2017.07.22

「ウィッチ」

残念。ちょっと期待と違うものを見せられた。

たぶん、こういう作品に何かを感じるには、あまりに時代が進み過ぎて、権威は廃れ、リアリズムが普遍的になり過ぎた。

私には、信仰というものはどうやらなさそうだし、一神教の行き過ぎというか、災厄を説明できずに二元論に戻ってくるような嘘っぽさは、どうも好きになれない。

ワンボタン最高とか言っているApple信者は、右ボタンという名の力ある魔女に呪われておしまいなさい(笑)


つまらない冗談はさておき。

そういう知った風なことが言えるのは、現代の世界を飲み込んだ巨大な文明社会が裏できちんと機能しているからであって、荒野で誰の助けもなく孤立して飢えていけば、誰でも簡単に動物に戻り、短命に終わるのはたぶん間違いないだろう。

さしたる生活力もない私のような者は、野性の呼び声に耳を塞いで町の中で健康保険のおかげを蒙りながらぬくぬくと長寿を甘受するのが分相応というものだ。


ああ。そうか。なんとなくこの作品の価値がわかってきた。

これはつまり、カンキョーとかケンコーとかエーアイとか言ってひ弱になった人間たちへの警告なのだ。そうだそういうことにしておこう。


* * *

そういいつつも、別の見方をすれば、傲慢な一家を追放した村の支配層の色欲と陰謀だという説もありそうなんだけどね。
主人公以外の一家が死に絶えたあとに現れた、靴音の男は誰?という点を起点にすれば。

魔女が生まれるからくりは、そういうことだという見方。
気が滅入るけど。

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2017.07.16

「ハート・ストーン」

これはちょっと難しかった。そして退屈。
そもそも接点がないから、共感しようにも手掛かりがない。

たぶん、題名は、石のようになった心というような含意があるのだろう。冒頭で、子供たちが自分の力で得た大漁は、親からは顧みられずに、あっさりうち捨てられる。余計なことはせずに、昨日と同じを繰り返すのが生きる道といった頑迷で保守的な田舎暮らしを予感させる。

釣ったばかりの魚を持ち込まれても捌けないかというと、そういうわけでもないのだ。実際、ある家庭では、夕食のために台所で鶏の羽を毟っているシーンなども入っている。

子供の暮らしぶりもよくわからない、学校は全く出てこないし、大人の仕事の手伝いをしているようにも見えない。アイスランドでは、子供は案外暇なんだろうか。

ともあれ、保守的で退屈な田舎の村が舞台であるということだけは十分過ぎるほど表現されているから、そういう環境で、同性愛者であるかもしれない少年が生きるのはなかなか辛かろうという程度の理解で、おしまいにしたい。

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「22年目の告白 ―私が殺人犯です―」

http://wwws.warnerbros.co.jp/22-kokuhaku/

捻ってあるところは面白い。

のだけれど、これに感情移入できるかというと、私としては難しかった。戦争を知らない世代だしね。

まあ、知らなくて幸いの類。

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2017.07.15

「嘆きの王冠」5-7

前半4本は百年戦争末期で、これはこれで面白かったが、続いて後半3本は、薔薇戦争。プランタジネット朝という王朝の内乱で、30年という時間を凝縮して見せていて、前半と比べても一層面白かった。

ヘンリー6世がなんだか気弱そうで、これで面白くなるんだろうかと心配したけど、杞憂でした。王様が弱々しいと臣下や家族の陰謀と野心が頭をもたげて、それはそれは面白い絵巻になることがわかりました。(笑)

仕上げはリチャード3世。もうね。毒蛇。彼がこの、裏切りと欺瞞で彩られた内乱の時代を集約しているかのようです。

もちろん、正統な歴史の中では、また違った評価があるのだろうけれど、お話としてはこの方がいろいろ面白い。

ベネディクト・カンバーバッチもなかなかいい味だったけど、どうだろう。表情はうまいけれど、せむしの姿を演じるには、少し元が整い過ぎていたかもしれない。実は、不具者の演技では、シャイア・ラブーフが目に焼き付いているので、どうしてもそれに比べると見劣りはする。

まあ、単に醜いだけでは、それほど味方は集まらないだろうから、妙に人たらしなところはあったのだろうと想像するくらい。

結構な大人買いになってしまったけれど、BBC制作というから、英国人はこれを無料で見ているのかなあ。羨ましい。まあ、日本にもNHK大河ドラマっていうのがあるから、そういうものかな。

