2016.08.28

「ティエリー・トグルドーの憂鬱」

技術者としての仕事を失って、それまでの矜持を打ち壊されるような再就職活動を経た後、スーパーの万引き監視員という、およそ不向きな仕事を取り敢えず得た主人公。

その新しい仕事の現場で、信頼という社会の基盤を浸食する様々な現実のケースを目の当たりにして、彼はどのような心情の変化を経験するか。

企業という仕組みは、ともすると人間を部品として扱い、より高効率・高精度の動作を求めるきらいがある。
それを当然と考えがちなのは、我々真面目な日本人の性かもしれない。むしろ諸外国と比較してその高精度を誇ったりもする。(その割に生産性は「ちっとも上がらないのには笑ってしまうけれど)

しかし、人間は機械と違う。失敗もあれば出来心もあるだろう。そういうケースで人間をどのように扱うか、その点を、この作品は問いかけているように見える。

単純に言って、出来心を起こさせない仕組みづくりで済む話にも思えるけれど、この映画がフランスで大きな反響を呼んだということは、そうした事態にうまく対処できていない現実が、あの国にはあるのかもしれない。私にはよくわからない。

幸いというか、日本はまだ移民の比率は比較的少なく、高信頼社会という価値観をなんとか共有できているようにも思える。

今後、生産性向上や、高付加価値人材、単純労働者の両方で、外国人受け入れを進めるのなら、たぶんこの映画が問いかけていることが、前面に出てくるのでしょうかね。やれやれ。

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2016.08.21

「ハイ・ライズ」

J・G・バラードの原作小説はすごく面白いらしい。映画としては・・ちょっとどうでしょうか。

まあ、言いたいことは伝わります。世の中の階層化が行き過ぎて、層間コミュニケーションがなくなった結果、階級間闘争が激しくなって、インフラとしての社会が壊れてしまい、どの階級も非文明化していくというディストピア。

バベルの塔の物語でしょうか。

しかし、そんな退行の過程にも、人間という生き物は適応していってしまうのが恐ろしいというか。逞しいと言うべきなのか。案外、その流れのただ中に居ると、自分が退行しているとは思わないのかもしれない。くわばらくわばら。

知性を備えて社会性もあるはずのインテリ主人公が、その退行振りを、なんの不自然さもなく表していて、そこは見ものでした。「アヴェンジャーズ」でロキを演じていたトム・ヒドルストンがクール。

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2016.08.12

「ジャングル・ブック」

ディズニーにとって、もう動物をCGで描くのは自由自在なのだろう。狼も虎も熊も、みないかにもそれらしく描かれる。とはいえ、実物は動物園で見る機会しかないから、もはや本物がどうなのか自信はないのだが。

それで、そのいかにも「らしい」動物たちが、人間のように言葉を話す。人間のように性格が描き分けられる。
なので、この映画は、動物映画ではなくて、むしろ擬人化した動物たちによる人間ドラマだ。まあ、いつものパターン。

その土台の上で、この映画が取り上げているのは、集団主義と個性主義(いま作った造語)のバランスだ。公共のルールと個人の自由とは、たいてい軋轢を生じるもので、煮詰まってしまうと双方のっぴきならなくなる。そうならないように、適度にてけとーにやっていくのが、実は賢い身の処し方であるという、中庸の精神が埋め込まれている。

これは良い映画だ。

私としては、熊のえーかげんそうに見えて、実は相当賢い振る舞いが好きだ。
最初は掟にうるさい頑固者だった黒豹が、最後の方では主人公の個性を認めていく柔軟さも好きだ。
集団主義に忠実な狼の群れには敬意を表したい。まああまり取り込まれたくはないけれど。
虎は哀しい存在だ。盛者必衰に至る前に、業で身を亡ぼすけれど、それも節理の一部だろう。

そういうわけで、この映画、わりと気に入りました。

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2016.08.11

「X-MEN:アポカリプス」

チャールズが禿になった理由がわかたよ!
ウルヴァリンが再び彼でよかたよ!

まあ、それはともかく、毎回鉄板のワンパターンなのに、またしても全体と細部の噛み合わせのよさで、満足度大。

言うことないです。

これは続編も期待大。

[追記]
それだけだと、ちょっとあれなので、最も重要な点をメモしておきたい。


ほとんどの映画で、悪役は極めて重要だ。それが出来の良し悪しを左右するからだ。

この作品の悪役エン・サバ・ヌールには、思想があるように描かれている。
その核心は、「道具や制度に頼るな。縛られるな。生来の能力を磨け」だ。

たいがいの悪役は、とても画一的に描かれることが多い。その多くは権威主義だ。
ところが、このエン・サバ・ヌールは、実力主義なのだ。

囚われたチャールズが、能力を利用させるように迫られるシーン。
ここではエン・サバ・ヌールは、脅しで強制するコワモテの貌を見せる。

ところが、セレブロがなければそんなことはできないと言うチャールズに、
今度は打って変わって、諭すように、
装置に頼るのではない。能力を最大限発揮するのだ、と説くのだ。

