2012.05.27
2012.05.20
「ダークシャドウ」
たぶん、英語がもっとわかれば、より楽しめるのだろう。浦島太郎なヴァンパイアが現代に蘇ってお家再興に奮闘するコメディタッチのソープドラマ風。以下ネタバレ。
キャラクタが、とってつけたように変人揃いなのは、原作がTVドラマだからだろうか。毎週放映のような背景で、ネタ枯れに備えている印象。映画では、キャラクタの多彩さが、かえって仇になったような気もする。
主人公の台詞の言い回しは、きっと古風な味付けなのだろう。服装も見るからにそれ風。ロンドン風ということになっているのはTV放映当時の英国に対する風刺だろうか。その古風なふるまいとものいいの中に、現代っ子のおしゃべりから覚えた単語が混じるのがおかしい。例えば検非違使を演じる中井喜一が、烏帽子装束で覚えたての単語「おっぱい」を会話の中に織り交ぜて、真面目にどや顔すれば、これは笑う。たぶんほかにもいろいろあるのだろうが、英語力が足りなくてよくわからなかった。
魔女役のエヴァ・グリーンは、モデルさんだけあってすんごい。美しい女は怖いのだ。主人公は一応無敵のヴァンパイアのはずだけれど、いろいろ歯が立ちません。ジョニー・デップはそういう役どころがよく似合う。結局この魔女を倒すのは、別の人。何百年も生きた魔女が滅びるときは、急激に老化してというのがお約束だけど、ここでは少し違う滅び方をする。このあたりは見てのお楽しみ。
全体にとりとめのない仕上がりだが、問題提起の芽は随所にある。家庭教師の生い立ちとか、義父のコソ泥根性とか、安産型のナニであるとか。そもそも全トラブルの発端は主人公の浮気症であるわけだし。これはエンディングではっきり示される。
たくさんの指摘はあったけれど、これ一作だけでは消化不良か。「パイレーツ・・」のような連作に持ち込むことをイメージしているかもしれないが、少々難しい気もする。
クリストファー・リーがちょい役で意外なところに嵌め込まれている。なるほどこれはそういうコンテクストの映画なのかな。
2012.05.13
「裏切りのサーカス」
ゲイリー・オールドマン。「レオン」で印象的な敵役の悪徳刑事を演じた人。でもこの作品では全然違う印象。それを見るためのような映画。以下ネタバレ。
冷戦時代のスパイというものが実際にどんな活動をしていたのか知らないので、「リアル」なスパイ映画と言われても、そうなの?というくらい。MIシリーズとか007シリーズみたいに鉄砲振り回すのはつくりものだとわかってはいても、では実際はというと知らない、というのが本音。
謎解き映画かといわれると、敵を割り出すロジックと手法は、結局、案外単純だった。情報組織の幹部がほぼ全員、敵方とつながっていたというオチは笑えないが、情報組織なんてものは、金ばかり食うが実際はそんなものという英国流の皮肉だろうか。でも大英帝国を支えた力は、世界に広がった情報網が源泉だったそうだから、Intelligenceを馬鹿にしてもいけない。
エンディングで、主人公が諜報組織の長の席に座るのにあわせて、BGMのおわりの拍手が重ねられるのは、しかしやはり、最大級に皮肉っているとしか見えない。そういえば、他の幹部4人は処分されたとしても、「コントロール」の疑惑の5人のうちの最後に残った彼自身は、本当はどうなのか、何も明らかになっていない。
というわけで、疑いだすときりがない、変な映画。何か重要な点を見落としたのだろうか。
そういう不安に応えてかどうか、シャンテでは、2回目を見るときは1回目の半券を持っていくと千円でいいそうです。