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2017.07.09

「メアリと魔女の花」

定番という以外に、何か言うところがない。

もちろん、とてもよく出来ていて、破綻しているところもないし、良作なのだろうけれども。

それなのに、この平板な感じは何だろう。
どうも、熱量が感じられない。

この種の作品に、こちらが慣れてしまったのだろうか。
キャラクタのアクがないからなのだろうか。
あまりにお話が予定調和なのだろうか。

ほんと、創作って難しい。

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2017.07.08

「ディストピア パンドラの少女」

今年に入って、ワタクシ的に最も面白いと言える作品。

お話はわりとありがちなパンデミック+人類滅亡もの。その種の作品は数多ある中で、これがなぜとびぬけて面白いかというと、ある種の世代交代を描いているから。

その希望と悲哀、立ち上がる側の新たな力と狡知。滅びゆく側の足掻きと諦め。そして、共存不可能と思われた両者の間で、受け継がれる文化と美学。交わされる敬意。教えと学び。善も悪もひっくるめて、新しい世代が飲み込んでいく。そういうものを、くっきりと描いて見せているから。

これを希望と見たのが、原題の"The Girl with All the Gifts"。
これを絶望と見たのが、邦題の「ディストピア」。
作品は両方の色合いを帯びて鈍く輝いている。素晴らしい。

こういう、見たような筋書なのに、全く新しい印象を与える作品というのは、そうはない。「カズオ・イシグロmeetsウォーキングデッド!」という評に深く同意。

必見の一本。

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2017.07.02

「パイレーツ・オブ・カリビアン/最後の海賊」

1はもうそれは面白かった。
その後だんだんつまらなくなって、前作は最低だった印象。
本作は、まあ一応の区切りで、それなりにはよくなった。

なぜ2作目以降がつまらなくなったかというと、ジャックス・パロウという稀代のキャラクタが主役でなくなったから。

もちろんお話の中心付近にいつもいるのだが、鍵を握っていない。というか、そう見えない。あっと驚く切り札で絶体絶命のピンチを切り抜ける、スパロウの底知れない存在感がない。1作目では、例えばアステックゴールドの1枚を密かにくすねて持っていたあたりに、その面目躍如たるところがあった。
その後の作品では、作り手は例のコンパスに少し頼り過ぎたのではないか。大仕掛けのアクションも、ちょっとスパロウのキャラクタと微妙に合わない気がする。

その代わりに、毎作ぶっとんだ敵役が出てきて、デイビィ・ジョーンズ、黒ひげ、そして本作のサラザール、いずれもよかったのだけど、やっぱり主役が光ってこその敵役でしかない。

敵役のストーリーにあまりに比重を置き過ぎると、主役のスパロウが狂言回しの傍観者になってしまう。

まあ本作で、口はとんがっているし胸はむにゃむにゃとかさんざんいじられたキーラナイトレイもオーランド君を取り戻したし、めでたしめでたしでシリーズ終了ということに。
と思ったら、何ですかそのスタッフロールの後のアレは。そうえいば彼はオーランド君にフライングダッチマンの船長の座を追われた後、どうしていたんでしょうね。

もう主役はどう見てもジャックじゃないよね。
そいうことにしたらいいんじゃないか。

ともあれ、本作はそこそこの出来ではありましたので、誤解はなきように願いますけど。ハビエル・バルデムがこういう役で出てくるの、いいですよー。そこはすばらしい。

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2017.07.01

「忍びの国」

毎月1日映画の日は、普段の料金なら見に行かないような作品をなるべく見る。今月は土曜ということもあって、満員御礼が多い中で、これも夜遅い回以外は売り切れ。人気あるのね。

アイドル映画だろうと思って馬鹿にしていたけど、結構ちゃんとしたつくりで、楽しめた。
そうか、原作脚本は「のぼうの城」の作者なのか。そりゃ面白いわけだ。

この嵐っていうグループの人、結構いいねと。
石原さとみは最初誰だか分らなかった(汗)。尻に敷くタイプは上手いな。
脇を固める俳優陣もなかなか。伊勢方の武将とか声がでかいし。伊賀の12評定衆っていう、合議制の意思決定機関が登場するんだけど、その面々が、クセのある悪役おっさん揃いで、これもすごくお話を引き立ててる。
殺陣と、カメラワークっていうか、その辺りがまたいい。スピード感とか躍動感あるのね。