その様子は、まるで父親が易しく息子を導くようで、
さきほどのコワモテな貌ではまったくない。
それでいて、自分の思う通りの方向へ人を向かわせようとする。

これはなかなか強力なリーダーだ。
ちょっとグラッとくる。悪役いいじゃない。


彼はまた、スケールが大きい。

世界中の核兵器が発射されたとき、
誰もが、相互確証破壊の地獄絵巻を想像しただろう。

でも彼は、そんなチンケなことはしなかった。
単純に宇宙の向こうに、それらを追放し無力化しただけだ。

道具に頼るな、の思想は、ここでも貫かれている。
それに代わって世界を破滅させるのは、ミュータント自身の能力だ。
マグニートー最大出力。
エン・サバ・ヌールは、最初から一貫した考えで、そのための布石を着々と打っている。


この悪役の、自らの思想に対する忠実さは、最後まで貫かれる。

実力が突出しているが故の唯我独尊的な姿勢がもとで、
配下にも裏切られるのだが、

そんな程度では、この漢は負けない。
X-MEN全員を相手にしても、勝っていた。


では何に負けたか。

単純に、自分より強力なミュータントに負けたのだ。
学園いちのモンスター、ジーン・グレイの覚醒によって。

だから、彼の最後の言葉は、「これも運命(定め)か」なのである。
自分に対しても容赦しない。思想に忠実に、自分の滅びを認めるのだ。
そこに欺瞞や狡猾さはない。


いいじゃないのこの悪役は。

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2016.08.02

「シン・ゴジラ」

これは確かに、本物のゴジラだ。架空の巨大生物を本物と呼ぶことができれば、だが。

テロップの使い方や、自衛隊を写す色調などに、少しドキュメンタリーのような空気感があって、それが初期のゴジラ映画を思い出させてくれる。

邦画全体に言えることだが、金食い虫の映像技術に頼り過ぎず、脚本と台詞によるドラマとして価値を持たせようとしているように見える。映像は決して安っぽくはないのだが、ハリウッド産を見慣れている目には、低予算な印象は否めない。が、それはこの映画の価値を全く落としていない。

ゴジラは、はるか遠くに見えていて普段はぼんやりした不安でしかないけれど、知らないうちにすぐ近くにやって来て突然凶暴な実相を顕わす危機イメージの象徴だ。そのことを、作り手は十分理解している。

だから、描かれているのは、ゴジラそのものではなく、コジラが象徴するもの、そしてそれに対処しようとする人間たちのドラマだ。

まさに原点回帰。

しかも、ひょっとすると、原点を超えているかもしれない。

エンタテインメントとしては、これはもうヲタクな人たちの評判を聞くのが早い。そんなところにまで趣向が凝らされているのかと驚くような伏線が満載。らしい。

ま私としては、近頃感じているそこはかとない危機の感じーそれもひとつではないーを思い出させてもらっただけで、十分満足いたしました。

続編へのつなぎも仕込まれているようだけれど、あまりうまくいかない気もする。エヴァンゲリオンを見れば、それがこの作り手の限界なのだと、わかる人はわかるのではないか。

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「シン・ゴジラ」

ゴジラは象徴だ。

ゴジラそのものを見てもしかたなくて、それが意味するものと、それが浮き彫りにするものを見ないといけない。

そういう点で、この作品はまさしくゴジラの原点に回帰している。


初代ゴジラの場合は、核のパワーを象徴していたのがゴジラだ。

最新作の今回も、もちろん、核は重要なテーマだけれど、それ以上に、日本的組織や社会の在り方そのものを抉っている。

だから、そういうことに関心が向いている人は面白いと言い、そうでない人にはちっとも面白くない。

なにしろ、上映時間の大部分は、台詞中心のドラマなのだから。

金のかかった特撮SF映画を期待していると、そこで裏切られる。

ワタクシは、とっても堪能しました。


それにしても、役者の演技がクサイのは、これはもう仕方がない。日本人はこういうコンテクストで真実味を出せるようにはできていない。

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2016.07.23

「ヤング・アダルト・ニューヨーク」

原題は、"While we're young"。2014年の作品。
原題の示すところが、この作品の意図ではあるのだろうけれど、ちょっとそれを掴み損ねた。

誤解を生みやすい邦題と、4人のキャストの組み合わせから、違う内容を想像して行ったので、先入観を修正するのにエネルギーを使ってしまった。

たしかに、若者の傍若無人ぶりや自己愛とかは、どんな時代でも共通してあるのだろう。昔、同じように若者だった中年夫婦からそれを見れば、自由と熱量は羨ましくもあり、しかしながら受け入れがたい価値観の違いはあるだろう。「矩を踰えず」の制約を感じる年齢になったか否かの違い。