そうそう、スパイといえども私生活はいろいろあって、というところが、少し本物っぽい。にもかかわらず、描写が少し絞られすぎてわかりづらい。東欧で殺されかけた諜報員が、最後に幹部の一人を狙撃したところで涙を流す理由などは、それを窺わせるシーンはたしかにあったものの、こちらの腹に落ちるような説明はない。主人公の手足となって業績をあげた若手が、探索の途中で同居人の身を案じて別れる台詞なしの一連のシーンなどもそう。
スタイリッシュと言うべきなのかもしれないが、観る側はそれらの背景を想像で補って、なおかつ謎解きにもついていかなければならないので、少し忙しい。
2012.05.11
「ドライヴ」
「ヴァルハラ・ライジング」と同じ監督の作品。二週続けて同じ監督の同じような作品を見た。怒りと憎悪に暴力を添えているところは似ている。「ヴァルハラ~」が古武士の一生のように見えるとすれば、こちらは、洋ものの任侠映画と呼んで差し支えないだろうか。あるいは、前者を、子どもを護る漢のお話とすれば、後者は、女と子どもを護る漢のお話かもしれない。
主人公は堅気ではない。それが、普通のチャーミングな既婚女性に惚れ、そのまだ小さな息子との、ささやかだが平和な暮らしに憧れ、そのやくざな亭主を助けるために、暴力組織にひとり立ち向かう自己犠牲のお話。そういう筋が見えれば、わかりやすい。「疾走する純愛」とは言い得て妙。以下ネタバレ。
「ヴァルハラ~」の主人公は、はじめ憎悪によって駆動されていたが、こちらの主人公を突き動かしているのは、むしろ怒りと呼んだほうがいいかもしれない。この町に来る前にも、その怒りを抑えきれずに、やくざ組織と事を構えたのだろうことが、うすうす感じられる。その怒りは限度を超えて、ときに狂気のように発動する。それを、惚れた女に見られたあたりから、主人公の勝手な自己犠牲精神は盛り上がる。このあたりが、任侠と感じる所以。
男にとってはちょっとかっこいい映画かもしれないが、女の観客にとってはどうなのだろう。強くてかっこいい男に惚れられた女性は、はじめはまんざらでもないだろうが、黒い狂気を見てしまったあとは、かっこいどころではないかもしれない。
承知の上で、割り切って男向けに作ったであろう、潔さも感じられる作品でした。
「ヴァルハラ・ライジング」
1か月ほど前に見て、書くことができずにしばらく寝かせておいた。これをスタイリッシュな暴力とする評価があるらしい。確かに手加減のない暴力シーンや、象徴性の強い映像が埋め込まれてはいる。しかし、この映画は精神性の要素がより大きい。最小限に削られた台詞と、見る者を掴んで離さない力ある映像とともに、込められたメッセージが見逃せない。おそらく、観る人に応じて異なる見方があるだろう。以下ネタバレは読まずに観るのが吉。
古武士の趣を持った主人公の一生を、暴力と憎悪に始まって、宗教と関わり、狂気を経て自由へ、そして最後に生の意味を見出すまで、順を追って描く。ただそれだけなのだが、男の一生というものは概ねこんなものではないかと思える。
だいたいが、男の子の人生は、最初は親の束縛を受けながら、他人と競争することから始まる。現代ではそれはソフィスティケートされているが、それでも他人に勝つことで生き残る練習という側面は否めない。同時に、自分にそうした生き方を強いる世界に対する憎悪を生む。
長じれば、彼は一応の自由を手に入れるだろう。闘いの中で身につけた業が自由の支えだ。そしてどこかで彼は、宗教に出会うだろう。身に付けた業はそのままに、宗教というものに何らか救いを期待するのだろうか、行動を共にする。
