ切り取ってみたり、再開発で壊されていく古い町を懐かしんだりと、ありがちな設定を置いてはいるのですが、まあよく見るやつです。ただ、打算だけではない人々のつながりを背景に置いたことで、先程のシーンの説得力がぐんと増しているのは確かでしょう。そういう意味では他のシーンはもちろん無駄ではありません。

実際、そうしたつながりのないまま覚えた仕事というものに、金銭以外に何程の価値があるのか、疑問を抱かせるに十分です。そういう意味では、やはり良作といっていいのかもしれません。

エピローグで、再開発のお蔭で小金を掴み、結構余裕のある暮らしにはなったものの、なんだか満たされない銭湯の元主人が、昔のご近所さんが寄り集まっているのを見つけて生気を取り戻すのも象徴的。これもありがちではあるのだけど。

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2020.02.08

「グッドライアー 偽りのゲーム」

イアン・マッケランとヘレン・ミレン。これは詐欺師どうしの壮絶な騙し合いかと思ったら、そうではなかった。もっと真摯な物語が隠されていた。タイトルを The Good Liar とだけにしておけば、その感じが伝わったと思うけれど、例によって余計な邦題がミスリードしてくれる。この物語はゲームなどではないのだが。

ただ、それくらいに煽らないと、やや盛り上がりに欠けてしまうのは否めない。過去に遡って驚くべき物語が明かされはするのだが、その部分のリアリティが難しい。全体の尺の中での割合が短く、端折った感じになってしまっている。ヘレン・ミレンの力量でかなりカバーしてはいて、その場は納得させられるものの、後で振り返ると、さすがに弱い。そこがこの作品の厚み部分なのに。

でもまあ、ベテラン二人の掛け合いを見られてよかったと、しておきましょうか。

それにしてもイアン・マッケランが作る悪人の相は迫力ある。天真爛漫の反対語は奸佞邪智と言うのだそうだけれど、まさにそれ。いいもの見せてもらいました。

 

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2020.02.01

「ジョジョ・ラビット」

ナチスものは、年と共に少し辟易する感じが強くなって、たいてい見送っているのだった。たぶんあまりにステレオタイプなのが鼻につくのだと思う。そのため多少穿った見方をしたり、滑稽な感じのものを見るようになった。

本作はその点、かなり気楽に和やかに描いている部分があって、敷居は低い。10歳のジョジョはまだ十分甘えん坊で、お母さんはスカーレット・ヨハンソンだし。大尉はサム・ロックウエルだし。「月に囚われた男」の!

そんなジョジョ坊やが、屋根裏に母が匿ったユダヤ人少女と、はじめは敵として、そして次第に友達として、交流を深めていく。もちろん彼はナチスに洗脳されているから一筋縄ではいかない。それでも彼を密告に走らせなかったのは、母が協力者としてひどい目にあうと、少女に釘を刺されたからだった。

さてそうして、安定した交流の場ができてみると、ジョジョ坊やが吹き込まれてきたユダヤ人に関する荒唐無稽な話が、現実とあまりに違うことが少しづつ分かっていく。もっとも、少女の方も悪乗りが好きなようで、角が生えるのは20歳を過ぎてからだとか、少年の妄想を煽るようなことを意地悪に教え込む。このあたりの諧謔味が空気を和ませてとてもよい。実際、戦争中なのに、そんな感じはほとんどしない。全体に言えることだが、本作は10歳の少年の心象風景のようにフィルターを掛けて描かれている。

けれどもある日、突然の悲劇がやってくる。少年にとってたぶん初めての、大切な人の死が、目の前に。戦争という陰惨で理不尽な抑圧がいきなり大きくのしかかる。

この作品のなかなかいいところは、この悲劇をジョジョ坊やが独力で乗り切ることだ。身近に助けてくれる大人は居ない。慰めてくれる友達もいない。悲劇の場に一昼夜、ただ独り座り込んで、ときどきその足を抱きしめて涙にくれ、そうやって信じがたい目の前の事態をなんとか飲み込もうと、別れを告げようとするのだ。この放心ともいえる時間の流れを、我々は噛みしめながら見る。誰もが必ず味わう肉親の死。少年の心の裡はどう変化しただろうか。

