2016.09.26

「ハドソン川の奇跡」

「信頼できる人間」とはこういうものだ、という像を描き出している。
イーストウッドの監督としての才能に改めて惚れ直した。

あっさりした抑えた調子のなかで、伝えるべきことをきちんと伝えている。
簡単なことではないはずだが、それをあっさりやり抜いている。

イーストウッドは以前、自分の主義主張とは別に、米国人が見たいと思うだろうものを、自分は映画にしている、という趣旨のことを言っていたが、そのとおり、またしても、米国の今を読んで、必要なものを投下している。

その眼力は、いつもどおり素晴らしい。

演出や映像が過剰なエンタテイメント映画が盛んな中で、一服の清涼剤。
とてもいい映画を見せてもらいました。

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2016.09.24

「イレブン・ミニッツ」

久しぶりに、金返せといいたくなるものに出会った。

駄作だなと思いつつ、金まで返せとまで思うことはそうはないのだが、これはなあ・・

駄作なのは一見して駄作ぶりがわかるから、まだましなのだ。

何かありそうに見せておいて、客に時間を使わせたあげく、最後まで付き合っても何もない。
こういうのは最悪なのであります。

そんだけ。

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2016.09.17

「怒り」

原作小説があるとのこと。そちらの意図をきちんと反映できていたのかどうか。
俳優たちの非凡な力量で、押し上げてもらっている感のある作品。
(以下、少し書き直しあり)


東京、千葉、沖縄、それぞれの地で、犯人とは全く無関係、お互いにも無関係な人々の、ドラマを描いている。
共通するテーマは、「信頼、裏切り、怒り、悔悟、赦し」だろう。これが二つの主体の間で交互にやりとりされる。

はじめは、裏切りと悔悟の間に「怒り」があるのをすっかり見落としていて読み違えていた。東京と千葉のケースでは、それが描かれていないので、わかりにくくなっている。想像で補うしかない。


作中に生で出てくる「怒り」といえば、沖縄米兵による少女暴行と、お話の発端となっている犯人の発作的な感情の2つだろうか。沖縄の方は、広瀬すずの頑張りのおかげで、感情はよく伝わった。ただ、それが怒りなのかどうか、読み取りにくい。単純な怒り以上に、複雑な感情がそこにはあるのだろう。

犯人の病的な発作の方だが、こちらも少しわかりにくい。壁に刻まれた文字は、この発作が怒りの表れだ、と明示している。少なくとも、この作品はそう言おうとしているように見える。少し言葉を付け足して、「底辺の怒り」とすれば、なんとなく恰好はつきそうだ。「やり場のない怒り」とするともっとわかりやすいか。

そう考えてくると、やっと全体像が見える気がしてくる。

東京と千葉のケースは、悔悟とそれへの赦しというキャッチボールを経て、和解へとつながっていく。
沖縄は、まだその段階に至っていない。それどころか現実は、火に油を注ぐような方向に向かいかねない。

「なぜそんな簡単に人(の言葉)を信じるんだ」
犯人はせせら笑う。
沖縄の人は、言葉の軽い元宰相の貌を、そこに重ねて見ているかもしれない。
その後ろには、我々本土の無数の人々の無関心が連なっている。
さらに、言いにくいことだが、沖縄の人たち自身も事なかれ主義だ。
外の異音に気づいていながらカーテンを閉める主婦のカットが、それをよく物語っている。


怒りは、原因を作った者の反省と悔悟を経てからでないと、赦しという出口へ向かうことができない。というのが、この作品の主張だろう。原始キリスト教のような無条件の赦しの概念はなさそうだ。

この怒りは、制度的に弱者が固定され再生産されつつある社会に対する、やり場のない怒り、でもあるかもしれない。沖縄が米軍基地の場所として固定化していることと、制度的な弱者が広く固定化しつつあることが、重ね合わされている、とも読める。この怒りは、矛先を向ける先が掴みどころのないものなので、やっかいだ。