しかし、宗教も一皮むけば、世俗の権威と何ら変わらない。そのことは、騎士団との最初の出会いのときに、裸で鎖に繋がれた奴隷たちの絵ではっきり示されていた。袋小路の狂気の中で、救いはないことを悟った後、離脱によって自由を取り戻すが、宗教が振りまいた敵意が、ヒトの形をとって彼を取り囲み逃がさない。
もし、彼が初めの頃のように、憎悪によって駆動されていれば、再び一人で切り抜けたかもしれないが、彼の内面は変化しており、憎悪ではなく別の真理に従って、あるべき結末を迎える。
ひとの一生は、つまるところ順送りであることを、寡黙な映像で、最後の瞬間までそれと悟らせないように、巧みに描いたといえる。
ちりぢりになった宗教騎士団の生き残りもわずかとなって、それぞれの人間性が露わになるシーンが印象的だ。統率者の無二の友であった僧侶は、息子たちを死なせてしまったことを悔い、彼らを旅にいざなったことを悔いて、死に方が問題なのだとつぶやく。
死に方の問題。それを、まさに主人公が最後に示すことで、この映画は観る者に強い印象を残す。思わず襟を正させるような、見事な終わり方の一本。
2012.05.09
図書館とTUTAYAの提携話の件
あんまり情報収集せずに、まず思うところを書き飛ばしてみる。
1.利用者の自主的選択に任せる考え方
借りた履歴情報の提供をするかしないか利用者が選べるようにしたらいいのじゃないかと。単純にそれだけの話のような気がするけど、なんでこんな騒ぎになってしまっているのだろう。
個人情報提供によって、個人の側にはメリットとデメリットの両方が発生するのであって、差し引きプラスかマイナスかは個別に判断することであるように思います。
技法として、オプトアウトかインかというのは、その次の枝の話。
2.ガイドライン遵守を事業者に義務付ける考え方
もっとも、履歴の提供と引き換えに得る利便性の魅力が、普通の人にとって非常に大きくなって、思想信条の自由と引き換えにしてもよいとするような風潮(日本的に言うと「空気」)が生まれ、思想信条の自由を保持する自由を奪われたくない個人が生きにくい世の中になる事態は起こり得る。
そうした「空気」の増長を抑制するためにこそ、事業者に対してプライバシーの尊重を義務付ける考え方があるのだと、勝手に解釈していますですはい。これは、個人に対して非人道的に振る舞い得る社会(多数の暴力)というものから、個人を護るための予防装置。
3.事業者に対する距離感
もう一点、自分の読書の嗜好を握らせてもよい相手を選ぶ自由は確保したいところ。 Amazon に知られるのはかまわないけど、TSUTAYAに知られるのは嫌だ、という感じ方はあると思う。
ましてや今回は、公共の図書館だから読書歴はだれにも知られることはないと思っていたのが、いきなり民間の事業者に引き渡され、これでもかとばかりに営利目的で利用されるというのだから、それは反発も起きるだろう。団鬼六の文学的技法の研究のために借りた履歴は間違いなく消去してもらいたい。
* * *
私の結論は、いまの状況からは、1で当面はいいかなというくらい。
あんまりひどくなるようなら、2に鞍替え。
2012.05.05
120503山陰行記
最終日。東京まで飛ばすぞと思ったものの、地図を見ると途中に有馬温泉が。せっかくの機会なので寄ってみることにする。
来てみると、ちゃんとした温泉街だ。神戸市街に近いのでもっと現代風なものを想像していた。距離的には、例えば横浜の戸塚あたりにあるような感覚なのだ。この違いは、六甲山の存在が大きいのかもしれない。関東平野にはそういうものはあまりないから、温泉といえば、北関東か箱根方面まで行かなければならない。