そうこうするうちに、ドイツは敗戦になだれ込んでいく。少女と二人になったジョジョは、多少は大人になったのだろうか。連合軍が街にやってきて、ナチスの呪縛も解け、とうとう二人が晴れて表に出るシーンで、この映画は終わります。そのときはじめて、自由っていいなと、自律って大切だなと。そして愛は受け継がれると。それを言いたかったのかと、思うわけです。

いい映画だなあ。

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「ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密」

探偵小説はあまり読まないし、映画も見ない方だけど、これは面白かった。満足しました。原作があると思ったら、100%オリジナルだとか。驚きです。すごい完成度。ミステリだからネタバレはできないのがくやしい。ひとつだけ言っておくと、「大丈夫、きっとうまくいく」。

謎解きで進む小説が映画になったとき、多少の違和感が残ることがままあります。原作の意図を損なわないようにするあまり、映画としてはぎくしゃくした感じがあったり、妙に説明的過ぎたり。

ところが本作は、たいへんスムーズに進みます。謎はもう説明され解けている。それなのに展開がまるで読めない。定番の展開ならこうだよねと見ている側が思うそばから逸脱していく。確かにのどに刺さった棘のように最後まで残る疑問があるけれど、展開に振り回されて考えるのは後回しになる。見えている現象や事実はひとつだけれど、それを読み取る登場人物や観客の先入観が、話を複雑に不可解に見せる。おまけにそうなるぞと探偵に堂々と宣言させている。二重化の妙とでも言うか。

もうね。してやられましたよ。

しかも、登場人物が別の登場人物に向かって言う台詞が、実は観客に向けたメッセージだったことに、後になって気づかされる。二重に二重化されているとでも言えばいいのでしょうか。悔しいけど、これだけ鮮やかにやられると、爽快でもあります。

お話をこの結末に導いたものが、結局何だったのか。探偵は最後にそれを犯人に告げるのですが、しんみりします。登場人物たちの偽善を見てきた後では尚更。


ダニエル・クレイグが相変わらずかっこいい。
ライアン・ジョンソンはLOOPERの監督なのね。こういう緻密な映画はうまい。

週末の時間を使って損のない映画です。

 

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2020.01.31

「嘘八百 京町ロワイヤル」

昨年の正月公開された1を見て、これは初笑いにうってつけの映画だな。毎年やってくれるといいなと思ったのでした。そうしたら、今年も三ヶ日ではないけれど正月ぎりぎりで新作が来た。嬉しいです。

中井貴一と佐々木蔵之介の骨董コンビと贋作チームが笑いと涙と根性の屋台骨になっていて、そこに毎回謎の美女が絡むという、まったくよくできたフォーマット。あ、いや1回目は謎の美女は居なかったか。「探偵はBARにいる」と混同しました。

今回少し進化したのは悪役の扱い。昨年は確か悪徳骨董屋は破滅したのでしたが、今回は改心させてます。後味がいい。広末涼子演じる謎の美女が最後まで謎のままだったのもちょっといい。ひょっとしてまたどこかで絡んでくるのでしょうか。

骨董屋と陶芸家の組み合わせは、どうしても贋作がキーになってしまうけれど、贋作にも正しい存在理由を見つけ出しながら、毎年続いてくれるといいなと思いますですはい。

そういえば、骨董屋が「次は函館なんかいいんじゃない」とか言ってたな()。

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2020.01.25

「テリー・ギリアムのドン・キホーテ」

ドンキホーテって、学校の教科書に挿絵が載ってたあれですか。風車を巨人と勘違いして突撃するやつ。
くらいの認識しかなくて。
本としては前・後編があるのね。そして、時代と共に評価も変わってきていると。
全然知りませんでしたわ。

映画はというと、これがまあ、狂気の連続というか。ぐいぐい引きずられていきます。原作本から多くを借り受けてはいるのだろうけれど、映画作品としてはたぶん、テリー・ギリアムの解釈によるオリジナル。

現在と過去、現実と妄想、現と夢、それら対を成すものたちが、入り乱れてもみくちゃになっていきます。半端ない。

で結局のところ、物質的豊かさとか経済成長とかの根にある飽くなき貪欲にそろそろ飽き始めているものの、依然としてその呪縛から逃れられないどころかさらに積極的に身を投じていく我々の世界にあって、息絶え絶えになりながらも細く連綿と続いていく灯を、監督は提示しているのでしょうか。
みたいなわかったようなクチをききたくなるわけです。でも本当のところは、なんだかわからない。