それにしても込み入った作り方だ。
簡単にわかるように表現したくない、それだけで済まされない、そういう気持ちも、入っているのかもしれない。


このわかりにくさは、少し自分には重かった。
平易な言葉で定式に落とし込むことは簡単だ。冒頭で書いたように、5段階のキャッチボールがそれになる。

しかし、それ以外の様々な要素が絡みついて、問題をひどく解き難くしている。その状態が長く続いていることで、問題を解いてしまうことに一抹の不安感さえ生じているかもしれない。このままの方がいい、というような。


実力のある俳優さんのおかげで、いいシーンがたくさんあったけれど、話の組み立てのわかりにくさのせいで、いまひとつ残念感が残った。

いろいろ考えるには良い材料でした。

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2016.09.14

「君の名は」

センチメンタルでロマンチック。

タイムリープの最も効果的かつ一般的な使い方は、時間のすれ違いがもたらす切なさ。
一緒に居たいのに引き離される、忘れたくないのに忘れてしまう、を表すこと。
そのとおりの使い方で、鉄板の定番。

それを除けば、普通にちょっと青臭い恋愛もの。

絵は、独特のうまさがある。いつもどおり、緑を描くのが上手いけど、今回はそれに加えて、彗星の絵がとっても綺麗。

これはなるほどヒットするわけだ。


ちなみにワタクシは、同じ監督の「言の葉の庭」を見て、なんじゃこの駄作はと思ったので、本作も見ないつもりだった。でも見ないことには悪口が言えないので、見に行ったのでした。

「言の葉の庭」ほどひどくはないけど、今回も、この作り手の、人の心の機微に対する感覚は、あまり好きじゃない感じがした。

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2016.09.11

「アスファルト」

寂しがりやな人間の本音をじんわり描いたよい作品。

基本的に孤独なのが、死すべき人間というものの本質だという考えは変わらないけれど、それだけでもない寂しがりやの面をこうしてじっくり描かれると、それもそうだなと思ったりもする。

バランスを欠きがちな一人暮らしには、時折こうした作品を見る時間が必要だ。

2階に住んでいる団地の住人が、エレベータは使わないから修繕費を払いたくないと言った翌日に、不注意で車椅子生活を余儀なくされるとか、皮肉も効いていて楽しい。

作中のところどころで聞こえてくる、金属が擦れるような音が不思議で、引っ掛かっていたけれど、最後にそれが、ゴミ捨て場のカーゴの、鍵がはずれた扉が、風に煽られて立てる音だとわかる。

メンテナンスが十分になされていない、孤独で貧しい生活の実感が滲んでいて、そうした背景の上に、ひとときの温もりを描いた本作に、深みを付け加えていた。

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2016.09.10

「スーサイド・スクワッド」

ここに出てくるのは「悪役」であって「悪人」ではない。
妙にセンチメンタルな人たちばかりで、悪人とはとうてい言えない。

悪人というのは例えば、

それに、敵役になるエンチャントレスは、そもそも異次元の存在で、普通の人間の相手になるわけがない。
(まあ、だから一人だけ、炎を操る超能力者をチームに入れてあるわけだけど。)

そういうわけで、深く考えずに見るエンタメと思っておけば、どうでもいいといえばそう。
「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」みたいなものか。

「ガーディアン~」との違いといえば、ゴッサムシティらしさがきちんと出ていて、そこは評価できる。

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2016.09.03

「グランド・イリュージョン 見破られたトリック」

前作同様に、派手さとスピード感を味わいたい。
ジェシー・アイゼンバーグの抑制的な早口が、この作品の魅力のかなりの部分を形作っていると思う。

マジックの細部に目を凝らせば、かなり無理がある点には目を瞑っておくのがよさそう。トリックを仕込むには、相応の時間や大掛かりな動員が必要だけれど、このお話の進行は1日単位で、そういった仕込みをするには無理があり過ぎる。