日帰り湯として金の湯、銀の湯がある。金は主に薬効か。銀は二酸化炭素泉で血行がよくなる。どちらもよく効く。

太閤の湯殿館という展示施設がある。年表を見ると、地震の影響で湯温が変わることが記録に残っているらしい。阪神大震災のときはどうだったのだろうか。
館の裏手に泉源がある。

ここのもうひとつのウリは炭酸水。それを使って焼いたという炭酸せんべいは、普通のゴーフレット。あちこちで売っている「てっぽう水」という瓶詰めサイダーは炭酸がかなりきつい。これとは別に、本来の炭酸泉があって、試飲できるようになっている。

有馬の特徴は、なんといっても都市圏に近いことだろう。草津のような湯量でもなく、別府のような種類の豊富さでもないが、都市に近いということは得難い利点だ。
さて、高速にもどってひたすら東へ。大津SAで休憩。琵琶湖が見渡せる。

新名神というのが出来ているので、そちらを使う。刈谷SAには観覧車がある。土産物のお菓子をバラで売っていたり、揚げ物屋の特徴的なメニューなど、いろいろ工夫が見える。

帰りも再び新東名へ。関東は霧雨に包まれている。雨を追いかけるように走る。
清水SAには、車やバイクの展示。バイクの展示は、バイクウェアのクシタニが管理しているそうな。

駿河湾沼津SA(上り)はマスコミでも取り上げていたデザイン。2階建て鐘楼付き。イクスピアリの劣化コピー風。吹き抜けにある案内ブースの様子を見るスーツが1名浮いている。様子見なら、場に馴染む格好で目立たないようにすればと、いつも思うのだが。
もっとも、車で来ている人のカジュアルな装いの中で、雨の中をバイクで来ている自分のレインウェア上下+ブーツカバー姿も、かなり浮いている自覚はあるので、あまり大きなことは言えない。

結局、一日で津山から東京まで走ってしまった。距離は、GoogleMaps のルート検索で見ると、650km程と出る。有馬で湯巡りもしたから、結構強行軍だった。
やっぱり次はフェリーの予約を早めにしよう。
120502山陰行記
鳥取から西へ、米子まで走る。その地の名産品を知りたければ、鉄道の駅へいくとだいたいわかる。米子駅には、たとえば、こんな名産を売っている。

古事記のエピソード、因幡の白兎は、壱岐の島から渡って来たのだった。日本最古の物語が、山陰の名産だ。もうひとつ、ゲゲゲの鬼太郎も有名。ということで、ここから北へ、鬼太郎の里、境港を目指す。驚いたことに、米子空港は「米子鬼太郎空港」に改名したようだ。交通標識が市街地もその外縁も全部修正されている。島根県民はそうとう本気。ちなみに、空港自体には両方の表記がある。気になって確かめに行ったのだ。

島根県民の本気に比べると、国交省はちょっと腰が引けてる。w
空港から境港はかなり近い。やってきました妖怪の町へ。駅前で限定品の切手を売っている。妖怪ポストにお願い手紙を出すために1セット買う。それにしても、遠野のときもそうだったが、なぜそれっぽい女性が売り子になっておるのか。遠野ではお狐様のような娘だったが、ここはどう見てもセクスゥイな猫娘。
奥の机のおっさんが人選してるだろ。間違いなく。

連休中は漫画サミットとかいうものがあるらしい。鳥取県はまんが王国になっているようだ。知らなかった。独自路線で突っ走るて、一体何があったんだ。
水木しげるロードというのは結構長くて、妖怪の像が延々並んでいる。沿道には妖怪にあやかった怪しげな店や神社まである。なんなんだ。

この店は、奥の暗がりにちょっとアレなものがある。アレ過ぎるので写真は撮れない。

本来危険なものである妖怪の気を適度になごませてくれるこの男は、鬼太郎の世界に不可欠。

しかしほんと、これなんか夜中に寝静まったら動くのじゃないか。

こどもたちには人気があるようで、高校から中学くらいまで、複数の団体が来ていた。
結構時間を使った。今日中に出雲へ着くのが目標なので、先を急ぐ。次は松江。
途中、中海に浮かぶ江島へ渡る橋を渡ったが、これがものすごい高さ。こんなに高く持ち上げる必要がよくわからないが、すごい。検索するとこれが高さ45Mとか。松江観光協会のページに載っている。

松江駅前は面白い構造をしている。車は地下に誘導されて、車寄せで乗降する。駐車場もあるから停めることもできる。金はかかるが地上をすっきりさせるにはひとつの方法。

ついに、出雲大社に到着。今回のツーリングの最終目的地。

木造の大鳥居が高い位置にあり、参道から登ってきて鳥居をくぐると、今度は本殿まで下り坂になる。ちょっと変わった高低の付け方。距離が十分あるので、これで違和感はない。
拝殿には巨大なしめ縄。本殿は平成の大遷宮のため御修造中。1年後の平成25年5月に「本殿遷座祭」が催されるそうな。