忠義みたいな価値観押しの伊勢方と、金が全ての伊賀方という色分けもくっきりしていて、お話の骨組みとしてはよいのじゃないでしょうか。その、伊賀方のノリというか、金になると聞いた時の盛り上がりが可笑しみがあって憎めない。

あれこれ思い出すと、なんだこれ悪いところがほとんどないじゃない。
エンタメ映画万歳。

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2017.06.18

「嘆きの王冠」1-4

これは最初から順番通りに見るのがよい。

土曜日に、時間の都合で夜の「ヘンリー5世」だけ見て、アジャンクールの戦いはちょっと薄味だなと的外れな印象を持ってしまったが、翌日曜に「リチャード2世」「ヘンリー4世」前後編を時系列どおりに連続して見て、これは力作だなという感想に変わった。

もちろん、元はシェイクスピアだから、演劇的な演出や饒舌で長たらしい台詞が多い。そういうところは、現代の映画作品としては少し違和感のある場面もある。扱うテーマも話の流れもシンプルで、今風の凝ったプロットに慣れていると、物足りなさを感じるかもしれない。

それに、それぞれの王たちを見る目は、歴史とは少し違うような感じもする。これはたぶん、シェイクスピアがこれを書いたときの世情とか自身の思想も入っているのだろう。まあ、司馬遼太郎みたいなものだろうか。

百年戦争
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BE%E5%B9%B4%E6%88%A6%E4%BA%89

しかしそれらを補って余りあるのが、俳優たちの存在感だ。特に最初の「リチャード2世」のベン・ウィショーが濃ゆい。もともとこの人凄いんだけど(パフュームとか)、このお話では、正統な血筋の王が、退位を迫られる前後の、自己愛や他者への呪詛の台詞が、滑らかな瘴気を立ち昇らせていて。よくまあこれだけ朗々と他人を呪えるものだなと。

これがつまり、タイトルに「嘆きの」とついている所以だ。原題は"hollow crown"だから、普通に訳せば「虚ろな王冠」だろうけれど、「嘆きの」としたのは正解だろう。

そもそも王朝の開祖というものは、結構力づくの即位が多いのが当然なのだろうし、それ以降、次第に定着して正統性を増していくというだけのことなのだが、何代も経るうちに、世界の開闢以来そうであるような錯覚に陥ることになる。

リチャード2世の呪詛は、その錯覚、共同主観を毟り取られる嘆きなのだ。共同主観が消え失せたら、世の中は麻のように乱れるぞという警告でもある。

そう。嘆かわしいことなんだこれは。歴史の中で新陳代謝を繰り返すためには、必要なことではあるけれども。


この、共同主観の再構築は、同時に、新たな王朝を開く王の責務でもある。ヘンリー4世が死の間際に王太子に伝えたことは、呪いを跳ね返して王権に伴う責務を継承していく秘訣でもあった。

なにより、代が替われば遺恨も薄れるというものだろう。

後を継いだヘンリー5世は、国内をうまく収める一方、大陸では大きな戦果を挙げたそうだから、イングランドにとっては傑物と言ってよい王だったのだろう。急死しなければ、イギリスとフランスの関係は今とは全く異なっていたかもしれない。

歴史のIFはそれとして、ヘンリー5世がどのような態度と決意で、自分の放蕩の過去と決別したかは、このシリーズ前半の大きな見どころ。

演じるトム・ヒドルストンが、即位式で昔の仲間の悪党に見せる表情が、これまたいい出来。ベン・ウィショーの気持ち悪さとかなりの勝負。


ということで、1日たっぷり楽しめました。
来週は後半を観る予定。ベネディクト・カンバーバッチのリチャード3世ですよー。

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2017.06.10

「セールスマン」

昔々、つきあっていた女性がふと「私が痴漢とかされたらどする?」ときかれたことがあって、キョドったのを覚えている。痛い記憶。

これは、そういう話の微妙さ加減、扱いの難しさを描いていって、最後に、もっと大きな人間の悲哀を持ってきて、大人の沈黙を落としどころにしている。納得できる結論など無い。苦みのある味わい。

ちなみに、最初の問いに今ならどう答えるかというと、「そういうことが起きないように気配りするよー」くらいでしょうかね。(笑)

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