見終わって一つだけ感じたことは、この作品は一見支離滅裂なのに、妙に統一感というか一つのものとしてのまとまりがある感じがする、ということです。

たぶん、理屈抜きで、これがテリー・ギリアムという人なのでしょう。

そういうことで。

誤解のないように申し添えると、これは駄作でも失敗作でもありません。
その反対で、快作/怪作と言ってもいい、面白い作品だと思います。

うまく本質を言い当てるのが難しいのは、良い作品。
これ、原作の力が監督に取り憑いたのかもしれませんね。

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2020.01.24

「キャッツ」

猫は尊い
猫を敬え

という趣旨で、猫という生き物を歌と踊りで表す作品。なのか?

家猫の様子とか、普段YouTubeで見るそのままを俳優がやっていてのけぞります。
シャーッとかバリバリとか。生態模写なんだけど、世評どおり微妙すぎる。
しっぽの動きはよくできていたけれど、あれはCGなんだろうなあ。

そのほかはまあ、普通のミュージカルですね。いや、普通じゃない点もあって、ジュディ・デンチやイアン・マッケランに歌わせている。ちょっと気の毒なほど無理がある。まあ、音楽を強めに流して、音ずれとか声量不足は誤魔化しているけど、それにしてもなあ。
それからテイラー・スイフトは悪者側だったせいか、あまり目立たなかった。

最期の夜明けのコーラスは、まあいい感じなんじゃないですかね。まるで大陸に向かって、俺らは独立するぜするぜと吠えているイングランドみたいな趣で。EU離脱派は勇気づけられたことでしょう。ほんとか。(絵は合衆国議事堂前みたいだけどね)

 

 

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「ラストレター」

故郷、青春、恋愛などを描く作品は数多くありますが、本作はそのなかでも際立った傑作です。忘れてしまったもの、忘れ得ないものを、手紙という懐かしい方法を通じて、徐々に、しみじみと、鮮明に、蘇らせてくれます。

はじめは少し滑稽な行き違いから、手紙を通じて、現在と過去が少しづつ交差していくのでした。光の中にわずかな影が差して、なかなかいい味わいだなと思って見ていると、過去の暗い影が不意に大きく蘇ります。

この作品が、普通の恋愛映画、青春映画と違っているところは、手紙に綴られる明るく温かい想いに対置される、あるものの不可思議な存在感です。主人公の青春の想い人を、暗く悲惨な道へと導いた男の存在が、この作品にえもいわれぬ味わいと奥行きを与えています。

主人公はこの男の悪を糾しに行って、逆に己の不甲斐なさを問われ、この男の虚無のありように敗北します。まことに不思議な味わいです。作者はこの男の存在を、悪というよりは混沌のように描いているようです。そして短く色濃く描いたあとは、やり過ぎずに、むしろそれに囚われてしまった彼女の運命を、それを振り返る人々の哀しみを、描く方に軸足を移していきます。

主人公は惨めな敗北に意気消沈し、思い出の詰まった廃校を彷徨うのですが、そこで、あの濃密な混沌をも打ち消すような透明な存在に出会い、想い続けた人が、同じように自分を想ってくれていたことを知らされて、救われます。

この辺りの展開のダイナミズム、過去と現在の交錯、光と影の交わりが、並みの恋愛映画にはない、本作の際立って優れた点です。これを、とってつけたような事件事故など一切使わず、ただ日常の場面と出会いと会話のみで、これ以上ないほど印象的に描き出しているのです。何という巧みな話の運びでしょう。

そして、この交わりの後に、人々は何事もなかったように元の形に戻ってきますが、それでいてそれぞれの心の裡は、始まりとは全く違った幸せな形に変わっています。成長と言葉で言うのは簡単ですが、もっと味わいのあるものです。

こんな繊細で大胆で見事な語り口は、そうはありません。

結びに、彼女が残した卒業の辞が、彼女が残した一人娘の声で、時を越えて読み上げ重ね合わされます。万感の想いを込めた、ラストレター。美しく泣けますね。

本当にいい映画です。

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