ここのお参りの仕方は、2拝4拍1拝。普通は2拍だから、その倍、手を打ちならすわけだ。さすがオリジナル。
さて、お参りも済んで、あとは帰るだけだが、菊竹清訓が設計した宝物殿を覗いてみる。明治時代にあったシカゴ万博で賞をとったという稲田姫命の像がなかなかよい。美人だが凄絶というか、そういう表情。剣を手にしているのは何かの故事だろうか。宝物殿の入り口には、16丈の高さがあったという大昔の本殿の柱の実物大模型がある。周囲の松などと比較して、その太さがわかる。

向かい側には、同じ設計者の庁舎がある。こちらの方が建築としては知名度が高いが、どう見てもコンクリートの使い方を間違えている。この時代の建築関係者の、木造に対する否定的な感情を、ここに読みとることもできるだろうか。

お社を出て近くに、大昔の本殿の模型が展示してあった。これが本当ならすごいのだが。

wikipediaを見ると、こうある。
16丈の建築物が古代において建造可能であったのかに疑問を呈する意見もあるが、実際に何度も倒壊したという記録があり、当時の技術レベルを超えて建築された可能性は否定出来ない。ファンキーだのう。
新宿に高さ1マイルの超高層を建てようず、といって建ててしまったものの、それが地震のたびに倒壊する場面を想像してみれば、この無茶苦茶さがわかろう。
上古32丈についても、山の頂上に建てられ、その山の高さであると考えれば、不自然では無いという意見もある。32丈(96M)はさすがに無理だろうから、大袈裟に言っているのだろうとは思う。
参道を下っていくと、鉄道の駅がある。畑電鉄大社線の出雲大社駅前だ。これもなんというか変わっている。

総じて、出雲はおおらかであるという印象を持った。あまり格式ばっていない。畏れ多くはあるが親しみがある、そんな感じ。神話の時代のゆるさとでもいうか。
参道にはHONDAの店もあったので、切れたウインカーの電球を交換してもらう。あっさり直って助かった。
これで、一応旅の目的は終了。あとは東へひた走るだけだ。今日中になるべく距離をかせぐために、中国道に乗ってとばす。日もすっかり落ちたところで、津山という大きそうな町で、ビジネスホテルに一泊。
120501-2山陰行記
丹後半島とはここで別れて、国道はしばらく内陸を走る。再び海側に出ると、そこはもう山陰地方。余部鉄橋がいまちょうど取り壊されているところだ。すでに取り壊しが完了した側は、橋から直接トンネルにつながっており、旧トンネルをそのまま使うためだろうか、微妙にカーブしているのが面白い。

鉄橋100年の歴史の最期を見届けようと、近在のお蛇様なども見学に訪れていたようだ。もうお帰りになるご様子。

コンクリート造になってしまったから、もう鉄橋とは呼べなくなるんだなあ。

このあとはもう、鳥取砂丘まで一直線。なのだが、途中、シールド機の組立て現場らしきものを見かけた。珍しいので止まって撮影。

やっと鳥取に到着。砂丘に隣接してキャンプ場がある。そこに設営して、歩いて砂丘を見学に。
第一印象は、あまり大したことがないように見えるが、海岸まで歩いてみると印象が変わる。やはり大きい。

ここまでが、キャンプ場から砂丘への入り口。これだけでも相当な距離だ。

砂丘を少し行って振り返ると、さきほどの松林はずっと後ろに。しかし前を見ると海はまだはるか向こう。
海はまだか。後ろを見ても砂。前を見ても砂。
この茫漠とした感じは少し怖い。