催眠術に重きを置き過ぎているのも、ちょっと引っ掛かるところ。特に、そうした術に一応通じているはずの4人が、出だしであっさり引っ掛かるのがどうかと思う。

まあ、それらは、この作品の魅力とは別の部分のことだから、黙ってやり過ごせばいい。

金持ちの銀行家を徹底的に叩いて悪玉に仕立てているのは、大衆向けマーケティングのいつもの手法だから、当事者でもない気楽な観客は気にも留めない。

なんだか引っ掛かる言い方だけれど、そういう引っ掛かりを持たせた映画だと受け止めておこうかな。

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2016.08.28

「ティエリー・トグルドーの憂鬱」

技術者としての仕事を失って、それまでの矜持を打ち壊されるような再就職活動を経た後、スーパーの万引き監視員という、およそ不向きな仕事を取り敢えず得た主人公。

その新しい仕事の現場で、信頼という社会の基盤を浸食する様々な現実のケースを目の当たりにして、彼はどのような心情の変化を経験するか。

企業という仕組みは、ともすると人間を部品として扱い、より高効率・高精度の動作を求めるきらいがある。
それを当然と考えがちなのは、我々真面目な日本人の性かもしれない。むしろ諸外国と比較してその高精度を誇ったりもする。(その割に生産性は「ちっとも上がらないのには笑ってしまうけれど)

しかし、人間は機械と違う。失敗もあれば出来心もあるだろう。そういうケースで人間をどのように扱うか、その点を、この作品は問いかけているように見える。

単純に言って、出来心を起こさせない仕組みづくりで済む話にも思えるけれど、この映画がフランスで大きな反響を呼んだということは、そうした事態にうまく対処できていない現実が、あの国にはあるのかもしれない。私にはよくわからない。

幸いというか、日本はまだ移民の比率は比較的少なく、高信頼社会という価値観をなんとか共有できているようにも思える。

今後、生産性向上や、高付加価値人材、単純労働者の両方で、外国人受け入れを進めるのなら、たぶんこの映画が問いかけていることが、前面に出てくるのでしょうかね。やれやれ。

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2016.08.21

「ハイ・ライズ」

J・G・バラードの原作小説はすごく面白いらしい。映画としては・・ちょっとどうでしょうか。

まあ、言いたいことは伝わります。世の中の階層化が行き過ぎて、層間コミュニケーションがなくなった結果、階級間闘争が激しくなって、インフラとしての社会が壊れてしまい、どの階級も非文明化していくというディストピア。

バベルの塔の物語でしょうか。

しかし、そんな退行の過程にも、人間という生き物は適応していってしまうのが恐ろしいというか。逞しいと言うべきなのか。案外、その流れのただ中に居ると、自分が退行しているとは思わないのかもしれない。くわばらくわばら。

知性を備えて社会性もあるはずのインテリ主人公が、その退行振りを、なんの不自然さもなく表していて、そこは見ものでした。「アヴェンジャーズ」でロキを演じていたトム・ヒドルストンがクール。

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2016.08.20

「ペット」

まあ、デザートみたいな映画というか・・いろいろ楽しいけれど深味は感じられなかった。

動物は、ハムスターかセキセイインコより大きいものは飼ったことがないし、家の中を犬とかに歩かせるのは、どうもピンと来ない。飼っている人には、違う見え方があるのだろうか。

たしかに町中で土が露出している地面は、むしろ珍しくなったから、ペットもそれに合わせて、昔とは違ったものになっているのだろう。家の中で飼うのがむしろ当然かもしれない。

ついていけない気もするが。

捨てられたペットが下水道に住み着いて云々というお話や、保健所との闘いなどは、結構リアルなのだろうけど、アニメでコミカルに処理していて、笑いのネタにしかなっていない。

いるいろ疑問のまま、さしたるオチもなく見終わった。

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