映画作りの上手い下手でいえば、たぶん下手な印象だが、若い野心家(アダム・ドライバー)の方が、「自分が死ぬ気がしない。変かな?」というくだり、これが渋い。

若者の不遜や自己愛の中心には、それがある。
歳をとって子供ができると、死ぬのは怖くなる。
(自分が死んだらこの子を護る者がいなくなる)
そういうことが、さりげなく、下手くそに(笑)、描かれている。

歳を取ればたいがいの人が気付くことに、この中年夫婦もまた開眼するわけだが、それが微妙に苦々しく感じられたのは、作品の意図だったのだろうか。どうだろう。

ちょっと落ち着きどころを探すのに苦労するような、未完成のような、描き切れていないような、そんな不安感が残った。

配役がすばらしいだけに、やや残念。

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2016.07.17

「インディペンデンスデイ リサージェンス」

1を見ていないのだが、前作の登場人物らしき人たちが、あちこちで活躍する。
宇宙船の巨大さを堪能するのが趣旨の娯楽映像。

まあ、言ってみればそれだけのもので、どうしても見なければという作品でもない。

ところどころ、スケール感がおかしかったり、舵が利かないといいつつ操縦していたり、変なところもある。

中国系の登場人物を、主人公に近いグループにはめ込む手法は、今後は一般化するのだろう。そういうことに慣れておくにはいい材料かもしれない。

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2016.07.10

「ブルックリン」

いわゆる上京物語。

地方の伝統的で馴染のある良さと、都会の刺激的な目新しさとが描かれる、よくある筋書だ。
その間で、主人公の揺れる気持ちを浮き上がらせている。

結局、どちらを選ぶかを主人公は決めることになるのだが、そこをセンチメンタルには描かずに、誰にでもわかるような明快さを持って鮮やかに打ち出している。それがこの作品の肝だ。

田舎の因習や、集団主義、権威主義、利権構造の象徴のような女商店主に対して、主人公がきっぱりと、強い口調で名乗るシーンは、自我の目覚めをはっきり意識させて、まるで一陣の風が澱んだ空気を吹き飛ばすように爽やかだ。

シアーシャ・ローナンは、派手な美人というわけでは決してないが、理知的で心身ともに頑健な人間をよく演じていた。今後も期待して観ていきたい。

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2016.06.19

「帰ってきたヒトラー」

はなはだタイムリーな映画。
内容的にも、WWⅡでの恥ずべき行いを、ヒトラーとその一党に全責任を負わせて、被害者のふりをすることもなく、いたって真面目。

ドイツ人の中にも、現状の移民の流入に対して、もう少し生来のドイツ人を優先的に考えてもいいのではないかという気持ちがあるのを、正しく取り出している。その取り出し手、不満の受け皿ともいえる立場に、WWⅡの末期から転送されてきたヒトラーを配置するアイデアが、極めて秀逸。これは笑うべきか怒るべきか真面目に考えざるを得ない。

そして、とても重要なのが、人間ヒトラーの描き方だ。
ステレオタイプな悪魔のように描いてはいない。

情報収集のために労を惜しまない努力家の一面。人間をよく観察してそれぞれの特質を見抜き、利用(活用)する才能。必要とあれば自分の手を動かすのをためらわない勤勉さ。そして、演説で人を魅了する政治家としての力、無言で他を威圧して従わせる統治者の能力。

そういったものを、丁寧に描いて、ヒトラーの人間力を、説得力を持って訴えてくる。

もちろん、指を噛んだ犬を射殺したり、ユダヤ人と見るや態度を豹変させた、いつのまにかゴロツキを集めて手足のように動かし交錯していたりするエピソードもしっかり挟み込んで、この人物の立体感を出している。

そうして、ヒトラーの存在感を十分感じさせたうえで、クライマックスで、彼の口を借りて、作り手は観客に訴えてくる。
ヒトラーがもたらした差別や排他的な感情は、ドイツ人の普通の人々の一部なのだと。

このとき彼は微笑むのだが、その笑いは、極めて真面目な思いから出たものだ。悪魔的な笑みなら、鼻で笑い返すことができるのだが、そうさせない。この天才政治家の憎むべきところと言うべきか。演出も役者もがんばった。


結局、はっきりとわかるような結末は、この作品にはない。しかし、オープンカーで街を行く彼に、多くの人が示す好意的な素振りを、どう受け止めたものだろうか。

もちろん、激しく反発する人もいるのだが、それは少数なのだ。

さて、Brexit poll は3日後に迫った。欧州はどこへ行くのだろう。

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