落ちている小さな貝殻と、持ってきた丹波黒豆を、なんとなく並べてみたり。拡大して見ると、砂粒は半透明、黒、茶の3種類からできているらしいことがわかる。

ペットボトルの水を垂らしてみると、おもしろい模様になる。砂に粘り気がある感じなのが、琴引浜とは違う。だから足跡も残るのだろう。

しばらく黒豆など齧りながら海を眺める。波のうねり方を見ていると、案外すぐそこあたりから、急に深くなっている気がする。
管理事務所の人は、鳥取には砂丘ぐらいしかないなどと謙遜していたが、なかなかどうしてこれはたいしたものだ。学校の教科書に載るだけのことはある。外側から全体を眺めても、この砂の量感はわからない。中へ踏み込んで歩きまわってみるのがよい。
疲れたが満足して寝る。
そうそう、旅程の4日目にして、やっと山陰に足を踏み入れたわけだが、この旅も終り感は一体何?w
120501-1山陰行記
天橋立の名の由来は、小高い丘から股のぞきをしたときに、天につながる橋に見えるからだとか。傘松公園というところから見るとよいのだそうだが、そのさらに上の方に成相寺というお寺があって、そのまた上に展望台があるそうなので、最高所の展望台へ行ってみることにする。
朝早いのでゲートが閉まっている。バンで来ていた先客の話だと、ゲートができたのは最近のことだそうな。その人は毎年巡礼に来ており、ゲートができる前は入ってすぐの駐車場でトイレなども使えたとのこと。寺にもいろいろ事情があるのだろうけれど、巡礼を締め出すなんてなあとの言。マナーの悪い客もいるだろうから、難しいところか。しばらく待つと、係の人が軽トラックで上がって来て、時間前だが開けてくれた。
それにしても、バンで一夜明かしたそうだが、巡礼ってそういう感じなのか。これから定年迎える人が増えて、車内泊の旅行者が増えるのかも。だからというわけでもないだろうが、車椅子でも拝殿に上がれるエレベータがあった。

展望台は、ここからさらに上がった標高600Mの台地にある。能書きどおり、なるほど傘松よりも眺望は良さそうだ。

ここには願掛けのかわらけ投げもできるようになっていて、輪の中をくぐらせるといいらしい。

作務衣の門衛さんとしばらく話す。東北の話がでて、松島は大丈夫かと聞くので、昨年見聞きした様子など話す。同じ日本三景として気になるようだ。帰りがけに、丹後半島を海沿いに廻っていくといいとアドバイスをもらう。
丹後半島を左回りに、有名な伊根の舟屋を見に行く。まず海上から遊覧船で。水がかなり透明だ。

生簀の手入れに来ている漁船と、その向こうの舟屋。陸側の平地が狭いから、こうした住戸になったとされている。

陸側から舟屋を見たところ。人の生活圏なので、至近距離の撮影は控えめに。

陸の道が細くて不便なので、以前はちょっとした移動にも舟を使ったとか。カーポートに車を停めているような感覚だったのだろう。
背後の山にある道の駅から湾を見下ろすと、かなり奥まった感じがわかる。海が比較的穏やかそうだということも、舟屋の成立に関係しているだろうか。

伊根を離れて少し内陸の国道を行くと、半島の北端あたりの海岸に出る。瑠璃色の海が美しい。

さらに西へ。琴引浜というところを通りかかる。鳴砂の浜があるらしい。有料だがちょっと寄ってみる。
たしかに、足を蹴りだすようにして歩くときゅっきゅと鳴く。さらさらしているからなのか、足跡がまったく残らないのが不思議。

ひたすら西へ。久美浜湾に出る。湾と呼ばれているが、宍道湖などと同じ汽水湖だ。穏やかな水面。

豪商稲葉家住宅を中心に、伝統的な街並みがよく残っている。電柱は致し方ない。

稲葉家住宅で昼食をとっていると、よくとおる声で台詞を云うのが聞こえる。なんでも、連休本番の明後日から、ここで紙芝居を上演するので、その稽古だそうだ。日本家屋に調和したいい声に暫し耳を傾ける。






















