「敵」
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筒井康隆が1988年に出した小説の映画化。原作は読んでない。
出だしからしばらくは、主人公の老人の丁寧な暮らしぶりが丹念に描かれる。この流れがとてもよく出来ていて、これだけを見ていてもかなり楽しい。
それが、徐々に・・・
老人が主人公なので、はじめ、敵とは死のことだろうかと当たりをつけておいたのだが、それは違っていた。いや、まあ死には違いないのだが、肉体的な死のことではなく、もう少し心の裡に関わるものだということが、見終わるとひしひしと感じられてくる。
公式サイトに載っている、主演の長塚京三という人のコメントがこの核心部分を言い当てている。「まだやり直しのきく年齢での「絶望」は、全き絶望とはいえませんからね。」
この俳優さんもただ者じゃないな。コメントを読めば映画の全貌がわかるくらいによく書けている。だから自分の感想文はもう書く必要がない。
1点だけ触れておくとすれば、遺言状の文面の変化だ。主人公はこれを一旦は書き上げて思い残すことはない風を装っていたものの、ときどきマックを立ち上げて未練がましく何度も書き直したりしている。
当初、それはひどく遠慮がちで、自分のような役立たずで無駄飯食いの文学の徒に過ぎない者が生きていてすみません的な、世間に右顧左眄するごときものだった。自分が培ってきた価値観が時代とともに古くなり、良いとされてきたものが無価値か悪であるとさえ変わってしまうことに恐れおののいているかのようだ。
それが、映画の最後、開封され読み上げられたときには様変わりしている。
死を目前にして、いままで逃げてきたそれら自分を否定するものどものに敢然と向き直って牙を剥いた老人の乾坤の息吹。生涯を費やしてきた文学・演劇というものに対する正当な評価を要求し、自分の死後もその価値を護ることを相続人に強要する居丈高なものになっている。
これがつまり、作り手の本意なのだろう。文学を通じて得られる心の深みを否定し疎外するものすべて、右は拝金主義から左は禁欲主義までに至るすべては、敵だ。
最高に良い映画でした。